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【倉敷市】萩原工業株式会社 〜 ござ作りの技術を継承し独自技術「フラットヤーン」で挑むブルーシートの新時代

倉敷とことこ

萩原工業株式会社 〜 ござ作りの技術を継承し独自技術「フラットヤーン」で挑むブルーシートの新時代

こころ弾む未来へと 萩原工業

倉敷で暮らす人なら、一度は耳にしたことがあるテレビCMのフレーズかもしれません。

ブルーシートや土木資材で国内外に広く知られる萩原工業株式会社(以下、「萩原工業」と記載)は、耐候性と強度に優れたブルーシートを提供し、国内の災害現場から海外の農業資材市場まで幅広く活用されています。

さらに本社を置く倉敷市水島では、学校や地域団体と連携した清掃活動や環境保護に積極的に取り組み、地域と共に成長を続けています。

萩原工業の歴史と技術、地域との関わり、そして未来への展望について取材しました。

萩原工業とは

1962年に倉敷市水島で創業した萩原工業は、合成繊維の加工技術をベースに事業を展開してきた企業です。

もともと「ござ」の問屋である、萩原商店をルーツに、時代の変化に合わせてブルーシートをはじめとした合成樹脂製品や産業資材、土木資材などの製造を手がけています

現在、世界14か国に生産・販売拠点を展開。本社と主要工場を置く倉敷市水島では、研究開発から製造までの中枢機能を担っています

従業員はおよそ1,300名で、地域に根ざしながら、グローバルな視点で事業を展開する「倉敷発」のメーカーです

「ござ」から始まった挑戦

イ草製品

倉敷市や早島町を含む岡山県南部は、かつて全国のイ草生産の中心地でした。
1960年代(昭和30年代)には全国の約8割を岡山県が占め、その大部分が倉敷周辺で作られていました。

萩原工業のルーツは、このイ草文化にあります。
倉敷市西阿知で花ござの問屋であった「萩原商店」が、1961年(昭和36年)に花ござ用のタテ糸として使われていた綿糸の代替として、ポリエチレンで糸を作るために水島工場を建設しました。

萩原工業創業時の植樹

そして、翌年の1962年(昭和37年)に水島工場が独立する形で、「萩原工業」が設立されました。

ブルーシートが守る暮らし

萩原工業の代表製品といえば「ブルーシート」です。
軽量で防水性が高く、物を覆ったり包んだりと多用途に使えるため、日常生活や災害現場で欠かせない存在です。

画像提供:萩原工業株式会社

お花見の敷物・地域の運動会やお祭りなど、行事でもよく使われており、生活のさまざまな場面で頼りにされています。

また、雨漏り時の屋根の応急処置はもちろん、災害時には破損した建物の保護や仮設スペースの確保などとしても活躍します。

ブルーシートの製造は1960年代に始まりました。
その原型は、大手運送会社のトラックの荷台にかける幌として誕生したものです。

そのブルーシート、実は「織物」であることはあまり知られていません。
表面をよく見ると、タテ糸とヨコ糸が交差しており、まさに“織られた素材”なのです。

世界へ広がるフラットヤーン技術

フラットヤーン 画像提供:萩原工業株式会社

ブルーシートや防音シート、防草シートの基礎となるのが「フラットヤーン」と呼ばれる細長いテープ状の繊維です。

このフラットヤーンを織ることで、軽くて丈夫、耐候性のある製品が生まれます。萩原工業はこの分野で国内トップクラスの技術を持ち、その製品は海外にも輸出されています。

また、フラットヤーンを製造する機械を自製していたことから、その技術を応用した産業機械の製造・販売も行っています。
世界中のさまざまな現場で使われている製品が、倉敷から生まれているのです。

