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菊五郎の芝浜、仁左衛門の河内山、芝翫の輝虎配膳に幸四郎の石川五右衛門! 『三月大歌舞伎』第二部・三部観劇レポート

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『三月大歌舞伎』

2022年3月3日(木)に歌舞伎座で、『三月大歌舞伎』が初日を迎えた。この記事では、人間国宝の尾上菊五郎、片岡仁左衛門、中村東蔵を含む鉄壁のキャスティングで上演される第二部、そして中村芝翫が持ち味を発揮する時代物と、松本幸四郎がおじの中村吉右衛門より受け継ぐ石川五右衛門がラインナップされた第三部の模様をレポートする。なお、第一部『新・三国志』のレポートと舞台写真は、近日別記事にて紹介する。

■第二部 午後2時40分開演

一、『天衣紛上野初花 河内山』

タイトルロールの河内山宗俊を勤めるのは、片岡仁左衛門。河内山は、お数寄屋坊主という、将軍直属の仕事をしている。しかし日頃の振る舞いは品行方正とはほど遠い。

この日も、質屋の上州屋で、値打ちのない木刀を五十両で引きとってほしいとごねて、番頭(片岡松之助)を困らせている。そこへ後家・おまき(坂東秀調)が現れ、上州屋は今、“思いがけない心配”に悩まされていると打ち明ける。浪路と名を改め腰元として奉公している娘の藤(片岡千之助)が、奉公先の松江家で当主の出雲守(中村鴈治郎)に見染められるが、妾になることを拒んだために押し込められているという。河内山は、世話人の和泉屋清兵衛(河原崎権十郎)の後押しもあり、二百両で浪路の救出を請け負うのだった。

第二部『河内山』右より、河内山宗俊=片岡仁左衛門、松江出雲守=中村鴈治郎 /(C)松竹

二幕目になると河内山は、頭を青々と剃り、山吹色の法衣に身を包んで登場する。上野の寛永寺からの使いの僧侶のふりをして、松江家の屋敷に乗り込むのだ。花道を行く河内山は、偽者と分かっていても、見惚れて思わず手をあわせたくなる美しさだった。鴈治郎の出雲守は、浪路を閉じ込める暴挙に出るのも納得のわがままぶり。千之助の浪路は、出雲守が執心するのも納得の可憐さと色気だった。市川高麗蔵の宮崎数馬、そして中村歌六の高木小左衛門が脇を固める。

河内山は、何かにつけて「この河内山が」と凄んでいた。胡散臭さを倍増するだけの文句だが、仁左衛門の河内山は迷いがない。潔すぎて、憎たらしさが頼もしさに、胡散臭さが貫禄にさえ感じられた。クライマックスには、ドスのきいた声で「馬ー鹿ーめー!」と罵り笑う河内山。松江家に向けた言葉だが、客席のこちら側でも、「やられたー!」と笑いたくなる痛快さ。仁左衛門は2月の取材会で、「やっていて気持ちの良い、好きな狂言」だと語っていたが、観ていてもとびきり気持ちの良いお芝居だった。

二、『芝浜革財布』

暗転状態の客席に、波の音が聞こえる。ひとつ、くしゃみが響き、明かりがさすと、夜明け前の浜辺に政五郎(菊五郎)がいた。序幕にあるのは、必要最小限の光、音、背景と台詞だけ。残りのすべてを、菊五郎が一人で描き出す。時を江戸に、歌舞伎座を芝の浜に変え、冷たい空気や匂いさえ感じさせた。

『芝浜』は、落語で人気の人情噺だ。歌舞伎では、1922(大正11)年に『芝浜革財布』のタイトルで初演された。多くの噺家によって、さまざまに演じられる女房のおたつを、中村時蔵は際立って献身的に、政五郎への愛情を感じさせる女房として立ち上げる。床をふく姿や生活音には、毎日ここでそうしてきたかのような説得力があった。

第二部『芝浜革財布』右より、魚屋政五郎=尾上菊五郎、政五郎女房おたつ=中村時蔵 /(C)松竹

政五郎は、ごきげんで気持ちの良い男。ただし、お酒でダメになる。「仕事に精を出す」と決意したそばから、拾ったお金で友だちを呼んで酒盛り。そこに集まるのは、大工の勘太郎(市川左團次)や左官の梅吉(権十郎)、かざり屋の金太(坂東彦三郎)、桶屋の吉五郎(市村橘太郎)たち。へべれけに酔って始まった女房自慢大会が、“いつものメンバー”の“いつもの流れ”であろうことが、説明なしにも伝わってくる。金太が都々逸を唄い始めた時は「また始まった(笑)」とさえ思わされた。後半には、寺嶋眞秀が丁稚役で登場。のびのびとお芝居を楽しむ姿は、観客を笑顔にする。さらに中村東蔵が、金貸しのおかね役で程よくスパイスを効かせ、市井の人々の生活の解像度を上げ、リアリティを生む。政五郎とおたつ夫婦の笑顔が心に沁みた。菊五郎の指揮の下、音羽屋の“いつものメンバー”が各々の音色を奏でて編み上げる、シンフォニーのような一幕。

