【浅口市】株式会社襟立製帽所 〜 麦の産地・鴨方から生まれる「一生ものの帽子」
麦わらの産地として知られる浅口市鴨方町。
この町で60年以上、帽子を作り続けてきた製帽所があります。株式会社襟立製帽所(えりたてせいぼうしょ)です。
1960年(昭和35年)の創業以来、この地に根差しながら、時代の変化とともにものづくりの形を変えてきました。職人の手仕事から生まれる帽子には、産地の歴史といまを生きる感性が重なっています。
鴨方発の帽子づくりの文化と、その背景にある思いを取材しました。
麦わらの産地で育まれた帽子づくり
鴨方は古くから麦の栽培が盛んな地域でした。農作業の合間に、余った麦の茎(麦わら)を使って帽子を編む文化が根付き、製帽は地域産業の一角を担っていたからです。
襟立製帽所は1960年、現在の代表取締役襟立重樹(えりたて しげき)さんの父である先代が創業しました。当時は海外輸出向けの麦わら帽子を、地域の内職のかたがたと協力しながら生産していました。
しかし、安価な海外製品の流入により産地は縮小します。
多くの製帽所が姿を消すなか、襟立製帽所は大量生産から自社ブランドへと方向転換しました。
「作れるもの」ではなく、「自分たちが良いと思えるもの」を届ける。
その姿勢が、現在のものづくりの基盤となっています。
「地の利」を生かした素材選び
鴨方は、デニムの産地である井原市と倉敷市児島の中間に位置するエリアです。
この地の利(A geographical advantage)を生かし、地元のデニム生地や倉敷帆布を取り入れた帽子づくりもおこなわれています。素材メーカーと直接やり取りを重ね、オリジナル生地を用いた商品開発にも積極的に挑戦。
原材料は海外から調達することもありますが、加工は国内で一貫しておこなう体制を整えています。
テープ状の素材であるブレードの加工は愛知の産地と連携し、縫製は自社工房で実施。こうした積み重ねが、品質を支えています。
デザインが技術を磨く
襟立製帽所の特徴のひとつが、「デザインを起点にものづくりをおこなう」姿勢です。理想の形を先に描き、それをどう実現するかどうかを職人が考えていくのだそうです。
難しい形ほど技術が磨かれていくとのこと。ブレードと布を歪みなく縫い合わせる技術や、希少な専用ミシンの活用など、細部に工夫が凝らされています。
見た目の美しさだけでなく、かぶり心地や耐久性といった機能面も重視し、長く使い続けられる帽子づくりを目指しています。
デザイナーの感性が生む独自の形
デザイナー・森元ミカ(もりもと みか)さんの存在も欠かせません。
ホイップクリームを思わせる柔らかな曲線や、生地の耳(セルビッチ)を生かした花束のようなデザインなど、自由な発想が帽子に新しい表情を与えています。
「縫える範囲」で形を決めるのではなく、「描いた形をどう縫うか」を考える。デザインと技術が行き来する現場から、独自の帽子が生まれています。
地域とともに、これからへ
現在は、地元小学校の通学帽を製作する取り組みも進めています。地元の素材に触れながら育つ経験を、子どもたちに届けたいという思いから始まったものです。
2005年には倉敷美観地区に直営店を開設。直接お客さんの声を聞くことで、ものづくりのヒントを得る機会にもなっています。
鴨方発のブランドである「襟立製帽所」の襟立重樹さんに帽子への想いと今後の展望を聞きました。
襟立重樹さんに聞く鴨方発の帽子への思い
鴨方の名産品ともいえる「帽子」。
その思いを代表取締役社長の襟立重樹さんに聞きました。
会社の歩みと転機について
──襟立製帽所の始まりについて教えてください
襟立(敬称略):
父が1960年(昭和35年)に創業しました。鴨方はもともと麦の産地で、製麺業も盛んでした。
その副産物である麦を使って帽子を作る文化があったんです。父は最初、海外の問屋向けに輸出用の帽子を作っていました。高度経済成長期は、毎日トラックが何台も行き交うほど忙しかったそうです。
──襟立さんご自身は、最初から家業を継ぐつもりだったのですか
襟立:
いえ、まったく。大学を出てアパレルの会社に15年ほど勤めていました。
40歳のときに戻ってきたのですが、正直なところ産地も縮小していましたし、「このまま廃業するんだろうな」と思っていました。
でも、現場で職人の手元を見ているうちに、「ここでしかできないことがある」と気づいたんです。それが大きな転機でした。
帽子づくりへの圧倒的なこだわり
──帽子づくりにおいて、もっとも大切にしていることは何でしょうか
襟立:
一番は「機能性」ですね。
どれだけおしゃれでも、かぶり心地が悪かったり、すぐに型崩れしたりしては意味がありません。帽子はサイズ感が本当にシビアで、髪を切っただけでも感覚が変わります。
お客様から「今まで帽子が苦手だったけれど、ここのはかぶれる」と言っていただけるのが、職人として最高の喜びです。
──技術面で、他社にはない強みを教えてください
襟立:
普通は「作れる範囲」でデザインを考えますが、うちは逆です。まず理想のデザインがあり、それをどう実現するかを職人が考えます。難しい形に挑むことで、技術が磨かれていくんです。
具体的には、ほどけにくいよう工夫された専用ミシンを使用したり、ミリ単位の調整が必要な「ブレード(テープ状の素材)と布」を組み合わせたりしています。
このドッキング技術ができるところは、日本でもほとんどありません。
地域との関係と未来への展望
──地元・鴨方や倉敷という場所については、どのような思いがあるのでしょう
襟立:
鴨方は井原と児島の間にあり、デニムの産地に囲まれています。この立地を生かして、地元のデニムや帆布を使えるのはこの場所だからこそです。
また、倉敷美観地区に店を構えたのも大きな転機でした。直接お客様の反応に触れることで、「ここをこうしてほしい」という声が、私たちのデザイン力を高める原動力になっています。
──現在、力を入れている取り組みについて教えてください
襟立:
地元の小学校の通学帽や井原鉄道の職員の帽子を作るプロジェクトを始めました。「地元の素材はこんなに良いんだ」と知ってもらい、郷土への愛着を持ってほしいという願いを込めています。
──最後に、読者へのメッセージをお願いします
襟立:
まずは、この地域に「帽子」という素晴らしい産業があることを知ってもらえたらうれしいです。
帽子は、服よりも手軽に印象を変え、気持ちを晴れやかにしてくれます。
お気に入りの1枚をかぶって、少し特別な気分で街へ出かけてみてください。私たちはこれからも、かぶる人の心が跳ねるような帽子を作り続けます。
まとめ
鴨方の工房で生まれた帽子は、産地の歴史と職人の技術、そして現代の感性が重なった存在です。その背景を知ってかぶると、いつもの帽子が少し違って見えるかもしれません。
倉敷美観地区の店舗や鴨方の工房から生まれる帽子に、地域のものづくりの奥行きを感じてみてはいかがでしょうか。