スラヴには不思議な占いがいっぱい!――【連載】奈倉有里「猫が導く妖しい世界」#11
この連載では、スラヴの昔話からやって来た物知り猫“バユーン”が、ロシア文学研究者・奈倉有里さんとともに皆さんを民間伝承の世界へとご案内します。
今回はどんな不思議に出会えるでしょうか?
※2025年度『まいにちロシア語』テキスト2月号より抜粋
(スラヴ:ロシアやウクライナ、ポーランド、ブルガリアなど、ヨーロッパ東部から北アジアに広く分布する、スラヴ系諸語を話す人々の暮らす文化圏)
第十一回 雪の夜には占いを
占いの季節
雪が降る。シベリアの平原にはもうどっさりと積もっていて、新潟の海辺にも雪が舞う。積もったり凍ったり、道が悪くなってくると雪国の人々は自動車のタイヤを交換する。自転車しか持っていない私はおとなしくその唯一の交通手段を土間にしまって、二階の畳の部屋でこたつに入る。今年はどのくらい降るんだろう。夏に天井裏に遊びにきていたこうもりはとうにいなくなり、妖怪たちもひっそりとしていつになく静かだ。あ、もちろん、年中おしゃべりな一匹を除いて、だけど。
雪を眺めたくてしょっちゅう障子をあける私に「寒いよ」と文句を言いながら、バユーンはなにやらいそいそと準備をしている。さっきからなにしてるの、と訊くと、丸い目をきらりと輝かせて「占いの季節だからね」だって。
一瞬、(占いに季節なんてあるのかな)と思ったけれど、確かに冬は占いに向いているのかもしれない。年末年始になるとそこかしこでこれから一年の運勢を占う特集を見かける。思いも新たになにかをはじめようとしたときの「うまくいくかな」という不安を占いで確かめてみたい気持ちもわかるし、暖かい部屋のなかでできる室内遊びとしてもぴったりだ。
バユーンはこたつの上にカセットコンロやお椀や卵や鏡を並べて、「だいたい揃ったね」と満足そうに頷き、「ユリもやろうよ」と誘う。うん、やってみたい。「さて、まずは卵の殻に穴をあけて」。私は言われた通りに生卵の殻を画鋲の針でつついて、一センチくらいの穴をあける。「そうしたら、お湯に白身をそうっと垂らす」。卵をお椀に入れたお湯にかたむけて、たらりと垂らす(熱湯に入れるとかきたま汁みたいになってしまうので、ちょっと冷めたくらいのお湯がいい)。「固まった白身の形で占う」。えっ、それだけ?
バユーンによると、なにかをお湯やミルクに垂らしてそれが固まった形状で占いをする方法は昔から広く伝わる占いのひとつらしい。
固唾を呑んで見守っていると、白身はすうっと形になっていく。すかさずバユーンは低い声で「もし教会の形なら結婚式で、船の形なら旅立ちで、立方体なら死が訪れる……」と呪文のようにつぶやく。
鏡に映るもの
けれども固まった白身は、ヒトデのようなミジンコのような、なんとも言い難い形をしている。いや、待てよ。そもそもお湯に落とした卵の白身が教会や船の形になる可能性なんてかなり低そうだし、立方体ってのもあんまりなさそうだ。それで、この白身の形はなんなんだろう、と思っていると、バユーンは「うーん、これは花かな、人かな。花の形にも見えるし人の形にも見えるし星の形にも見える。花なら恋人、人なら友達ができるってことだし、星なら仕事で成功する」と、やけに大盤振る舞いな吉兆の解釈をしはじめた。怪しい占い師だ、と疑いのまなざしを向ける。まあ、解釈次第で幸せな気持ちになれる、いい占いなのかも。
「さて次は……」とバユーンが用意したのは鏡だ。あ、これなら知ってるぞ。トルストイの『戦争と平和』で、ヒロインのナターシャとソーニャが占いをする場面がある──クリスマスの夜に鏡を見ていると、自分が結婚する相手の姿が見えるかもしれない、っていうやつだ。ナターシャとソーニャは見えるか見えないか、好きな人が映るかどうか、ドキドキしながら鏡をのぞくんだよね。でも今日はクリスマスじゃないし、見ようによってはなんにでも見える白身と違って、鏡のなかに自分以外の、その場にいない人間が映るとはとても思えないし、もし映ったらさすがに怖い気がする……。それに花婿を占うなんて、いかにも前時代的じゃないか。
