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アルゼンチン県系3世の感性で独創的シーサー爆誕!中城村に工房

HUB沖縄

集団自決で崖から飛び降りる人たちを守ろうとするシーサー

 アルゼンチンの県系三世の新門春助マルティンさん(36)が、妻・香乃実さん(28)と一緒に、昨年7月から中城村和宇慶でシーサー工房「新シーサー(Mi Shisa)」を構えている。従来の沖縄のシーサーに縛られず、沖縄の歴史を振り返り平和への祈りを込めた「ガマを爆撃から守るシーサー」などストーリー性の高い独特の作品を制作。ダイビングを悠々と楽しむ「ジンベイザメシーサー」や、沖縄の格好と指に光るリングをつけた「新郎新婦シーサー」、趣味や好きなものを取り入れたオーダーメイドの作品に、お客さんから「こんなのが欲しかった」と喜ばれている。

沖縄戦など歴史を表現

 工房名「新シーサー(Mi Shisa)」の「新」は、新門と新垣香乃実さんの旧姓の頭文字からつけた。呼び方は、うちなーぐちで「みぃー」と発音し、母国語のスペイン語では「私の」という意味がある。

 マルティンさんのシーサー作品は、自身が感じるインスピレーションを元に制作しており、幻想的な感性溢れる陶芸作品が多い。そのため、はじめて工房に訪れる人は、新しいスタイルのシーサーを見て驚く人が多いという。

 沖縄戦をテーマにした作品では、集団自決をモチーフに取り上げることも多い。シーサーで表現して次世代に語り継ぎたいという想いがある。「ガマを爆撃から守るシーサー」や、「ガマの中で手榴弾を持って自決していく民間人を守ろうとしても守りきれなかったシーサー」「集団自決で崖から飛び降りる人たちを守ろうとするシーサー」などを制作した。

 シーサーは、ガマの上に立ち、御霊を守る所作などを意識。よく見ると、民間人の足跡も細かく刻まれ、ガマの中には、無念の死を遂げた人々を包む鎮魂がいくつもあるなど細かな作業が施されている。

 

集団自決で崖から飛び降りる人たちを守ろうとするシーサー

オーダーメイドでユニークなシーサーも

 海好きなお客さんには、ダイビングを悠々と楽しむ「ジンベイザメに乗ったシーサー」と「波乗りシーサー」のセットを制作。umiと刻まれた酸素ボンベを担ぎ、口にはシュノーケルをくわえ、足ヒレが可愛いチャームポイントとなっている。

「ジンベイザメに乗ったシーサー」
「波乗りシーサー」

 企業の社名看板やロゴシーサーの制作も手がける。農園には、育てている作物を手に持ったシーサー。居酒屋なら、おちょこと泡盛を持ったシーサー。FC琉球のロゴを陶芸した作品なども制作し、チームに寄贈した。

 また、結婚式の贈り物や干支関係の制作依頼も多い。「新郎新婦シーサー」は、いつも沖縄を身近に感じられるように、男は琉球王国のハチマチ、女はハイビスカスを耳にかけ、お互いの指にはひっそりとリングが光っている。

新郎新婦シーサー

 寅年生まれのご兄弟へのプレゼントにと訪れたお客さんには、LEDを埋め込んだ斬新なランプシェードを制作した。

 依頼者の趣味や好きなものを取り入れたオーダーに合わせてシーサーを作れるので、お客さんからは「こんなのが欲しかった!」と喜ばれている。

沖縄への興味 きっかけは「亡き祖父の三線」

 マルティンさんは、父方が旧与那城村(現うるま市)の宮城島、母方が旧大里村(現南城市)の出身で、戦前に移民としてアルゼンチンに渡航した。

 子どもの頃は、祖父母が沖縄から移住したことを知らず、日系人の友達もいなかった。沖縄や琉球の文化などについて、全く知らなかったという。

 「マルティンは、沖縄のどこの市町村から来たの?」と聞かれた時に「うーん、東京かな?」と返したという笑い話まであるほどだった。

 自分のルーツを全く知らないと痛感した当時15歳のマルティンさんは、自身のルーツへの興味を募らせ、少しずつアルゼンチンの日系コミュニティに溶け込んでいった。琉球舞踊も習い始め、沖縄の音楽を聴き、文化を学び、琉球の歴史に興味を持つようになった。

沖縄留学で初めて陶芸を体験

 陶芸に興味を持ったのは、2017年、自身のルーツであるうるま市の海外移住者子弟研修で来沖し、3カ月研修で陶芸工房でシーサー作りを体験した時だった。

留学時、マルティンさんが作った初めてのシーサー作品=2017年、うるま市

 2019年には、沖縄県費留学生として再来沖し、県立芸術大学に入学。「陶芸」「染色」「織物」などをさらに学び、腕に磨きをかけた。

 二度の留学は、「沖縄文化を知り、実践する機会を与えてくれて、自分のルーツとのつながりを理解した忘れられない体験となった」と話す。

一度帰国もシーサー修行 ついに工房を構える

 留学から帰国した後は、芸術家である兄の道具や窯を借りて陶芸の練習を積み重ね、「シーサー作りを続けたい」と昨年5月に沖縄に移住した。

 移住の決意をしたのは、2017年の来沖で知り合って交際をしていた香乃実さんの存在も大きい。

 香乃実さんの実家は、中城村村和宇慶の集落にある、築70年余の古民家を改築したパン屋「フクギパン」。香乃実さんの家族は、マルティンさんのためにスペースを提供。フクギパンの一角に、工房「新シーサー(Mi Shisa)」をオープンした。

工房「新シーサー」があるフクギパン=中城村和宇慶

シーサーアーティストとして

 マルティンさんの目標は、集団自決や基地問題など歴史的な出来事をシーサーで表現して、次世代に伝えていくことだ。

 マルティンさんと香乃実さんは、今年4月3日の「シーサーの日」に結婚。「シーサーを通して、沖縄の歴史や文化、平和の尊さなどを発信し、次世代に伝えていきたい」と更なる決意を語る。

 年に一度、展覧会の開催も計画中だといい、今年は、南米風のシーサー展を考えている。一人一人が自分のスタイルを作ることができるシーサーワークショップにも取り組んでいく予定だ。

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