循環型のものづくりへ

画像提供:萩原工業株式会社

萩原工業は「作って終わり」ではなく、「使い終わった後」にも責任を持つことを大切にしています。

画像提供:萩原工業株式会社

使用済みブルーシートを回収し、洗浄・粉砕・再資源化して再び原料に戻す水平リサイクル事業もそのひとつです。

限りある資源を有効に活用し、持続可能な社会に貢献しています。

水島に根ざす唯一の上場企業として

ブルーシートを国内トップの規模で生産している萩原工業の拠点は、工業地帯として知られる倉敷市水島にあります。

水島臨海工業地帯

多くの企業が本社機能を東京や大阪に移すなか、萩原工業は本社機能を含めて倉敷市に根ざしている、唯一の上場企業です

また、協賛や災害支援活動などを通じて、企業としての社会的責任を果たしながら、地元住民とのつながりを大切にしています。

左から吉田淳一さん、矢木建さん

こうした取り組みや、地域に根ざした企業としての考えについて、萩原工業の吉田淳一(よしだ じゅんいち)さんと矢木建(やぎ たつる)さんにお話を聞きました。

萩原工業株式会社 経営企画室担当者インタビュー

地域に根ざし、独自の技術で進化を続ける「萩原工業株式会社」。
その事業の背景には、どのような想いや考えがあるのでしょうか。

萩原工業株式会社の経営企画室 吉田淳一(よしだ じゅんいち)さんと矢木建(やぎ たつる)さんに、企業の成り立ちや取り組みについてお話を聞きました。

萩原工業を支える技術「フラットヤーン」

──萩原工業の事業について教えてください。

吉田(敬称略)──

萩原工業の製品でもっともわかりやすいのはブルーシートですが、売り上げ全体の10%未満であり、その他様々な製品で構成されています。

例えば、土のうや防炎・防音・メッシュシート、コンクリートの補強用資材であるバルチップ、粘着テープの原反など、暮らしや産業を支えるさまざまな製品を手がけています。

コンクリート補強材「バルチップ」 画像提供:萩原工業株式会社

矢木(敬称略)──

また、サッカー場やテニスコートなどで敷かれている人工芝の原糸や輸送保管などに活用されるフレキシブルコンテナバッグなども製造・販売しています。

人工芝  画像提供:萩原工業株式会社

──主力商品であるブルーシートとフラットヤーンについて教えてください。

吉田──

ブルーシートをじっくり見られたかたは少ないと思いますが、実は「織物」なんです。
もともと親会社の萩原商店が、倉敷や早島で盛んだったイ草を織ってござを作っていたのですが、それを石油由来の素材に置き換えたのが始まりなんです。

フラットヤーンについて説明する矢木さん

矢木──

ブルーシートに使っているのは、ポリエチレンという素材です。

これをフィルム状にして短冊のように切り、さらに熱を加えながら引っ張って細く伸ばすと、強くて平らな糸になります。

フラットヤーンの元となる短冊状(スリット)のフィルム

これが、萩原工業が大事にしている技術「フラットヤーン」です。
このフラットヤーンを織り、防水となるラミネート工程を経ることで、萩原工業のブルーシートが出来上がります。

つまり倉敷のござづくりの技術が、形を変えて今では世界中で使われる製品に生かされていると言えるのです。

会社の独自性について

──国内外には同じようにブルーシートを製造する企業もあるかと思います。
萩原工業ならではの強みや優位性はどのような点にあるのでしょうか。

吉田──

実は、国内でブルーシートを製造しているのは、現在私たちだけです。

他社も同じようなものを作ろうと思えばできるかもしれませんが、この業界はすでに成熟し、市場も縮小傾向にあります。採算が合わないなどの理由で、国内の同業者は撤退してしまいました。

矢木──

代わりに、中国やベトナムといった海外メーカーが参入しています。海外製品は価格は安価ですが、その分品質は劣ることが多いです。

用途に合わせて短期間で使う分には問題ないかもしれませんが、日光により紫外線が当たると劣化するため、災害時に屋根を覆うような用途では、数ヶ月でダメになる事例もお聞きします。

私たちの製品は、そういった場面でも長く安心して使えるよう、強度や耐候性にこだわっています

──製造業はどうしても環境問題への配慮が避けられない側面もあるかと思います。萩原工業が取り組んでいる環境への配慮や工夫について教えてください。

吉田──

萩原工業は「Re VALUE+(リバリュープラス)」というブルーシートの水平リサイクルプロジェクトを推進しています。

画像提供:萩原工業株式会社

これは、使い終わったブルーシートを回収し、新しいブルーシートへと再生する取り組みです。これまで、ブルーシートのほとんどは焼却処分されてきました。

画像提供:萩原工業株式会社

理由は、原料を再利用する際に品質を保つことが難しかったからです。再生したペレット(溶解、加工して粒状にしたもの)の品質を安定させるのが大きな課題だったんです。

矢木──

萩原工業は国産ブルーシートのトップメーカーである責任として、この課題を解決しようとプロジェクトを推進してきました。機械製品事業をもつ強みを生かし、また様々な企業様にご協力をいただきながら、2025年6月よりリサイクルラインの本格稼働を開始しました。