戸惑いながらもこたつの上の卓上鏡をのぞくと当然のごとく自分が映っていて、なんでも顔に出る私は、実に正直に気の進まなそうな、おせじにも魅力的とはいえない表情をしている。「こうしてよーく見ていると、ユリにどんな守護霊がついているかがわかるんだ」という言葉に、え、守護霊なの? 花婿じゃなくて? と首をかしげると、バユーンは「昔の占いは結婚相手とか子供の性別とか人の寿命とか、占うものが限られていたけど、いまは多様化の時代だからね、人の生活様式が変われば占いも変わる」ともっともらしい説明を加えて私の膝に飛び乗り、ひょっこりと私と鏡のあいだから顔を出して、「ほら、守護霊が映ってる!」とけらけら笑った。いや、映ってるっていうか、自ら映りにきたのはバユーンでしょ。守護霊になってくれるつもりなのはありがたいけど。
鏡のなかのバユーンと自分を見つめる。私はなにが映ってほしいんだろう。一方ではいまのままで充分な気もするし、他方では願いごとなんて数限りなくある──この町で危険なことが起きませんように。いい人が市長さんになりますように。つらい思いをする人が減りますように。とりあえず祈っておく。
おかしな占い
バユーンが教えてくれる占いはどれも簡単で楽しいけれど、どうもつかみどころがない。「古い占いってもっと奇妙っていうか、難しいものだと思ってたよ」と言うと、バユーンは「あ、おかしな占いもいろいろ知ってるよ」と答えて、「たとえば、盗み聞き占い」と続けた。なんじゃそりゃ。
なんでも、盗み聞き占いっていうのは、近所の人の家の前まで行って聞き耳をたてる占いらしい。たとえば「ひとつ向こうの通りの〇〇さんの家」と決めて行ってみて、その家のなかが静かだったら翌年は平穏な年になるし、どんちゃん騒ぎをしていたら賑やかな年になり、喧嘩をしていたら争いに注意。うーん、めちゃくちゃな占いだ。技術的には難しくないけれど、わざわざ立ち聞きをしに行くなんて倫理的にはばかられる。しかも、その日に偶然ご近所さんの家で起きていたことが来年の自分に起こる出来事に直結するなんて安直だし、占いにつきものの神秘的な気配もまったくない。
これと似たような占いで、「通行人の名前占い」というのもあるという。いわゆる姓名判断みたいなものかと思ったらそうじゃなく、まず家を出て、最初に出会った人に名前を聞いて、その名前から受けたインスピレーションで自分の運勢を占うらしい。たまたま出会った人の名前が自分の運勢そのものだなんて、やっぱりおかしな話である。もし出会ったのが「斎藤次郎さん」だったら、私の運勢はいったいどうなるんだ。いかにも斎藤次郎らしいことが起きるのか。いかにも斎藤次郎って、どんなだ?
狐につままれたような顔をしていると、バユーンは面白がって次々に変な占いを教えてくれた。犬の遠吠えがどんなふうに聞こえるかで占う遠吠え占い。馬の頭に袋をかぶせて目隠しをしてから、その馬に後ろ向きにまたがり、どこに向かうかで占う馬占い(ぜったいに危ないでしょ)。寝る前に右足だけ靴下を履き、「運命の人よ、この靴下を脱がせにきて」と唱えて眠りにつくと夢に運命の人が出てきてくれる占い(これはできなくもない)。
それだけ身近なもので占いができるなら、もはやなにを材料にしても占いができそうな気がしてきた。犬の遠吠えでいいのなら、バユーンの寝言だってよさそうだ。うん、これは案外面白いかもしれないぞ。
さっそく私はその夜、枕元でむにゃむにゃと言いだしたバユーンの声に、そっと耳を澄ましてみた──「棚からぼたもち……」。バユーンは暗がりのなかで、ぺろりと赤い舌を出して眠っている。神秘的ではないけれど、それが運勢だとしたら悪くない、と思ったそのとき、窓の外でどさどさと、ぼたもち……じゃなく、屋根の雪が落ちる音がした。
奈倉 有里
1982年生。ロシア文学研究者。著書に『夕暮れに夜明けの歌を』『アレクサンドル・ブローク 詩学と生涯』『ことばの白地図を歩く』『ロシア文学の教室』『文化の脱走兵』、訳書にミハイル・シーシキン『手紙』、サーシャ・フィリペンコ『赤い十字』など。
イラスト 山田 緑
公式HP:http://midoriyamada.net/