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誕生から60年、若返る「千里ニュータウン」。次世代を呼び込む再生の最前線

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千里グリーンヒルズ東町

千里丘陵に生まれた日本初の大規模ニュータウン

大阪モノレール千里中央駅

大阪府の北部、千里丘陵に広がる千里ニュータウン。1962年のまちびらきから60年以上が経過した、日本で最初の本格的なニュータウンである。

豊中市と吹田市にまたがる総面積は約1,160ヘクタール、計画人口は15万人。日本で初めて「新住宅市街地開発法」(1963年公布)に基づいて進められた事業で、大阪府が開発を主導した。

開発の背景にあったのは、戦後の深刻な住宅不足である。高度経済成長期に多くの人が仕事を求めて都市部に集まる一方、住まいの数が追いついていなかったため、住宅の大量供給が国家的な課題となっていた。

千里中央駅のペデストリアンデッキ

そこで大阪府は千里丘陵に新しい街を構想し、1961年に工事を開始。翌1962年に最初の住民が入居した。

街づくりには、住区ごとに学校・公園・商業施設を計画的に配置する「近隣住区理論」や、歩行者と自動車の動線を分ける「ラドバーン方式」など、当時最先端の都市計画理論の仕組みがふんだんに取り入れられた。

整った街並みと豊かな緑に惹かれ、若いファミリー層が次々と移り住み、人口は1975年に約13万人とピークを迎える。千里ニュータウンは、昭和の夢が詰まった街として、日本のニュータウンの先駆けとなったのだ。

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高齢化と老朽化、千里ニュータウンが直面した2つの課題

北大阪急行千里中央駅に直結している複合商業施設「せんちゅうパル」

発展を続けてきた千里ニュータウンだが、時が経つにつれ、街と建物の両面で課題が見えてくるようになっていった。

築年数を重ねた建物は、現代のライフスタイルとのズレが目立つようになる。間取りは40m2前後の3DKが大半を占め、リビングを広く使いたい子育て世代には少し物足りない。住宅設備も新世代の住宅と比べると見劣りするうえ、建物の老朽化も年々深刻化していった。

さらに、千里ニュータウンにはエレベーターを設けていない棟が多く、階段の昇り降りが負担になる高齢者からは、買い物や病院に出かけることすら気軽にしづらいといった声が増えていった。

もう1つの課題は、住民の世代構成の偏りからくる街全体の高齢化である。千里ニュータウンでは、この偏りが他のニュータウンよりも顕著に現れた。後からできたニュータウンは1970年代のオイルショックを機に開発のスピードが落ち、入居の時期が自然と分散されていったが、千里ニュータウンはその前に初期の入居をほぼ終えていた。

30〜40代の現役世代が一斉に住み始めたため、そのまま街全体で年を重ねていったのである。その後、子どもが巣立ったあとも親世代がそのまま住み続けた結果、1990年代から高齢化が一気に進んだ。

人口の面でも変化は鮮明だった。1975年に約13万人だった人口は、2005年には約8.9万人にまで縮小。およそ3割が減ったことで、学校では使われない教室が増え、商業施設などのにぎわいも失われていった。

それでも千里ニュータウンは、課題に向き合う動きでも、全国の先頭に立っている。

2001年、大阪府・豊中市・吹田市・都市基盤整備公団(現在の独立行政法人都市再生機構。以下、UR都市機構)・大阪府住宅供給公社・財団法人大阪府千里センター(現在の公益財団法人大阪府都市整備推進センター)の6者で「千里ニュータウン再生連絡協議会」を立ち上げ、2007年に「千里ニュータウン再生指針」を取りまとめたのだ。2018年には「再生指針2018」として内容を刷新し、街と建物の両方をアップデートする取り組みが今も続けられている。

新しい団地が子育て世代を呼び戻す

千里グリーンヒルズ東町

街の再生を象徴する取り組みの1つが、UR都市機構や大阪府などが進めてきた公的賃貸住宅の大規模な建替えだ。これまでに千里ニュータウンで生まれ変わった公的賃貸住宅はおよそ1万戸に上り、UR都市機構は2030年度までにさらに約1,700戸を新しくする計画を進めている。

また、住戸の建替えにより高層化や集約化が進むことで、余った土地に民間のマンションが新しく建ち、それが子育て世代を呼び込むきっかけにもなった。その結果、千里ニュータウンの人口は、2005年の約8.9万人から、2020年には約10万人にまで持ち直している。

なかでも代表的なのが、UR都市機構が手がける新千里東町・千里竹見台・千里高野台の「千里グリーンヒルズ」だ。それぞれの団地で建替えが行われ、新しい棟は同じブランド名のもとで1つにまとめられた。

