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約6000年前、抱き合うように埋葬された男女「ヴァルダロの恋人たち」とは

草の実堂

約6000年前、抱き合うように埋葬された男女「ヴァルダロの恋人たち」とは
画像:マントヴァ wiki c Massimo Telò

古代ローマの詩人ウェルギリウスを輩出し、かつて日本から派遣された天正遣欧少年使節が訪れた地でもある、北イタリアの美しい湖畔の都市マントヴァ。

ヴェルディ作曲のオペラ『リゴレット』や、シェイクスピア作の『ロミオとジュリエット』など、名だたる悲劇にもその名が登場する、この世界遺産の街の近郊で「ヴァルダロの恋人たち」は発見された。

およそ6000年前、新石器時代に埋葬されたと考えられる「ヴァルダロの恋人たち」は、互いに抱き合うように腕と足を絡め合う状態のまま白骨化した、男女一組の遺骨だ。

今回は発見以来「永遠の愛の象徴」として取り沙汰される、「ヴァルダロの恋人たち」について掘り下げていきたい。

副葬品と共に発掘された男女一対の人骨

画像:マントヴァ国立考古学博物館所蔵の「ヴァルダロの恋人たち」 wiki c Dagmar Hollmann

2007年2月、間もなくバレンタインデーを迎えるという時期に、イタリアの考古学者エレナ・マリア・メノッティが指揮するチームの手によって「ヴァルダロの恋人たち」は発掘された。

発掘された場所は、イタリア・ロンバルディア州マントヴァ郊外、現在のサン・ジョルジョ・ビガレッロ市にあるヴァルダロ地区の墓地遺跡だ。

発見された2体の遺骨は触れ合うほどの近さで顔を向かい合わせ、腕はお互いを抱き合うように、脚は折り曲げられ絡ませるような形で埋葬されていた。

詳しい調査の結果、2体の遺骨は約6000年前の男女のもので、女性は16~20歳、男性は18~22歳ほど、身長はいずれも約157cmだったと推定された。

男性の首の辺りにあった燧石(すいせき、火打石)製の矢じり、女性の大腿部あたりに1本、骨盤の下にあった2本の燧石製のナイフは、2体の遺骨に致命的な傷や骨折の痕跡が見つからなかったため、副葬品の可能性が高いとされた。

「恋人同士の抱擁」を思わせる姿勢で発見されたこの2体の遺骨は、バレンタインデー目前だったこともあり、世界中で「永遠の愛」の象徴として注目され、発見地にちなんで「ヴァルダロの恋人たち」と呼ばれるようになったのだ。

新石器時代の埋葬

画像:出土した屈葬人骨のレプリカ wiki c KAMUI

新石器時代は、狩猟採集を主としていた人類が農耕・牧畜生活へと移行する、生活様式の大きな変革が起きた時代だ。

人類の埋葬の習慣はネアンデルタール人や初期の現生人類が生きていた約10万年前から始まっていたともいうが、定住生活が広がった新石器時代には、同じ場所に繰り返し死者を葬く墓地や、複数の遺体を納めた墓が各地で目立つようになった。

そのような生活の変化を背景として、祖先や死者とのつながりを意識した葬送儀礼が発達し「生命は死後新たな形で再生する(命の循環)」という考えも生まれたとされる。

新石器時代や日本の縄文時代では、遺体は手足を折り曲げた状態の「屈葬」という形式で埋葬されることが多かった。

屈葬が行われた理由には諸説あるが、その1つとして胎児と同じ体勢を取らせることにより、魂の再生や死者の生まれ変わりを願ったともいわれる。

6000年前の人々の生活と死生観

画像:ギリシア、アテネにあるギリシア国立考古学博物館に展示されている、新石器時代の石器、陶器、集落の様子。 wiki c Gary Todd

新石器時代は約12000年前から始まり、その終わりも紀元前4000年から紀元前2000年頃までと地域によって異なり、一言で新石器時代とはいっても年数の幅が広い。

「ヴァルダロの恋人たち」が生きていたと考えられる約6000年前の北イタリアにあたる地域は、比較的温暖な時期だったといわれる。

気候の温暖化の恩恵を受けて、人々は燧石などを用いた石器や土器を利用しながら、畑を耕し小麦や大麦を育て、家畜を育てる農耕牧畜生活を送っていた。

場所や気候に左右される狩猟採集生活に比べ、食糧を計画的に生産できるようになり、集落の人々の間には共同体としての絆が強まった。

定住生活が広がるにつれて葬送の形式も発達し、親しい人の死を共同体の中で悼む習慣が形づくられていったと考えられる。

画像:『ロミオとジュリエット(1884)』フランク・バーナード・ディクシー public domain

「ヴァルダロの恋人たち」の姿勢は、2体一組として見れば脚を絡ませ合っているように見えるが、1体ずつを見れば屈葬のようにも見える。

6000年前に死んだ「ヴァルダロの恋人たち」が、本来はどのような関係で、どのような理由で命を落とし、2人一組で埋葬されたのかはわからない。

だが少なくとも2人を埋葬した人々は、2人の死後の安寧を願っていたのではないだろうか。

2体の遺体は、膝を曲げ、腕を肩に回すような屈葬の形で向かい合わせに安置されたようである。

かつて屈葬が一般的であった時代には、遺体を布で包んだり縄で縛ったりして、手足を折り曲げた姿勢に整えることもあったという。

骨学的検査の結果、骨折や小さな傷の痕跡すら発見されなかったことが事実であれば「ヴァルダロの恋人たち」は死後もその体に傷がつかないように、丁重に埋葬されたと考えられる。

博物館で寄り添い続ける「ヴァルダロの恋人たち」

画像:マントヴァ国立考古学博物館が入る建物「コクーンマーケット」 wiki c Szeder László

6000年の時を経て再び人々の目に触れることになった「ヴァルダロの恋人たち」は、2011年9月、マントヴァ国立考古学博物館で初めて一般公開された。

その後、2014年4月11日からは、世界遺産に登録されたマントヴァのドゥカーレ宮殿複合施設内にあるマントヴァ国立考古学博物館で、ガラスケースに収められて常設展示されるようになった。

肉体が魂の器に過ぎないのであれば、死から長い年月を経た2人の魂はもうここにはいないのかもしれない。

それでもマントヴァに安置された「ヴァルダロの恋人たち」は人々が理想に描く愛の最期を体現しながら、人類の営みが存続する限りこれからも寄り添い続けるのだろう。

参考 :
地球の歩き方編集室 (編集) 『地球の歩き方 ミラノ ヴェネツィアと湖水地方 2026~2027』
カトリーヌ ルブタン (著), 南條 郁子 (翻訳) 『ヨーロッパの始まり: 新石器時代と巨石文化』
文 / 北森詩乃 校正 / 草の実堂編集部

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