発達障害の子の成長がつながる余暇活動の場――「趣味トーク」に見るロールモデル効果(金子総合研究所/東京学芸大学・加藤浩平先生)
「好き」を認められる経験が、子どもの変化を支える
以前より、子どもたちが「好き」について語り合う「趣味トーク」という余暇活動について紹介してきました。「趣味トーク」の場では、発達障害の子どもたちのコミュニケーションにさまざまな変化が起きますが、起きている変化は、何か特別な訓練の結果として生まれているものではありません。自分の「好き」を否定されずに語れること、ほかの参加者もまた自分の「好き」を大切にしていること、そしてその場にいること自体が認められていること――そうした経験の積み重ねの中で、子どもたちは少しずつ変わっていきます。
そして興味深いのは、その変化が一人の中だけで完結しないことです。ある子の成長した姿が、別の子にとってのモデルになり、「自分もやってみよう」「こんなふうに参加していいんだ」と思えるきっかけになることがあります。「趣味トーク」という活動には、成長が人から人へと伝わっていく側面があるように思います。
イヅミさん――自分の「好き」を見せられるようになったASDの女の子
イヅミさん(仮名)は、通信制高校に通っていた女の子です。小学校のときにASD(自閉スペクトラム症)とLD・SLD(限局性学習症)の診断を受け、中学生の頃には不登校を経験していました。視覚と聴覚の強い過敏があり、人の多い場所や学校の教室に入ることが苦手でした。
「趣味トーク」に初めて参加したころ、イヅミさんは部屋の隅で、ほかの参加者が話している様子を遠くから見ていました。イヅミさんが話す番になると、部屋の隅に座ったまま、静かに自分のカバンからクリアファイルを出し、そばにいたスタッフに渡しました。クリアファイルに入っていたのは、イヅミさんが描いたドラゴンのイラストでした。とても精密に描かれていて、スタッフも含めて参加者が目を丸くしたのを記憶しています。みんなが「すごい、かっこいい!」「プロの作家みたいだ!」と感想を伝えても、イヅミさんは黙ったままで、みんなの輪に近づくことはなく、距離を置いて黙って聞いているだけでした。
ですが、活動を重ねる中で、イヅミさんは参加者の輪の中に加わるようになり、自分の描いたイラストの設定などもうれしそうに説明するようになりました。イヅミさんは高校卒業後、美術系の専門学校へ進学し、さらに学校で知り合ったアニメ好きの仲間が集まるサークルにも参加するようになりました。今では学校の課題やサークルの活動が忙しくなり、「趣味トーク」に参加する回数は減っていますが、たまに顔を出すと、新作のイラストを見せてくれたり、絵を描くことに興味のある年下の参加者たちに、絵の描き方のコツを教えてくれたりしています。
このイヅミさんのケースで大切なのは、イヅミさんが単に「話せるようになった」ことだけではなく、「好き(イラスト)」を通じて、年下の参加者に対して、先輩的な存在として関わるようになっていたことです。自分の「好き」を表現している彼女の姿が、別の参加者にとっての「モデル」にもなっていたのだと思っています。そんなイヅミさんに影響を受けたルリコさんのケースを次に紹介します。
ルリコさん――先人の姿に刺激を受けて、自分の進路を広げていったASDの女の子
ルリコさん(仮名)は、中学校1年生のASDの女の子です。小学校時代は特別支援学級に在籍して自分のペースで落ち着いて過ごせていましたが、中学校に進学してからは周囲に合わせることに疲れてしまい、夏休み明けから不登校になりました。ルリコさんは、小学校時代の担任からの紹介で、筆者の「趣味トーク」に参加しましたが、参加した当初は、下を向いたままで、表情も身体もこわばっていました。
ルリコさんが活動に持ってきたのは、深夜アニメのキャラクターグッズや、自作のアニメキャラクターのイラストでした。それを見たほかの参加者たちが、「私もそのアニメ好き!」「この作画監督、いいよね」と話しかけたとき、ルリコさんは初めて顔を上げました。その後、毎回のように「趣味トーク」に参加し、自分の好きなものを少しずつ話せるようになっていきました。
そしてルリコさんにとって大きかったのは、イヅミさんの存在でした。絵を描くことが好きで、自分の作品を見せながら説明をしたり、時にはほかの子にアドバイスをしたりもしている……そうしたイヅミさんの姿は、ルリコさんにとっての理想の「ロールモデル」になっていたのだと思います。実際、ルリコさんはイヅミさんのイラストに刺激を受け、アドバイスを受けながら絵を描く力を伸ばしていきました。その後、ルリコさんは通学もできる通信制高校のイラストを学べるコースを受験して、見事合格。進学後は、「中学校の頃とは見違えるように楽しく学校に通えている」「仲のいいクラスメイトもできた」と保護者から報告を受けています。
そして、「趣味トーク」の場では、イヅミさんが活動の場に持ってくるイラスト作品を真剣なまなざしで見ながら、イヅミさんとイラストの描き方や使っているアプリのことなどについて話をしています。イヅミさんが自分の「好き」を表現できるようになったこと、その姿がルリコさんに影響を与えたこと。そこには、「成長した子が、次の子のロールモデルになる」という連鎖が起きています。
ピアスタッフは「少し先の未来」を見せる存在でもある
こうしたロールモデルのような関係は、参加者の間だけで生まれるものではありません。「趣味トーク」の活動の中では、年上のピアスタッフの存在が、とても重要です。以前の連載の中でも書いたように、「趣味トーク」に参加しているピアスタッフは、アニメや漫画、ゲームが好きな大学生・大学院生などのボランティアの人たちです。ピアスタッフたちには、支援する立場というより、「少し年上の趣味の仲間」として、子どもたちと同じ立場で自分の「好き」を語ってもらうようにお願いしています。