建替えが進められているエリアも
スターハウスを継承した千里グリーンヒルズ竹見台(左後方の建物)(画像引用:UR都市機構「【団地最前線2】千里ニュータウン(大阪府吹田市・豊中市)」)

注目したいのは、上から見るとY字形に見えることから「スターハウス」と呼ばれ、街のランドマークとして親しまれてきた建物のデザインを、新しい棟にも受け継いだこと。新千里東町では、建物の真ん中にあった1本の廊下を、中庭をはさんで両側に2本通す形に変えたことで、建物全体が開放的な雰囲気になった。

住む人のニーズに沿った住まいさえ用意できれば、若い世代は戻ってくる。

同じく建替えで街を立て直した東京・多摩ニュータウンと重なる話だ。古くなった団地に新しい風を吹き込み、新しい住民を迎え入れる動きは、今や千里ニュータウンのあちこちに広がっている。

3つの街区で進む千里中央の一体再開発

基本計画の対象範囲(画像引用:千里中央地区活性化協議会「千里中央地区活性化基本計画〈改定版〉」)

千里ニュータウンの再生のなかで最も注目を集めているのが、千里中央駅周辺の大規模な再開発だ。

北大阪急行の千里中央駅が開業したのは1970年、国際博覧会の開催と同じ年である。開業当初は活気に溢れていた駅前の商業施設も、半世紀以上が過ぎ老朽化が目立つようになっていた。さらに2024年3月には、北大阪急行が箕面萱野駅まで延びたことで、千里中央はこれまでの終点から途中駅へと役割が変化。街のあり方そのものを見直すタイミングが訪れたのだ。

こうした流れを受けて、2024年8月、大阪府や豊中市、地権者などで構成される協議会が「千里中央地区活性化基本計画〈改定版〉」をまとめた。掲げられたキーワードは「新・千里スタイル」。この計画では、3つの街区を一体的に作り変えていく方針が打ち出されている。

解体工事が進む旧セルシー
千里阪急百貨店

駅西街区では、駅前の商業施設「オトカリテ」の跡地を中心に、イオンモールが商業施設・オフィス・ホテル・医療を1つにまとめた大型の複合ビルを計画している。また、駅東街区では、千里阪急百貨店と旧セルシー(駅前の商業施設)の敷地を阪急阪神不動産が一体的に開発し、延床面積10万m2級の大規模な商業施設が誕生する予定だ。

そして、2026年3月に閉館した千里阪急ホテルの跡地に当たる公園南街区では、隣接する千里東町公園とつながる、賑わい・交流機能が導入されたスペースづくりが検討されている。事業全体としては、2032年度の完了を目標にしている。

これに合わせて、千里ニュータウン内の千里中央公園と千里東町公園の再整備に向けた検討も、2026年から本格化する予定だ。

■関連記事:動き出した千里中央エリアの再開発計画。千里セルシー、千里阪急ホテルはどうなる?

2026年3月に閉館した千里阪急ホテル

交通利便性と周辺開発で高まる千里ニュータウンのポテンシャル

緑豊かな環境が駅のすぐ近くにある

千里ニュータウンを移動していて感じたのは、車を気にせず歩ける安心感と、視界に絶えず緑が入ってくる開放感だ。その背景にあるのが、人と車の動線を分ける「ラドバーン方式」と、街の約21%を公園や緑地に振り分けた設計である。日本のニュータウンづくりのお手本となったこの発想は、まちびらきから半世紀を超えた今も、街の魅力として受け継がれている。

交通アクセスの良さも千里ニュータウンの魅力だ。千里中央駅から新大阪まで約15分、梅田までは約20分と、大阪の中心部までこれだけ近い郊外のエリアは、なかなかない。

住宅街でも絶えず緑が目に入る
駅周辺にはタワーマンションも

周辺環境も年々魅力を増していて、近年ではエキスポシティや医療都市「健都」の誕生、新名神高速の開通など、大阪北部のインフラが次々と整備されてきた。さらに、大阪大学や関西大学をはじめとする複数のキャンパスが近くにあり、若い世代が日常的に行き交う姿が、この街に活気を与えている。

日本で最初に生まれた千里ニュータウンが歩んできた再生の道のりは、似た境遇の街にとってのモデルケースでもある。長年守られてきた豊かな緑やコミュニティと、再開発による新しい住まい。成熟した街へと生まれ変わりつつある千里ニュータウンにこれからも注目していきたい。

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杉山 明熙
不動産特化ライター
元不動産営業のWEBライター。宅地建物取引士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士、賃貸不動産経営管理士。12年間の不動産営業を経験後、不動産特化ライターとして大手メディアや不動産会社のオウンドメディアで、住まいや不動産投資に関する記事を多く提供している。不動産業界経験者にしかわからないことを発信することで「実情がわかりにくい不動産業界をもっと身近に感じてもらいたい」をモットーに執筆活動を展開中。

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