「死にたいなら死ねばいいじゃん!」不登校の姉に浴びせてしまった言葉
18歳と16歳の女の子を子育て中のママ(48歳)です。
【画像を見る➡】「不登校」だった生徒の8割が毎日登校する鎌倉市立由比ガ浜中学校長女が不登校になってから、数年が経ちました。長女に笑顔を取り戻してほしい、元気になってほしい。親として長女を必死に支えてきたつもりでしたが、一方で、私は大切なことを見落としてしまっていたようです。
これは不登校になった姉の陰で、限界を迎えてしまった次女の視点から見た、ある夏休みの記録です。
※本記事はママの実体験を取材し、プライバシーに配慮して構成したものです。
私のことなんて誰も見てくれていない…
不登校期間を経て、少しずつ元気を取り戻していった姉。しかし私は、そんな姉の様子を心から喜ぶことができませんでした。
そして、それまで抑え込んできた気持ちがあふれ、私はつい姉に言ってしまったのです。「元気なら、学校に行けばいいじゃん」「私は毎日、頑張って学校に通っていてもほめられることなんてないのに。おかしくない?」。
姉は私の言葉に黙り込んでしまいました。しかし母は強い口調で「なんでお姉ちゃんにひどいことをいうの!? お姉ちゃんだって、一生懸命頑張っているのよ」と私を責めたのです。
その言葉を聞いた瞬間、私はもう自分の感情を抑えられなくなりました。
「じゃあ、私は? 私は頑張ってないの!?」
毎日休まず学校に行っていることも、家で空気を読んでたくさん我慢していることも、誰も見てくれていない。母にとっては、学校に行かない姉が「頑張っている子」なんだ。
私なんて、いてもいなくても同じなんだ……。猛烈な孤独感と悲しみが、私を襲ってきました。
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「そんなに死にたいなら死ねばいいじゃん!」
モヤモヤしながら眠りについたその日の夜。夜中に物音で目が覚め、廊下に出てみると、姉の部屋から泣き声が聞こえてきました。少しだけ開いたドアの隙間からのぞくと、母が姉を抱きしめている姿が見えました。
姉は、声を詰まらせながら訴えていました。
「もう無理……消えたい……死にたい……」
母も涙をぽろぽろこぼしながら「大丈夫、お母さんがついてるから。ずっとあなたを守るから」と必死に声をかけています。
その光景を見た瞬間、私のなかに昼間以上の激しい怒りが込み上げてきました。そして気づけば私は、姉の部屋のドアを乱暴に開けて踏み込んでいました。
「ねえ、お姉ちゃん! いつまで甘えてるの!? みんな、お姉ちゃんのことばっかり! 私だってずっと、ずっと我慢してきたんだよ!」感情が抑えきれなくなった私は、一番言ってはいけない言葉を口にしてしまいました。
「そんなに死にたいなら、死ねばいいじゃん!」
口にした途端、血の気が引きました。取り返しのつかないことを言ってしまった──後悔しても、出てしまった言葉は戻せません。
姉や母の顔を見ることができず、逃げるように自分の部屋へ戻りました。
初めて知った姉の葛藤
イラスト:べるこ
翌朝、なんともいえない気持ちでリビングに下りていった私。母からきっと昨晩のことを𠮟られるだろうと予測していました。しかし母はいつもどおりの笑顔で「おはよう!」と声をかけてきたのです。
そして母からかけられたのは、思ってもみない言葉だったのです。「ねえ、今日は学校を休まない? お母さんと一緒に出かけようよ」母の目は少し腫れていたものの、昨日の修羅場には一切触れませんでした。
母が連れていってくれたのは、私がずっと行きたがっていたショッピングモール。何ヵ月ぶり、いや何年ぶりかで母を独り占めできた時間。好きなブランドの服を買ってもらい、お昼には、私の大好きなオムライスを食べました。
帰り道、車を運転しながら、母は前を向いたまま「今まで本当にごめんね。寂しい思いをさせていたね」と私に謝ってくれたのです。そして母は、姉が小学生のころから、陰湿なやり方で何度も仲間外れにされてきたことを話してくれました。
姉は家族に心配をかけまいとひとりで抱え込み、限界を迎えてしまったのだといいます。クラスが変わっても、「また嫌われるかもしれない」という恐怖が消えず、学校へ行こうとしても体が動かなくなってしまったのだそうです。
それまでの私は、姉がわがままで学校に行っていないのだと思っていました。姉が弱いから学校に行けないのだと。でも母の話を聞いて、初めて姉の苦しさを想像しました。何も悪くないのに、突然仲間外れにされる怖さ。それが毎日続くかもしれないと思いながら学校へ向かうつらさ。
助手席で母の話を聞いているうちに、私の中にあった姉に対するとげとげした気持ちは少しずつやわらいでいきました。
姉との関係性に訪れた変化
夏休みの終盤、母がパートで働いている保育園のイベントに、姉がボランティアで参加することになりました。母は私にも「一緒に行こう」と誘ってきましたが、あの夜の一件以来、私は姉とまともに目を合わせることもできず、行く気になれずにいました。
しかし、母は懲りずに私を誘ってきます。その熱意に根負けし、私は渋々保育園でのイベントについていくことにしたのです。
そこで目にしたのは、子どもたちと無邪気に戯れる姉の姿でした。小さな子どもたちに囲まれ、優しく語りかける姉は、私が大好きだった、あの「スーパーマンのお姉ちゃん」そのものでした。やっと本当の姉が戻ってきてくれた……。
その夜、姉が珍しく私の部屋にやってきました。そして「ごめんね。私のせいで、たくさん我慢させたよね」と謝ってきたのです。姉に、ずっと謝ってほしかったはずでした。なのに、いざ謝られると、なんともいえない苦しい気持ちが込み上げてきました。
あの日、自分が浴びせたひどい言葉への後悔が押し寄せ、「私こそ、ごめん……」と言うのがやっとでした。
母として、あの夏を振り返って
あの夏休みをきっかけに、私たち家族の在り方は大きく変わりました。私たち夫婦が長女にかかりきりになることをやめ、意識的に次女と過ごす時間も作るようにしたのです。
子どもが不登校になると、親としてはどうしてもその子のことで手いっぱいになってしまいます。なんとかして元気を取り戻してほしい、学校に行けるようになってほしいと思うあまり、視野が狭くなってしまうのかもしれません。
でもその陰で、きょうだいが我慢を重ねていることがある。特に「手がかからない子」「いつも大丈夫そうに見える子」ほど、実は親を困らせまいとSOSを隠しています。
家族のなかで何か問題が起きたとき、きょうだいがいれば、すべてを平等にケアするのは難しいかもしれません。しかし短い時間でもいいから、「その子だけ」と向き合う時間を作ること。「あなたのことをちゃんと見てるよ、大好きだよ」と言葉や態度で伝えること。それだけで、子どもは「自分もここにいていいんだ」「大切にされているんだ」と感じられるのではないでしょうか。
長女の不登校、そして次女が抱えていた不安や不満。子どもたちの葛藤を通して、私たち親もまた育ててもらっている気がします。
文/構成・橘サチ