そんなピアスタッフの存在は、子どもたちにとって大きな意味を持っています。学校の先生や親は、どうしても評価や指導と結びつきやすい存在です。ですが、ピアスタッフは、「大きくなっても、自分の『好き』を大切にしていい」「好きなものを語りながら、人と関わっていい」という姿を、そのまま体現している存在でもあります。
ある高校生の男の子が好きな漫画について話していたとき、20代のピアスタッフが「私も漫画が大好き!同じ作者の別作品を読んだことがあるよ!」と応じると、その子はぱっと表情を明るくし、「じゃあ、この漫画も読んでください!」とページを開いて見せていました。こういった交流には、「この人なら分かってくれる」という安心を得られる面もありますが、同時に「自分もこういう大人になれるかもしれない」と本人が見通しを持てる面もあるように思います。
成長は、訓練の成果ではなく、関係の中で起きている
こうして見ていくと、「趣味トーク」の場で起きている子どもたちの変化は、訓練の成果として説明するよりも、関係性の中で生成されていく成長として捉えたほうが自然です。自分の「好き」を安心して語れること、ほかの人の「好き」が尊重されているのを見ること、少し先を歩く仲間やピアスタッフの姿に触れること……そうした経験の積み重ねが、その子にとっての「次の一歩」を支えているのだと思います。
以前は黙って聞いているだけだった子が、ほかの子の発表に質問するようになる。持ってきたグッズを見せるだけだった子が、作品の感想や設定まで説明するようになる。さらに、誰かにアドバイスをしたり、初参加の子に声をかけたりするようになる。こうした変化は小さく見えるかもしれませんが、参加の仕方・他者との関わり方が増えているという意味では、とても大きなことです。
「カリスマティック・アダルト」的な存在の意味
「趣味トーク」の場では、子どもたちが少しずつ変化し、その変化した姿が、今度は別の子のモデルになっていきます。イヅミさんのように、自分の「好き」を見せられるようになった子が、ルリコさんのような次の世代の参加者に影響を与える。さらに、年上のピアスタッフが、子どもたちに「少し先の未来」の姿を見せてくれる。そうした関係の中で、子どもたちは「こうやっていていいんだ」「自分もやってみたい」と思えるようになっていくのです。
ハーバード大学の心理学者ロバート・ブルックス博士は、子どもが「そこから力を得る大人」という「カリスマティック・アダルト」の存在を重視し、無条件の受容、強みへの注目、失敗やつまずきの中でも見捨てない関わりが、子どものレジリエンス(困難を乗り越え回復する力)を支えると述べています。そうした大人との関係の中で、子どもは「自分はここにいてよい」「やってみてもよい」と思えるようになります。「趣味トーク」における年上の参加者やピアスタッフも、子どもたちの「好き」を自然に肯定し、少し先の未来の姿を示しながら、安心して自分を出せる関係をつくる点で、そのような存在になっているのだと思います。
発達障害のある子どもたちにとって必要なのは、何かを一方的に教えることだけではありません。安心していられる場の中で、少し先を歩く仲間や大人に出会い、その姿を手がかりに自分なりの参加の仕方を増やしていけることもまた、とても大切なのだと思います。「趣味トーク」は、そのような成長の連鎖が生まれる場にもなっているのです。
「好き」を承認され、安心して表現できる「サードプレイス」の意味
くり返しになりますが、「趣味トーク」の場で起きているのは、単なる会話のトレーニングではありません。自分の「好き」を安心して他者に差し出せること、ほかの人の「好き」に触れて世界が広がること、そして少し先を歩く仲間やピアスタッフの姿に励まされながら、自分なりの参加の仕方を見つけていくこと――そうしたことが、この小さな余暇活動の場の中で同時に起きています。
発達障害のある子どもたちは、学校では「うまく適応できるか」、家庭では「落ち着いて過ごせるか」といった視点で見られることが少なくありません。もちろん、それらは大切なことです。ですが、ある程度の年齢に達した子どもたちにとっては、それだけではない、自分の「好き」や「その子らしさ」を持ったままで他者とつながれる場所も、同じように重要なのではないでしょうか。筆者は、「趣味トーク」などの余暇活動の実践を通して、そのことを強く感じてきました。
そう考えると、「趣味トーク」のような余暇活動は、療育のようなコミュニケーション支援を目的とした場所とはかなり違います。子どもにとって、家庭がファーストプレイス(第1の居場所)、学校がセカンドプレイス(第2の居場所)であるなら、余暇活動の場は、家庭とも学校とも違った、いわゆる「サードプレイス(第3の居場所)」といわれるところであり、発達障害の子どもたちが自分なりの過ごし方や他者とのつながり方を試していける機会として捉える必要があるように思います。発達障害のある子どもたち、とくに思春期の子どもたちにとって、なぜ学校や家庭とは異なる余暇活動のような居場所が必要なのか。そもそも「サードプレイス」とは何なのか。そうした点についてはまたの機会に、筆者自身の余暇活動支援の研究やこれまでの実践も踏まえながら、紹介していきたいと思います。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
SLD(限局性学習症)
LD、学習障害、などの名称で呼ばれていましたが、現在はSLD、限局性学習症と呼ばれるようになりました。SLDはSpecific Learning Disorderの略。