「イカに口内を刺されて病院送り」 昔本当にあったイカにまつわる珍事件とは?
春から夏にかけては、スルメイカの旬であり大変おいしい季節である。スルメイカといえば焼き物や煮物にしても楽しめるが、新鮮で生きのいいものはなんといっても刺身が一番だろう。独特の甘みと舌ざわりは多くの人を虜にする。しかし、イカを生で食すときには気を付けなければいけないことがある。今回はイカの生食の際に起こった珍事件について紹介する。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
イカそうめんに刺される!
事件が起こったのは昭和63年6月。被害者は57歳の女性であった。
女性は、会社の同僚が静岡県熱海市沖の初島で釣りあげたスルメイカを会社で調理した。調理方法は、イカの腹側を縦に割いて内臓を除去し、横に細く切りイカそうめんにするというもので、女性はどんぶりに入れ同僚に提供した。
女性が調理の後片付けをしている間、同僚たちは特に何事もなくイカそうめんを食べた。片付けが終わった後、女性はどんぶりの底に積み重なっていたのこりのイカそうめんを口にした。
初めの2口は問題なく飲み込んだが、3口目から口の中に異変が起こった。口に放り込んだ瞬間、口中に焼けるような痛みを感じたというのである。
鏡を見ると、3~5cmほどの細いひものようなものが口内のあっちこっちにぶら下がっていた。女性はピンセットでそれを抜こうとしたが、引っ張ってもなかなか抜けない。仕方なく病院へ行き、麻酔・手術をして取り除いてもらったという。
細いひもの正体とは
女性の口の中に突き刺さったひもの正体は何だったのだろうか?
これはイカの精莢(せいきょう)というもので、精子の塊が入った袋である。イカは生殖の際、オスが特定の腕でこれを持ち、メスの体内に挿し入れる。メスの体内に入った精莢は外部刺激により破裂し、受精嚢という部分に刺さって受精が起こる。
イカの精莢は透明な糸状の寒天のような外観をしており、死んだ個体でも新鮮なものならば機械仕掛けのように運動し、中から出た精子が突き刺さるようになっている。また、釣り針のようなかえしが付いていて、刺さるとなかなか抜けない。
女性がイカを口にした際、どんぶりの底に溜まっていたばらばらの精莢が口内の刺激により活動し事故が起こったと考えられる。
事故を避けるためには
このような事故が起こらないようにするにはどうすればよいのだろうか?
まず、新鮮なイカを生食する場合は内臓を丹念に取り除くことである。また、上述の通り、精莢は糸状の寒天のような形状をしており、視認することができる。刺身にする際、これが身についていないか注意深く確認することが必要だ。
また、加熱して食する場合でも、しっかりと火を通すべきである。精莢は加熱すれば機能が停止するが、それが十分でないと活動する恐れがある。
おいしいイカを食べるときに痛い思いをしないよう、読者諸氏は気を付けていただきたい。
<宇佐見ふみしげ/サカナトライター>
参考文献:吉葉繁雄『フグはなぜ毒で死なないか』講談社