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驚異の正解率でお茶の間を驚かせた漫画家のはらたいら、三択の女王・竹下景子、珍回答の篠沢秀夫教授。「8時だョ!全員集合」の前に家族がテレビの前に揃った「クイズダービー」

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驚異の正解率でお茶の間を驚かせた漫画家のはらたいら、三択の女王・竹下景子、珍回答の篠沢秀夫教授。「8時だョ!全員集合」の前に家族がテレビの前に揃った「クイズダービー」

1953年にNHKが開局し、続いて民放初の放送局日本テレビが開局以来テレビはいつも、その時代を映し出してきた。小さな子どもたちから、おじいちゃん、おばあちゃんまで家族一同が集うお茶の間の中心にはテレビがあった。人々にはそれぞれの時代にやきつけられたテレビが映し出した映像が記憶にある。
残念ながら、テレビ離れが囁かれて久しい。視聴率も二桁取れれば及第点と呼ばれる時代だ。果たして今放送されているテレビドラマやバラエティ番組などは10年後の人々の記憶に残っているだろうか。タレントやお笑い芸人たちのバカ騒ぎ番組には辟易しているのに。本シリーズでは過去のテレビ番組から、時代の記憶をよみがえらせてみたい。

  土曜の夜は、家族揃ってテレビの前にいることが多かった。「まんが日本昔ばなし」→「クイズダービー」→「8時だョ!全員集合」と、大人も子どもも楽しめる番組が続いた。「ロート、ロート、ロ~~ト、ロート製薬」のテーマ曲ともに、「ロート」と刻まれたビルの上空を白い鳩が羽ばたくCMが流れると、台所で夕食の片づけをする母を、弟が「始まったよ~」と呼びにいったものだ。

 今回取り上げるのは「クイズダービー」。1976年1月3日~1992年12月9日まで、TBS系土曜日19:30~20:00の時間帯に17年間にわたって放送された。
 1970年代後半から、80年代は、クイズ番組の黄金時代だったような気がする。記憶に残っているのは、NHK鈴木健二アナウンサーの司会による「クイズ面白ゼミナール」(1981~88)、愛川欽也、楠田枝里子の軽妙なトークで番組を盛り上げたフジテレビ系「なるほど!ザ・ワールド」(1981~96)、TBS系「クイズ100人に聞きました」(1979~1992)は司会が関口宏だった。いずれも雑学や発想力を問う問題が多く、司会者がテンポよく進行して、家族みんなで参加できる親しみやすさがあった。

 ロート製薬のCMのあと、司会の大橋巨泉が「巨泉のクイズダービー」の掛け声。そのあと5人の解答者が映し出される。解答者を「競走馬」に見立て一般参加チームが、誰が正解するかを予想して賭ける。正解時には設定された倍率に応じた点数が与えられる仕組みになっていた。

イラスト=山﨑杉夫

「倍率ドン!さらに倍!」、解答者の答えを一斉にあける「せーの、ドン!」、これで今日も終わりかという時間になると、「最後の問題、よーく聞いてください。どうぞ」とスタジオもお茶の間も耳を欹てる。8問もあっという間だ。

 解答者は1枠から5枠まで入れ替えもあったが、大いに笑わせてくれたのは、1枠のフランス文学者で学習院大学教授の篠沢秀夫。難しい問題に苦し紛れの珍回答に、大橋からは、「宇宙人」というあだ名がつけられた。司会者にからかわれても終始ニコニコ顔の憎めないキャラクターだった。同じようなキャラクターは、明治大学教授で、ビートたけしの兄の北野大もいた。2枠は知的な女優枠になるのだろうか。南田洋子、宮崎美子、斎藤慶子とタレントの井森美幸らが出演していた。特に井森美幸はかわいそうなくらい連敗が続き、大橋から「井森ぃ~」と突っ込まれるのだが、その天真爛漫な解答は番組を盛り上げた。そして3枠は、漫画家のはらたいら。その前は黒鉄ヒロシも出演していた。はらたいらの驚異的な正解率の高さには舌を巻いた。正解・不正解に関わらず、感情を表に出さないポーカーフェイスで、時々ニヤリとほほ笑むのが、はらたいらだった。絶対に外さないことを確信して、大量の点数を賭ける「はらたいらさんに3000点」もあった。4枠は女優の竹下景子の定位置という感が強い。東京女子大学に在学中から出演し、三択問題の正解率が抜群に高く、「三択の女王」の異名がついた。正解したときの上品な笑顔や、不正解のときに見せる悔しがり方も愛嬌があった。いつの間にか、「お嫁さんにしたい女優ナンバーワン」になった。5枠は、様々なゲストが出場した。

 大橋巨泉が、1990年3月31日放送で司会を退任。徳光和夫が2代目の司会者になったが、2年後番組が終了となった。それにしても17年間、毎週8問の出題は番組制作者も大変だったことだろう。放送作家と問題作成スタッフたちがタッグを組み、膨大な文献や百科事典、新聞のネタから作った何十問もの候補から問題を厳選し、完成した問題は事前に大橋巨泉のチェックで本番での倍率設定がされたようだ。正解率80%弱を誇るはらたいらに、一矢報いたいという気持ちは大きかったはずだ。

 家族全員で楽しめる土曜の夜の知識・教養番組として定着したのは、一社スポンサー、ロート製薬の存在も大きいと思う。ロート製薬は、そのほかにも「ハワイへ行こう!」のキャッチフレーズで知られる「アップダウンクイズ」、「三枝の愛ラブ!!爆笑クリニック」、初期の「SMAP×SMAP」、土井まさるが司会の「ほんまもんは誰だ!」のクイズ番組などの一社スポンサーになっている。いずれもあのテーマソングが流れ、看板番組として愛された。現在は一つの番組に複数スポンサーが社名を連ねることが多いが、一社スポンサーという責任があるからこそ、良質な番組が多かったのかもしれない。

文=黒澤百々子

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