■第三部 午後6時30分開演

一、『信州川中島合戦 輝虎配膳』

『輝虎配膳』は、『信州川中島合戦』の三段目にあたるエピソードだ。長尾輝虎(モデルは上杉謙信)を芝翫が勤め、家老の直江を幸四郎が、直江の妻・唐衣を片岡孝太郎が勤める。唐衣は、敵方の名軍師・山本勘助の妹でもある。勘助と唐衣の母・越路に中村魁春、勘助の妻・お勝に中村雀右衛門。見どころは、充実の配役による心理戦と、越路の武家の女としての覚悟、そして後半にみられる歌舞伎らしさ満点の大胆な演出だ。

第三部『信州川中島合戦』右より、長尾輝虎=中村芝翫、お勝=中村雀右衛門 /(C)松竹

輝虎は、勘助を味方にしたいと考えている。そんな折、館に越路がお勝を伴ってやってくる。敵味方に別れてしまった母娘、越路と唐衣の再会だ。しかし越路は、勘助の寝返りを期待して呼び出されたと気がつき、毅然とした態度を崩さない。直江が輝虎の着物を進呈すると、古着なんて着たことがないからと、受け取りを拒否。気まずいムードを、唐衣たちがフォローする。お膳が運ばれてくると、今度は給仕役の身なりがあまりに高貴で窮屈だと言い放つ。実は給仕役こそ、輝虎本人なのだ。輝虎は仰々しいほど丁寧に挨拶をして、もてなすが、越路は、敵の恩を受ける気はないとお膳をキック。これには輝虎も怒り爆発。勘助不在の勘助を巡る緊張感ある場面に、一気に華やかな演出が加わっていく。

まず輝虎は、怒りのあまり着ている物を、何枚も何枚も何枚も何枚も脱ぐ。ユニークすぎる怒りの表現、輝虎の大きさと派手さに、客席は大いに盛り上がった。ようやく脱ぎ終わった輝虎は、越路に斬りかかろうとする。そこで、どもりのあるお勝が、お箏で(物理的に)間に入るファインプレー。さらに唄と演奏で母の非礼をお詫びをする。義太夫と三味線も一体となり、舞台上の全員が華やかに決まり幕となった。幕外の花道で、越路は、熱い拍手に包まれながら屋敷を後にした。その背中を嬉しそうに追いかけるお勝が、晴れやかな余韻を残した。

二、『増補双級巴 石川五右衛門』

3月の歌舞伎座のラストを飾るのは、名台詞や名場面など見どころが満載の『石川五右衛門』。昨年11月に逝去した中村吉右衛門が当たり役とした石川五右衛門を、おいの幸四郎が勤める。五右衛門と此下藤吉久吉(モデルは木下藤吉郎)は竹馬の友で、“友市”、“猿”と呼び合う仲だった。しかし時は過ぎ、友市は天下の大泥棒石川五右衛門に。猿は、武将となって五右衛門の前に現れるのだった……。

第三部『石川五右衛門』右より、石川五右衛門=松本幸四郎、此下久吉=中村錦之助 /(C)松竹

序幕で五右衛門は、中納言(大谷桂三)の勅書と装束を手に入れ、自ら中納言に化けて、足利義輝の屋敷へ向かう。その道中、久吉(中村錦之助)と五右衛門はニアミスする。偽の中納言一行が、舞台の上手から現れ、花道へ。ただそれだけの寡黙な場面だが、偽中納言は、本物と質の異なる空気をまとい、不思議なほどに目を奪う。花道の七三でみせる不敵な笑みは、物語が動き始めたことを物語っていた。

二幕目は、足利義輝の奥御殿。極彩色の鳳凰が描かれた金地の障屏画が眩しい。三好修理太夫長慶(中村松江)と三好四郎国長(中村歌昇)兄弟が、中納言の対応に苦慮しているところへ久吉が入り、いよいよ五右衛門と久吉の対面だ。お互いの素性を知って打ち解けたのち、久吉から、買い取ってほしいと差し出された葛籠には……。

第三部『石川五右衛門』石川五右衛門=松本幸四郎 /(C)松竹

見どころのひとつは、つづら抜けの宙乗りだ。宙に浮かぶ葛籠から飛び出し、五右衛門は空を駆けていく。幸四郎は出色のバランス感覚で、妖術による浮遊感を体現。華があり格好良く、妖しさのある宙乗りで喝采を浴びた。華やかな大薩摩の後、浅黄幕が振り落とされると、客席は、再びワッと熱が上がった。南禅寺の満開の桜だ。五右衛門の「絶景かな、絶景かな」の名台詞に大きな拍手が沸いたが、拍手をしていた手で、涙をおさえ始める姿もあった。1年前の3月、吉右衛門が歌舞伎俳優として最後に立ったお芝居と、同じ場面。その舞台で久吉を勤めていた幸四郎が、今、山門で五右衛門を勤めている。クライマックスで山門がセリ上がり、ふたたび久吉との対決。客席からたくさんの思いが込められた拍手が贈られた。

第一部から第三部まで、心が明るくなる演目が出そろった『三月大歌舞伎』。歌舞伎座で、3月28日(月)まで。

取材・文=塚田史香

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