『古事記』『日本書紀』にも登場する鳥、アトリ|大橋弘一の「山の鳥」エッセイ Vol.16
【第16回 アトリ】
英名:Fringilla montifringilla
漢字表記:獦子鳥/花鶏
分類:スズメ目アトリ科アトリ属
どこで見る鳥?
早春、市街地の公園で地上で採食する(奥の鳥はマヒワ)
アトリと聞いて、皆さんはどこで見かける印象があるでしょうか。山地の森という人もいれば、農耕地や草地、河川敷、あるいは市街地の公園という人もいるかもしれません。
これらは全部正解です。つまり、この鳥は多様な環境に適応して、いろいろな場所に現れます。極端に言えば、市街地の幹線道路でさえ姿を見ることもあります。
こうした生態は、アトリ科の冬鳥であることが影響しているかもしれません。アトリは日本では繁殖せず、北方の繁殖地から10月頃に渡来して越冬し、4月いっぱい(地域によっては5月上旬頃まで)の約半年間を日本で過ごします。全国的に見ても、冬鳥の代表格のひとつと言えるでしょう。
ナナカマドの実を食べる
冬は食物の乏しい時期ですから、食物を得るための行動に多くの時間を費やします。アトリ科の鳥は、特に冬はほぼベジタリアン(植物性のものしか食べない)となり、必要な木の実や草のタネなどを求めて、広範囲をさまようように移動しながら越冬します。
言い方を変えれば、食べたい実やタネがある場所ならどこにでも行く、ということです。森や林、草原だけでなく、農地にも河川敷にも公園にもアトリが食べる実やタネはあります。街路樹に実のなる木が使われていればそういう場所にも出現する場合があるのです。
ただし、植物の種類によっては、実やタネは実りの多い(豊作の)年と少ない(凶作の)年があるため、それを求めてやってくる鳥たちも多く渡来する年と少ない年とが出てきます。渡来数の年変動が大きいのが彼らの生態のひとつの特徴といえます。
アトリが食べる木の実
アトリが食べる木の実の一例。上段右から時計回りに、イチイ、ヌルデ、ナンキンハゼ、ムクノキ
では、アトリは具体的にはどんな植物のタネや実を食べるのでしょうか。
図鑑などの記述を総合すると、よく知られているものだけでも10数種はあります。ノイバラ、ズミ、ナナカマド、ニシキギ、ムクノキ、イチイ、イボタノキ、ナンキンハゼなど赤や黒といった目立つ色の木の実からヌルデ、カエデ類、スギなど地味な色の樹木のタネまで食べるようです。
バードテーブル(餌台)を設置してある場所では、シジュウカラやヤマガラ用に置くヒマワリのタネも食べに来ます。
アトリを北海道で観察していると、ナナカマドの赤い実には特によくやってくるように感じます。ナナカマドは、北海道では公園の植栽や道路の街路樹としてよく利用されています。そのため、札幌や旭川などの大都市でも街路樹のナナカマドにアトリが群れでやって来ている場面をよく見かけるからです。
小雪がちらつく中、街路樹のナナカマドに小群がやってきた
純白の雪をかぶったナナカマドの赤い実。そこに、オレンジ色と黒の配色のアトリが群れ、さらに雪がチラチラ舞っていたりすれば、北国らしい真冬の情景の出来上がりです。
もっとも、北海道でも冬ならいつでもそんな美しい風情が楽しめるというわけでもありません。だいたい1月の中旬から2月の初め頃までのお楽しみです。ナナカマドの実を食いつくしてしまえば、アトリたちは他の場所へと移動して行ってしまいます。
軽井沢、八ヶ岳、秩父
成鳥冬羽の雌(八ヶ岳山麓)
私がアトリを初めて見たのは何十年も前、野鳥撮影を始めたばかりの頃、冬の軽井沢でのことでした。
ホテルに到着してすぐ、まだ明るいうちに露天風呂に浸かりました。すると、なんとそこにアトリが来ていたのです。何十羽もが「キョッキョッ」と鳴きながら周辺を飛び交っていて、驚きました。小鳥と呼ぶにはやや大柄なこの鳥の存在感を、期せずして感じました。
まさかの思いがけない出会いで、黒とオレンジ色の配色の妙にも感激したものです。
その後、早春の農耕地や河川敷などでも時折アトリの群れを見かけることになりました。決して珍しい鳥ではなく、数も多く、出会いはしばしばあります。冬の平地の公園でも見かけます。
成鳥冬羽の雄(秩父市)
しかし、印象深いのは軽井沢に続いて八ヶ岳山麓や秩父の山中で見かけたアトリで、いずれも真冬のことでした。これら3ヶ所の共通点は、標高1000m前後の場所だということです。その感覚で見るせいかもしれませんが、私にはアトリはやはり山地が似合う鳥という印象があります。
そういえば、アトリの学名montifringillaのモンティは「山の」という意味です。平地にもいるにもかかわらず、人々は古くからこの鳥に対して”山のもの”という印象を持っていたことを物語る学名なのだと思います。ヨーロッパなどでは「山のフィンチ」といえばアトリを指すそうです。
意外と古い日本語
飛翔時には黒とオレンジ色の配色がよくわかる
私が個人的にアトリに強く関心を持つようになったのは、「あとり」というこの鳥の呼び名の語源を知った時からです。
アトリという音の響きが割と現代的のように感じ、この呼び名は比較的新しい時代の言葉なのかなと思っていたのですが、さにあらず。
