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本当は教えたくない福岡物件「二刀流の詩人も愛した、築100年超えの元旅館物件」

フクリパ

本当は教えたくない福岡物件「二刀流の詩人も愛した、築100年超えの元旅館物件」

「空き家ポリスの本当は教えたくない福岡物件」。「住む予定もないのに、おもしろそうな物件を探して見に行く」ことを趣味とする空き家マニアが、福岡の空き家物件を紹介していきます。 第20回は、「二刀流の詩人も愛した、築100年超えの元旅館物件」です。

今回お縄になったのは水郷・柳川にある「元・旅館物件」。
600万円/8K/建物285‪㎡のこちら。

ご覧のように情緒ある客室が残っていて、文豪がひょっこり出てきそうな雰囲気だけど、それもそのはず明治後期に建てられた歴史ある旅館で、築100年を超えているとのこと。

うむ、この風情にも納得だ。

情報に寄ると、この旅館にはかつて、詩人・立原道造(たちはらみちぞう)が逗留していたという。

立原道造(1914年 - 1939年)※画像は立原道造記念館HPより転載

立原道造は昭和初期に活躍した詩人で、24歳の若さで亡くなった非業の人。

「中原中也賞」を受賞するなど詩人としての才能はもちろん、東京帝国大学(現在の東京大学)の建築科で最優秀賞を取るなど、大谷翔平を凌ぐほどの二刀流使いで、若くして亡くなったのが非常に惜しまれる存在だ。

当時の客室のひとつ。天井の黒さに歴史を感じる。

そんな天才詩人がこの宿で、詩の一編でも綴っていたと思うと胸に込み上げるものがあるので、この旅館を買ったあかつきには立原道造にあやかる施設にリノベーションするのが吉。

個人的には、文筆家が缶詰めになる「文豪専門旅館」としてリニューアルしたいので、人気作家を抱える出版関係者はぜひ出資してほしい。

余談だけど、この立原道造が計画していた建築に「ヒアシンスハウス」
という家があって、最近流行りのスモールハウスやタイニーハウスの先駆けなので、興味ある方はぜひご覧あれ。

さて、この物件がある柳川のことにも触れておきたい。

柳川といえば、水路が町中に巡らせてあることが有名で、その歴史と景観に魅せられ、弊ポリスも移住を試みたことがある街。

この水路は「掘割(ほりわり)」といって、もともと湿地帯だった土地の水はけを良くするために作られたんだけど、堀った土を堤防として再利用したり、真水を蓄えるための溜め池としても機能したり、先人の知恵が詰まった文化遺産でもある。

柳川の堀割。市内にくまなく巡っていることが分かる。 ※画像はミツカン水の文化センターHPより転載

水路といえばイタリアのベネチアが世界的に有名だけど、ベネチアの運河は全長4kmなのに対して、柳川の堀割はなんと930km!

ベネチアの運河。湿地帯に杭を打ち込んで石を積み、その上に家を建てている。

ベネチアと柳川、どちらも海に近い湿地帯を活かすために水路ができたんだけど、水路の距離で比較すると「柳川はベネチアの200倍!」超えという驚きの規模。

そんな柳川は「日本のベネチア」と呼ぶにふさわしい街だと思うんだけど、個人的にはむしろ、ベネチアの方を「ヨーロッパのYANAGAWA」と呼んでみたい。いや、呼ぶべきだと声を大にして言いたい。

柳川の素晴らしさはだいたい伝わったと思うので、最後に物件の紹介を追加で。

2階の間取りはこんな感じで、計6部屋ある。
大きめの部屋は作家先生に使ってもらって、狭めの和室は編集者さん用にしたい。

水まわりは遊び心あって良き。タイルも渋い。

作りの細かい欄間。お金かけてます。

さげもん期間中の様子。風情があって良き。

1階は当初和室や土間だったようで、1960年前後に店舗へ改修し、靴屋さんとケーキ屋さんに貸し出していたとのこと。店舗が撤退した現在は、「さげもんめぐり(=柳川で行うひな祭りイベント)」期間中に、さげもん(=吊るし飾り)の展示販売場として貸し出されている。

1階の店舗2つ。スケルトンにして歴史ある旅館のたたずまいを取り戻したい。

2階の風情と比べてチグハグな状態になっているので、レトロな喫茶室かBarでも新設して、長逗留できる仕様に作り変えたいところ。

ということで、天才詩人が逗留した歴史的な旅館物件が手に入るチャンス。
世界に誇る水辺遺産「堀割」もあり、エリアとしてのポテンシャルも高いので、気になる方はこの機会にどうぞ。


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