あれ?誰とも喋ってない… 「コミュニケーションにはお金がかかる」という現実。孤独と戦うおばさんの生存術【日日更年期好日】
女性なら誰でも通る茨の道、更年期。今、まさに更年期障害進行形の小林久乃さんが、自らの身に起きた症状や、40代から始まった老化現象についてありのままに綴ります。第53話は「コミュニケーションには金がかかる」。
【日日更年期好日】
誰とも会わない日
「…やばい、今日、仕事の打ち合わせばかりで誰ともまともにしゃべっていない」
これは一日、デスクに向かって仕事をしていた私の夕方の独り言。座業が生業のメインなうえに、独身、パートナー不在となればこういう日は冗談ではなく、本当にある。加えてコロナ禍のリモートワークの通常化によって、人との接触が格段に減った。打ち合わせや取材など、対面せずともオンラインで完結ができると皆が気づいてしまった。このおかげで地方移住や二拠点生活が理想ではなく現実となった背景を鑑みると、いい影響も確かに及ぼしている。けれど、やっぱり寂しい。
【こちらもどうぞ】お前はアイドルグループか? 更年期の味方「HRT」との出会い。婚活ぐらいマッチングが難しいやつめ
人的コミュニケーションや社会的なつながりは医学的見地からも、兼ねてからの必要性が叫ばれている。孤独でいるとうつ病のリスクが高まる云々(米国疾病対策センター /2024年調べによる)。確かに私も今年の夏は更年期うつとやらを発症して参った経験がある。あっという間に戻ったけれど、それはまだ50代前半の体力による回復であって、これから先、年老いた時にどうなるのかは想像がつかない。でも確かに人的コミュニケーションは必要だ。
もやっと考えてみると、コミュニケーションとは金がかかる。例えば私、デスクワークに辟易してきたので、飲みにでも行こう…となると当たり前だけど飲食代がかかる。10年ほど前までは下町へ一人でフラッと出かけると、2000円もあれば濃い酒を飲んで、串でも食べて満足して帰宅したけれど、物価高の昨今はそうもいかない。おまけに酒を飲んでいると気が大きくなるので、ブルジョアでもないのに金遣いが荒くなる。
「〇〇ちゃん、今日は一杯奢るよ〜〜」
仮に4,000円ほどかかったとすれば、それが1ヶ月続くと136,400円。あまりにも現実的ではない食費設定だ。では店にはいかず、友人とコミュニケーションを取ろうとする。食事に行かなかったとしても、お茶くらいはするだろう。ここでお茶代。相手の自宅に訪問するなら手土産代金も交通費もかかる。パートナーがいても同じく、会うためには金がかかる。
孤独にならないために働くのだ
私が独身なので自宅から出ていくコミュニケーションが主軸になっているが、家族がいても金はかかる。会話ができても食費は嵩む。反抗期の子どもや、万年倦怠期の夫と「したい会話」が成立するかと言えば難しい。独身なら三日はキープできそうな食材を購入して、一日の栄養を提供して、なんとなくの会話。ひょっとしたら毎日会話で盛り上がっている家庭もあるかもしれないので、関係性は置いておくとしても、やはり飲食物なしに成立しない。お近所同士の立ち話だって「たまには」とお裾分けもあるだろうし。
ただ住まいで心を通わせる…と考えると、シェアハウスはよくできたシステムだ。まあ、おばさんが入れるようなハウスは早めの老人ホーム以外に浮かばないけれど。
加えて職場もある、が。会社員時代を思い出しても互いにどこかで本音は見せず、同僚におもねるような風潮だった。組織は友人を作るために来ているのではなく、利益生産の同盟。ここにコミュニケーションを求めるのも、よすがにしてしまうのは生き方として少しピントがずれている。定年後、役割を失ってしまう父親軍を見ているとそう感じる。
(…結局、コミュニケーションは金なりだ)
衣食住と娯楽費捻出(カタルシス)のために働いているようなつもりでいたけれど、実は人がコミュニケーションに使っている支出は大きい。独立して働いているとそれが投資となり、仕事となって戻ってくるパターンもあるけれど、期待はしない。
さあ、働こう。孤独や病気を回避するためにも、他人と触れ合って生きるのだ。触れ合う方法は人それぞれでも、その先には楽しそうに笑う自分を想像して。
(小林久乃/コラムニスト・編集者)