吉田──

石油を原料とする製品はやはり環境への配慮が求められます。

だからこそ私たちは、この取り組みを通じて新たな資源採掘やエネルギー消費を減らし、CO₂排出削減など環境負荷の軽減に貢献したいと思っています。

ブルーシートが「青色」のわけ

──ところで「ブルーシート」は、なぜ青いのでしょうか?

吉田──

実は、最初は「オレンジ」だったんです。
当時、オレンジの顔料には「黄鉛(おうえん)」と呼ばれる有害物質が含まれているという噂が広まりました。

そこで、より安全な色として「ブルー」に切り替えたのです。また、他にも以下のような理由があります。

・耐候性に優れている
・1960年代当時、バケツやホースなどの樹脂製品に青い原料が広く使われており、比較的安価に調達できた
・有害物質が含まれておらず安全性をアピールできる
・空・海と同じ色で景観を損ねにくい

こうした背景から「ブルーシート」という名前が定着しました。耐候性については紫外線の影響も大きいと考えられますが、正確なデータは持ち合わせていません。

矢木──

同じポリエチレン素材のシートとしてシルバーやグリーン、オレンジなどのカラーバリエーションもあり、さらには遮熱や透明といった機能性の高いシートもあります。

最近ではレジャー用としてアースカラーのシートなどもラインナップに加わりました。また、シートの加工の幅も広く、ご要望の生地で、BOX型にお作りすることも可能です。

大型の印刷機も導入したので、写真入りの横断幕なども1枚からお作りできます。

社食から広がる健康経営、社員と地域に寄り添う取り組み

──取材中、社員食堂を拝見しました。社員の健康管理に関する取り組みについて教えてください。

吉田──

私たちは「健康経営」を社長が宣言し、社員がいきいき働ける職場づくりに取り組んでいます。

社員食堂では食事代の半額を会社が負担し、ボリュームのある温かい定食を手ごろに楽しめるほか、部署を越えた交流のきっかけにもなり、社内コミュニケーションを深める役割を果たしています。

萩原工業社内食堂

矢木──

禁煙への取り組みやストレスチェックによるメンタルヘルス対策など、働き方改革の一環として制度も整え、社員の心と身体の健康に配慮した環境を整えています。

──最後に読者へのメッセージをお願いします。

吉田──

CMなどで社名をご存じのかたは多いかもしれませんが、どのような事業をおこなっている会社かはあまり知られていないかもしれません。

この記事を通じて、倉敷に根ざした企業がござ製作の技術を現代の形に進化させ、地域や社会に貢献していることを知っていただけたらうれしく思います。

矢木──

これからも培ってきた技術力を生かし、環境への取り組みや製品開発を進めていきます。未来に向けて、地域とともに成長し続ける企業でありたいと考えています。

おわりに

取材を通じて強く印象に残ったのは、萩原工業が「地域に根ざした世界企業」であるという点です。

ブルーシートは災害時に欠かせない製品でありながら、その品質や背景を意識する機会は少ないもの。しかし実際には、倉敷発祥の技術を現代に生かしながら、環境や地域に配慮した挑戦を続けています。

取材時の名刺交換の際、名刺に大きく刻まれた「ハミダセ、アミダセ」の文字がとても印象的でした。

画像提供:萩原工業株式会社

常識にとらわれず、新しい価値を生み出すという姿勢は、現場の雰囲気や社員の言葉からも感じられました。

さらに、CMソングに込められた「MAKE YOUR HAPPY LIFE」や「こころ弾む未来へ」といったフレーズからは、倉敷のまちや人々と喜びを分かち合いたいという願いも伝わってきます。

これからの萩原工業がどのような未来を編み出していくのか。
同じ倉敷に暮らす一人として、その歩みに期待したいと思います。

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