【あんぱん】「面白がって生きえ」釜次(吉田鋼太郎)の最期の言葉とのぶ(今田美桜)が受け継いだもの
毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「釜次の最期」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
『アンパンマン』の原作者で漫画家・やなせたかしと妻・小松暢をモデルとする今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』第16週「面白がって生きえ」が放送された。
のぶと嵩の東京出張が、物語を新たな局面へと導き、のぶが自身の「大志」を見つけ、走り出すための助走となる週だ。
東京で「ガード下の女王」こと薪鉄子(戸田恵子)とついに対面するのぶたち。麻雀をしながら「舐めたらいかんぜよ!ツモ!ホンイツトイトイ東ドラ3の親倍や」と啖呵を切る薪鉄子の迫力は圧巻だ。高知出身の代議士である薪鉄子は、のぶ以上のスピード感を持つ「はちきん」として登場、戦後復興の課題を鋭く指摘する。
飢餓問題への取り組みを語る薪鉄子の言葉は重い。政治が新憲法や進駐軍との交渉ばかりに目を向けている間に、今日を生きることに精一杯の人々が置き去りにされているという現実認識は、現代にも通じる問題提起である。
一方、のぶがカメラを子どもにひったくられる場面で登場したのが、八木信之介(妻夫木聡)。戦場で嵩を助けてくれた上等兵・八木は、実は闇酒で得た収入で困窮する人々を支援していた。「腹が一杯になればそれでいいのか」という八木の問いかけは、物質的な救済だけでは解決しない人間の尊厳の問題を浮き彫りにしている。鉄子と八木の社会課題への向き合い方は、それぞれ「正しく」ない。片や子どもたちの居場所を作るためにギャンブルをし、片や子ども達に食と教育を与える資金のために闇酒を作る。手段を選ばない二人の行動は、「正しさ」だけでは子ども達を救えない社会の歪みを描いてもいる。そうした二人に、のぶは、嵩は何を思うのか。
のぶが書いたのは薪鉄子ではなく八木の記事だった。編集長の東海林(津田健次郎)は当初不満を示すが、嵩の「この記事は人の心を打つ」という言葉を受け入れる。嵩が描いた表紙の絵がのぶそっくりなのに本人だけ気づかない鈍感ぶりも微笑ましい。
薪鉄子からの引き抜きの電話は、のぶの人生を大きく左右する出来事となる。東京で子どもたちを救う仕事への憧れと、高知新報への恩義の間で揺れるのぶ。その夜、のぶはメイコ(原菜乃華)と戦争によって奪われた夢について語り合う。戦争がなかったら、蘭子(河合優実)は豪(細田佳央太)と一緒になって石材店を継ぎ、良いお母さんになっていたかもしれない。千尋(中沢元紀)は弁護士になっていただろうと言うメイコ。遺された者の無力感、虚無感を込めて「防空壕ばっかり掘ってきた」と自虐するメイコに、のぶは「きっとまだ間に合う。どんな自分に生まれたかったか、必死に考えてみようや。うちらあの夢を取り戻すがやき」と答える。これはメイコに向けた言葉であり、自身の本心の表出でもあった。
そして、クライマックスは釜次(吉田鋼太郎)の最期の場面だ。石工として長年にわたって石塵を吸い込み続けた釜次が、職業病として肺を病む。ときどき強く咳き込み、声のトーンが少し弱まっている程度の釜次は、結構元気そう。実際には肺病の末期はもっと呼吸が浅くなり、肩で息をするなど苦しそうな状態になることが多いが......と肺病で身内を複数亡くしている自分などは気になってしまうが、それはさておき。
蘭子に呼ばれたのぶとメイコが実家に戻ると、釜次は精一杯元気なフリをしてみせた。そして、石材店を自分の代で畳むことを宣言。不器用な釜次らしく、伝えたい相手に直接面と向かってではなく、結太郎(加瀬亮)の帽子に語りかけるテイで言う。
「結太郎、おまん知っちゅうか。おまんは『おなごも大志を抱け』言い残いてさっさとってしもうたが、あれから羽多子さん(江口のり子)らあがどればあ苦労したか、おまん知っちゅうか。羽多子さんは3人の娘らあを立派に育て上げたぞ」
「結太郎、おまん、知っちゅうがか。のぶの大志がどこにあるがか。戦争中のぶは、お国のために尽くし、家族のためによう働いてくれた。これからは遠慮のう、大志を貫いてほしいがじゃ」
急に理解ある祖父になった印象もあるが、すぐに感情が先走る釜次は、昔から何度も間違えてきた。草吉に「よそ者はいね(去れ)!」と強く拒絶したかと思えば、よそ者でも美人の嵩の母・登美子(松嶋菜々子)にはデレる。戦時中には草吉(阿部サダヲ)に乾パンを焼けと無理強いし、草吉の戦争でのトラウマを聞くと、その気持ちに寄り添うようになる。
こうした釜次の「感情で突っ走る→間違える→すぐ反省する」性質を最も強く受け継いでいるのが、他ならぬのぶだ。のぶが嵩に放った「はよ東京へ、いね!」という強い言葉も、嵩が父を亡くし、母に置き去りにされたことを知るとすぐ反省し、嵩を守るスタンスに変わるのも、そっくりである。そんなよく似た祖父の、何度も間違えては何度もやり直してきた釜次の言葉だからこそ、のぶの次のステップへの追い風になるのだろう。
釜次はのぶに言う。
「のぶ、おまんを待ちゆう人がおったら、そこに向こうて走れ。おまんが助けたい人がおるがやったら、どればあ遠くても、走っていけ。こんまい時から、のぶはそういう子じゃ。なりふり構わず走れ。間違うても、転んでもえい。それも全部、面白がって生きえ」
そして、釜次の葬儀に6年ぶりに草吉(阿部サダヲ)が現れる。草吉の絶妙に間に合わない間の悪さは、昔から嵩と気が合ったわけだと妙に納得。パンはずっと作っておらず、作り方も忘れたと言う草吉だが、最後には釜次の窯を使ってとうもろこしの粉と芋のあんで代用のあんぱんを焼く。悲しい時にみんなであんぱんを食べて元気になる展開が、ここでも再び描かれる。
その後、東海林から、子ども達の救済に肩入れしすぎて、客観性が乏しいため、「記者に向いていない」と言われたのぶは、東京に行くことを決意。もちろんこれは東海林の、のぶを「恩義」から解放し、罪悪感を払拭して、東京に送り出す言葉だ。
思いの外短かった新聞記者時代。もう少し記者仕事を見たかった気もするが、いよいよ次週は嵩とのぶの「恋愛」展開へ。中園ミホの十八番がいかに描かれるのか注目したい。
文/田幸和歌子