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片岡仁左衛門が語る南北物の魅力、歌舞伎の美~『東海道四谷怪談』を38年ぶりに玉三郎と歌舞伎座『九月大歌舞伎』で上演へ

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片岡仁左衛門

片岡仁左衛門の民谷伊右衛門、坂東玉三郎のお岩で、四世鶴屋南北の『東海道四谷怪談』が上演される。2021年9月2日(木)より27日(月)の『九月大歌舞伎』で、会場は東京・歌舞伎座。稀代の人気コンビ、仁左衛門&玉三郎による南北物は、今年に入り3作目となる。2月の『於染久松色読販』、4月と6月の『桜姫東文章』、そして今回の『四谷怪談』だ。いずれの公演も、この時期の数えきれない制約をものともしない人気を博してきた。何が人を惹きつけるのだろうか。仁左衛門が、作品について、南北物について、そして歌舞伎の「美」について語った。

■38年ぶりに玉三郎と歌舞伎座で

仁左衛門が初役で伊右衛門を勤めたのは、1967年9月の大阪朝日座。当時23歳だった。関西での歌舞伎興行が、まだ難しい時代だった。

「楽屋に冷房もなく、暑かったことを覚えています。無我夢中でした。お客様はそれほど入っておられませんでしたが、1か月公演で大役。芝居ができる喜びに酔っていたような気がします」

1983年6月には歌舞伎座で、玉三郎と共演した。

「玉三郎さんと『いつかもう一度やりたいね』と話していたことが叶いました。前回は、直助権兵衛を当時の辰之助(三世尾上松緑)さんがやってくださいました。彼とも仲が良かったんですよ。今回はその息子、尾上松緑さんの直助権兵衛です。嬉しさと懐かしさ。いつもと違う楽しみがあります」

中村橋之助や孫の片岡千之助には、「若い世代にバトンタッチしていかないといけませんし、一緒に舞台に立つことで色々学んでほしい」とエールを送る。

今回、上演されるのは、「四谷町伊右衛門浪宅」から「本所砂村隠亡堀」の場まで。浪人の伊右衛門が、お岩の父・四谷左門を殺し、妻のお岩と復縁した後のエピソードとなる。

「今回の場面だけでは、伊右衛門が過去に御家のお金を盗んだことや、『四谷怪談』が『仮名手本忠臣蔵』に絡む話だとは分からないでしょう。けれどもお岩様や、男女のお互いの思い、喜兵衛の孫可愛さといった、人の気持ちを描くことができれば、お客様にドラマを楽しんでいただく上で、前段の解説はそれほど必要ないように思います」

■伊右衛門は、ありがちな悪い奴

伊右衛門という人物への印象を問われると、「ありがちな、悪い奴だね」と答えニヤリとした。

「惚れた女房を途中で嫌になり、生活が苦しくなってきたらダメな方へ走ります。人間として弱い人にありがちな、悪い奴」

そんな伊右衛門も、良心の欠片をみせることがある。隣家の伊藤喜兵衛から、孫娘のお梅のために婿になるよう頼まれた時だ。

「伊右衛門は、婿に入れば苦しい生活から抜けて裕福になれる。そうと知りながら、一度は断ります。自分の身を守るためなら、人を殺すことを何とも思わない男にも、少しだけ良心がある。でもお岩様と一緒にいることを面倒に感じはじめた頃でもあり、薬だと思っていたものが毒だったと聞かされ、スイッチが入ってしまいます」

南北物の人物を演じる際、どのようにイメージを作りあげるのだろうか。

「歌舞伎ではどの役も、模写から入ります。子どもの頃から見ていた芝居のイメージが、自分の中にありますから、その場になると、そのイメージに近づくものです。上方の狂言ならば、父や成駒屋のおじさん(二世中村鴈治郎)、江戸狂言ならば、たとえば十五代目の橘屋(市村羽左衛門)のイメージから出発します。ただ南北に関しては、“あの人の”という役のイメージはありません」

少し考え、釣鐘の音を例に挙げた。

「鐘の音にも、色々な響きがありますね。同じ悪人でも『絵本合法衢』の太平次なら“こーん、ごぉーん”という音。左枝大学之助は、もっと太く“ぐぉーん”と響く。南北の悪は、線の太いイメージ。“カーン”と鳴ることはありません。言葉で説明するのは難しいですね(笑)」

■喜ばれる、矛盾と悪の魅力

鶴屋南北の狂言に、どのような魅力を感じているのだろうか。仁左衛門は「わからん」と首をかしげ、「ただ、やっていて楽しい」と笑顔を見せた。

「太く書かれたところもあれば、繊細に書かれたところもある。でも繊細と感じられる筆を、南北本人がどこまで考えて書いたかは分かりません。なんとなく書いた一言を、『この一言にはこんな思いが』と、後から我々が近代的な演劇の感覚で、理屈をつけただけにも思える。昔の人は、とにかくその場を面白く、楽しませようしてと書いていますからね。シェイクスピアなんかでも、冷静に読むとずいぶん矛盾があります。それは古典だからやれることです。一貫性がないから、役者としては演じにくいこともありますが、それが古典の魅力とも言えます」

