眞栄田郷敦は〈好き〉の先にある〈覚悟〉をどう表現したのか? 映画『ブルーピリオド』最強キャスト陣の魅力をネタバレなしで解説
「マンガ大賞2020」を受賞した人気漫画の実写映画化作品『ブルーピリオド』が、8月9日(金)より全国公開となる。流れに任せて空気を読みつつ空虚に生きていた高校生が、1枚の絵をきっかけに美術の世界にのめりこんでいく姿をエモーショナルに描いた感動ドラマだ。
「原作もの」の高いハードル
本作はいわゆる“漫画原作もの”だが、国内のあらゆる漫画賞を席巻した原作やアニメ化によって物語のクオリティは証明されている。ゆえに実写化発表時点で強く話題になったのは、やはりキャスティングだ。
キャスティングは小説や漫画作品の実写化における最初のハードルだが、『ブルーピリオド』においてはその不安も早々に払拭された。高校の美術の授業で<絵>の楽しさと奥深さを知る主人公・矢口八虎を演じるのは、あの眞栄田郷敦である。
眞栄田郷敦という「説得力」
近年はアクションやサスペンスを主戦場としてきた若手実力派の筆頭である郷敦ならばという信頼感と、金髪チャラめな高校生というキャラクター像に深みをもたらすルックス、そして作品ジャンルに関わらず観客の深読みを誘発する、生まれ持った“眼”の力――。興奮や焦り、悲しみ、怒りなど秒単位で揺れ動く若者の感情を表現するには、一瞬のアップショットにも無数の情報を詰め込むことができる郷敦の起用は大正解だった。
そもそも原作ものは、映像化作品と相互に影響し合う。観てから読むか/読んでから観るか、つまり行ったり来たりが可能という意味もあるが、小説にしても漫画にしても映像作品を意識して描かれることが当たり前になった現在では、カメラアングルや動きの演出に対して観る側の意識も大きく変わった。そういう意味で、とくに高橋文哉が演じる「ユカちゃん」こと鮎川龍二は、実写化ならではの魅力にあふれている。
原作キャラクターの魅力を倍加するキャスト陣
ユカちゃんは『ブルーピリオド』の物語において最も漫画的でありながら、現在〈いま〉のリアリティを託されたキャラクターでもある。もちろん受け手に委ねられる部分は多々あるが、多様性の“当たり前”をここまでポップに表現してみせた前例は多くないだろう。
高橋のなりきりぶりは素晴らしく、俳優としての存在感は安易な戯画化を許さない。学ラン×金髪ポニーテールをガチでやったら――と心配したが、しっかり現実世界の高校生として存在している。さらに口角が緩んでしまうのが、板垣李光人が演じる天才・高橋世田介のまんまっぷり。 いわゆる“女性ヒロイン”を廃している本作において、もっともそれに近いポジションと言える世田介、そのツンからのデレを三次元で観られる喜びは筆舌に尽くしがたい。
原作でも八虎を覚醒させる役どころを担っていた美術部の先輩・森まるは、桜田ひよりが演じることによって“きゅるみ”100万倍。八虎が一瞬で恋に落ちてしまい……なんて分かりやすいオリジナル展開が追加されていたらどうしようかと思ったが、そこは原作準拠なのでご安心を。あまり言及するとネタバレになるのでほどほどにしておくが、予備校受験を共に戦う橋田(秋谷郁甫)や桑名(中島セナ)らのキャスティングもドンピシャで、原作勢が手を合わせて拝む様子が目に浮かぶようだ。
世代を問わず胸に迫る物語の普遍性
原作漫画は10代の読者に多大な影響を与えているかと思うが、当然ながら様々な世代の支持を得たからこその大ヒット作である。実際、美大・藝大出身者に話を聞くと、とくに予備校編の描写はかなりリアルなのだという。
映画『ブルーピリオド』は、主人公世代の観客は遠くない過去/未来を想って観られるだろうし、親世代の観客にとって矢口家のシーンは号泣必至だ(石田ひかり演じる母の重み&ずんのやすの異様な存在感!)。また、かつての美・藝大生や実際にアートの世界で活躍している人たちが、実写化ならではの演出や物語のハイライト=受験の描写をどう観るかも非常に気になるところではある。
主演の郷敦が、半年間もの絵画練習を経てから撮影に挑んだという事実からは、映画化するうえで根本のテーマに中途半端な覚悟では挑めないという意識の統一がうかがえる。ものづくりの苦しさやもどかしさ、その先にある望外の喜び、イメージや理想を思うままに表現することの難しさは、映画製作者もよく知っていることなのだ。
『ブルーピリオド』は2024年8月9日(金)より全国ロードショー