調べてみると「あとり」の名はじつに古くからの言葉で、奈良時代以前から親しまれていました。『古事記』や『日本書紀』にも登場していることから、日本では最も古くから知られていた鳥のひとつといえます。
ただし、その表記は臘子鳥、獦子鳥、足取、猟子鳥、阿等利などいくつもありました。足取や阿等利といった万葉仮名(漢字の意味を無視して音だけで仮名のように記す表記法)は当て字のようなものですから、ここでは除外するとしても、臘子鳥、獦子鳥、猟子鳥などはいったいどういう意味の言葉なのか戸惑ってしまいます。
群れが枯れ木にとまると、まるで花が咲いたよう
これらの言葉の起源を詳しく説明するスペースはありませんので簡単に記しますと、大群になる鳥や、年の暮れに現れる鳥を意味する漢字名だと考えられます。要するに大きな群れで年末に渡って来る小鳥、ということなのだと思います。
これは、現代の科学的な視点から判断しても理にかなった命名と言えます。この鳥は時にかなりの大きな群れになるのですが、この特徴的な生態が千数百年も前から人々に知られていたことになります。いにしえの人々の観察眼の正確さには驚いてしまいます。
空を覆い尽くす大群
農耕地を飛び回る群れ。1000羽近い群れの一部を切り取った写真
実際、この鳥の大群は古くから人々に強烈な印象を与えてきたようです。『日本書紀』にはこんなことが書かれています。現代語訳で記します。
「天武7(678)年12月27日、臘子鳥(あとり)が天を覆うような群れで、西南から東北へ飛んで行った」
「同9(680)年11月30日、臘子鳥が天を隠して、東南から西北へ飛び渡った」
どちらも同じような記述で方角だけが違うわけですが、ここで注目して頂きたいのは”天を覆う”ほどの群れという表現です。いったいどれだけの数だったのかと想像をかきたてられます。かなり誇張しているのではないかと思う方もいるでしょう。
地面で採食する大群。見事な保護色になっている
しかし、アトリに限ってはあながちオーバーな表現ではないかもしれません。というのは、アトリの群れの規模は本当に大きくて、数百羽は普通で、数千羽程度なら時々あることです。さらに、時には数万羽、数十万羽になることもあります。
現代でもこのような大規模なアトリの群れは時々記録され、最近の例では2016年の冬に栃木県鹿沼市で数十万以上、100万羽とも言われるような超大群が出現しました。これほどの数ともなれば、一斉に飛べば空を覆い尽くすように見えても不思議はないでしょう。
1000羽程度でも、農耕地の地上で採食していた群れが飛び立つ瞬間には、まるで一瞬地面が動いたかのように感じられるものです。
万単位の群れの出現は、現代では10年か10数年に1度程度ですが、自然が豊かだった昔はしばしばあったことなのかなと想像してしまいます。
しかし、実際にはそうでもなかったようです。『日本書紀』をはじめ、古い文献にこうしたことが書かれているのは、現代人のようなバードウォッチング感覚ではありませんでした。滅多にない天変地異のひとつと捉え、凶兆としての記録を書き残したと考えられるからです。
「花鶏」は誤用
夏羽に換羽中の雄。完全な夏羽では顔や頭は真っ黒になる
とてつもない数が群れを成すこの鳥の呼び名「あとり」は”集まる鳥”を語源とし、縮まってアトリとなったという考え方が通説です。
ならば、漢字表記も「集鳥」とでもすればわかりやすいのですが、今では「花鶏」という表記が一般的で、多くの図鑑類でも漢字表記として「花鶏」と記されています。しかし、「花鶏」では、知らなければアトリとは読めません。まるで、鳥の世界のキラキラネームみたいです。
枝に残った数少ないナナカマドを無心に食べる。早春のひとコマ
「花鶏」は、そもそも意味する鳥が何なのか不明な中国の漢字表記です。中国語名でもアトリは別の漢字で表します。一説には「花鶏」は特定の鳥種を指すものではなく、漠然と”美しい鳥”といった意味とも考えられます。
ところが、明治時代初期に国(当時の文部省)が発行した『博物教授法』という理科の教科書のような書物に、どういうわけかアトリの図に「アトリ花鶏」と記されてしまい、それ以降この鳥の漢字表記として定着しました。しかし経緯や言葉の意味を考えると、これは表記として不適切で、明らかな誤用です。
それよりは、日本の古い漢字表記である「獦子鳥」の方が適切であり、私はこちらを使うのが順当と考えています。「獦子鳥」は前述のように、大きな群れになる鳥を意味する伝統的な表現なのですから。
子供の名前ではキラキラネームのブームは下火になり、今ではそういう名付け方をしない人が多くなっていると聞きます。鳥の世界のキラキラネームも、そろそろ卒業できたらいいなと思います。
<おもな参考文献>
山岸哲・宮澤豊穂著『日本書紀の鳥』(京都大学学術出版会)
叶内拓哉著『野鳥と木の実ハンドブック』(文一総合出版)
菅原浩・柿澤亮三編著『図説日本鳥名由来辞典』(柏書房)
*写真の無断転用を固くお断りします。
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