「南北物には、“悪の魅力”もあるのでしょう。怒られてしまうかもしれませんが、ほとんどの方が皆、自分の中のどこかに悪の要素をお持ちだと思うのです。残酷な作品は、結構喜ばれます。私も舞台では、悪いことを堂々とやらせていただけますので、楽しみです」

残酷な描写のある作品で、“ありがちな悪い奴”を勤める仁左衛門。歌舞伎の役を演じる上で大事にしているのは、「美」だという。

「美にも色々ありますが、美がなくなってしまったら、歌舞伎の値打ちはずいぶん落ちます。役の心境を伝えさえすればいい、形や声は気にしなくてもいいと言うなら、他の演劇と変わりません。形に気持ちをのせるのではなく、気持ちに形がついてくることが大事。ただし若いうちは、形から入る方がいいようなこともあります」

■あの人はずっとキレイなのに!

美を目指す時、舞台上でどうしたら美しくみえるか、考えながら芝居をするわけではない。

「大先輩の方の舞台写真を拝見しますと、普通に考えれば変な形で、私が真似ても変な形にしかならない。けれども、その方のお写真を拝見していると、たまらなく魅力的なことがたくさんあります。普段の心得として、このようなことを潜在意識に叩き込んでおく。そして舞台に上がったら、すべてを忘れることですね」

役者により、体型は異なる。仁左衛門の場合、過去の名優を参考にしようにも、脚の長さや身長に悩まされることがあるのではないだろうか。仁左衛門はこれに頷く。

「歌舞伎は、腰高だとピタリとこないことがあります。短いものの5度のずれは、​さほど目立ちませんが、長いものが5度ずれると形がずいぶん狂います。歌舞伎独特の匂いも薄れます。でも、長さを生かすことができれば武器になる。私と玉三郎さんの場合、ある意味で当時、新鮮なものとして受け入れていただけたのかもしれませんね。時期的に、お客様の層の変わり目でもありました。もう少し前の時代なら、もっと叩かれていたかもしれません」

そして仁左衛門(当時孝夫)と玉三郎は、美男美女の「孝玉コンビ」として歌舞伎のファン層を広げた。圧倒的な人気は「にざ玉コンビ」となった今も変わらない。

「“美男美女”と言っていただき、正直、自分でもいい男だと思うことはありましたよ?(笑) 舞台上では常にそう思うようにもしています。けれど当時の写真を見直すと、まあヒドい! 頬はコケて(頬をへこませ)目はこんな(指で目を囲って)! 化粧も今よりも下手。美男とは縁遠いのに、そう言われていたことが不思議です。あの人(玉三郎)は、ずっとキレイなのに」

本人がなんと言おうと、何年遡ろうと、仁左衛門は美しい。玉三郎も美しい。『桜姫東文章』も、今年4月の歌舞伎座の舞台は圧倒的な美しさだった。その際に公開された、1982年2月南座公演の“復刻版”ポスターもまた、今とは異なる魅力の息をのむ美しさだった。しかし仁左衛門は、これにも首を横にふる。

『桜姫東文章』特別ポスター  撮影担当:大倉舜二

「当時、歌舞伎座で玉三郎さんと『鳴神』を終えた後に、スタジオで撮影したのですが、顔が権助とちがうんです。化粧も今と違いますし、気持ちは鳴神上人でしょう? 今回、実は松竹さんに、修正して消してもらったところがある。足の小指にね、鳴神上人の白粉が残っていたんですよ。もし白粉のついたポスターをお持ちなら、値打ちがあるかもしれません(笑)」

折に触れて、名前が挙がった玉三郎。若い頃は、言い合うこともあったという。

「舞台が終わるなり、ケンカしながら楽屋まで戻り、それぞれの楽屋に別れて入っても、壁越しに怒鳴りあっていたこともありました。今はどちらも大人になり、ズルくなりました(笑)。言い合うことはもうありません。皆が気持ちよくお芝居ができるように、というのもあります」

かつてのケンカの理由を問われると、「忘れました。あの人に聞いて」と笑い、目を細めていた。

■制約の中で惹きつけたい

歌舞伎に限らず、あらゆる舞台公演が困難な状況にある今、作品選びにもこれまでにない難しさが伴う。

「この時期に何をしたらお客様に観にきていただき、喜んでいただけるか。2時間という時間の制約もある。昼夜の公演であれば演目の組み合わせでお楽しみいただけるところもありますが、今はその作品だけで勝負しなくてはいけない部分もあります」

だからといって、奇抜な試みをするわけではない。

「目新しいことではなく、普通に古典を上演し、お客様に来ていただきたい。江戸時代と今で、歌舞伎は違います。江戸時代の歌舞伎は、当時の現代劇の感覚でやれたところもあるでしょう。けれども歌舞伎が伝統芸能になった今、何でもありとはいきません。伝統芸能である以上は、制約の中で、どれだけ今のお客様を惹きつけられるか、なのでしょうね」

取材・文・撮影=塚田史香

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