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第12回 チケットを売るのではない、映画を売るのだ

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第12回 チケットを売るのではない、映画を売るのだ

連載


映画は死なず 実録的東映残俠伝

─五代目社長 多田憲之が見た東映半世紀─

文=多田 憲之(東映株式会社 代表取締役会長)

ただ のりゆき
1949年北海道生まれ。72年中央大学法学部卒業、同年4月東映株式会社入社、北海道支社に赴任。97年北海道支社長就任。28年間の北海道勤務を経て、2000年に岡田裕介氏に乞われて東京勤務、映画宣伝部長として着任。14年には5代目として代表取締役社長に就任し20年の退任と同時に取締役相談役就任。21年6月、現職の代表取締役会長就任。

企画協力&写真・画像提供:東映株式会社

 現在、私は東映株式会社の会長という職に就いているが、今少し映画と東映について思うところを書いてみたいと思う。
 2023年1月に公開された東映創立70周年記念映画『レジェンド&バタフライ』は、おかげさまで多くの方々に劇場に足を運んでいただき、楽しんでいただけたようである。製作にあたって嬉しかったのは、複数の企業から、志の高い映画を製作しようとする姿勢に賛同して、出資を申し出ていただいたことだ。内心は東映グループだけで製作したかったが、できなかったのは、岡田裕介が亡くなっていたからである。岡田裕介は東映という会社にとって、〝東映の顔〟と言える巨大な存在であったわけで、その存在がいないことに、やはり社員たちは動揺していた。映画会社として、一つのコンテンツを成功させるためには、社員全員の志を一致団結させなければならない。社員全員の思いを実現させるため、申し出てくださった企業のご厚意をありがたくお受けすることにした。

 配信が台頭する中で、テレビで今本当に観たいドラマが作られているかと言えば、残念ながらYESとは言えない。もちろん、面白いドラマもあるが、ドラマ部門が危機に直面していることは否めないだろう。テレビの主流はバラエティ番組という状況である。われわれは、映像を作るのが本来の仕事である。その映像を作る場が、無くなっていっているわけである。映画でも、アニメーションに頼っている状況であることは否定できない。自戒を込めて言うならば、実写製作に携わる我々はアニメの普遍性を学び、良い作品を、お客様に支持される作品を作っていけば可能性が広がると思う。

 東映と言えば、時代劇映画と言われた時代があった。昭和30年代を中心に、片岡千恵蔵、市川右太衛門、大川橋蔵、中村錦之助(後に萬屋錦之介)らの主演による娯楽時代劇は、常に大入りで、東映の黄金時代を築き上げた。正月映画として東映時代劇スター総出演による〝忠臣蔵〟映画や、清水次郎長や吉良仁吉らが活躍する〝任俠時代劇〟映画は、常に大入り満員だった。だが、その時代劇映画を衰退させたのも、東映に責任の一端があると思う。 
 東映の時代劇は、日舞のようなきらびやかで、艶やかな殺陣で観客を魅了していたが、そのうち、対東映のアンチテーゼの時代劇として豪快でリアリズムの殺陣で魅せる東宝の黒澤明監督、三船敏郎主演の『用心棒』のような映画が出てきた。
 かつての東映時代劇も人気に陰りが見え、邦画全体の勢いも次第になくなってきていたが、東映には生産能力があったから、任俠映画路線に切り替えていった。だが、スタッフはみんな時代劇映画で育った者ばかりだった。プログラムピクチャー時代を支えた撮影所には1週間に1本製作する能力があった。スタッフの数も多かった。そうすると、岡田茂は、テレビに移行することを考え始めた。「風小僧」とか「白馬童子」といったテレビ時代劇である。その後に続く国民的時代劇になった「水戸黄門」しかりである。テレビで時代劇を楽しむ視聴者のほとんどは、映画館で東映時代劇を楽しんだ世代で、時代劇と言えば東映時代劇だと思ってしまう。本当は時代劇というのはもっと可能性の大きい幅広いものだと思う。その時代劇の芽を摘んだのは東映だったのかもしれない。
 東映時代劇に親しんだ年配の世代の人たちは、気楽に観られる娯楽映画としての、勧善懲悪の往年の東映時代劇スタイルを喜んだ。昔の映画を観ると、どこかホッとするのだろう。ただ、若い世代の人たちは、そんな時代劇では客を呼べないことに気がつく。時代劇はダサい、ということになってしまう。テレビの時代劇映画は、昔の東映時代劇の延長線上にあった。「水戸黄門」「遠山の金さん」にしても、その域を脱することはなかった。いわば、ワンパターンのドラマである。テレビサイズに合わせるわけである。テレビで時代劇を観る人にとっては安心して観られるが、金を払ってまで映画館で時代劇を観ようとは思わなくなってしまっていた。時代劇が金を払って観るコンテンツではなくなったのである。劇場映画としての時代劇を衰退させた、というのは東映の罪だと思っている。テレビで観られない映画を創る、岡田茂の言った〝不良性感度〟というのは、そういうところから発生したビジョンであっただろう。そして、任俠路線、実録路線映画などが誕生した。

 もっとも、その後『柳生一族の陰謀』という〝東映時代劇復活〟と言われた大型時代劇を大ヒットさせるが、そこから進化を見せることなく、大型時代劇4作目の『徳川一族の崩壊』は、客が入らなかった。だが、東映のある意味すごさ、底力というのは、時代の風を察知した路線変更のうまさであった。『鬼龍院花子の生涯』という映画もそんな中で製作された映画であり、大ヒットすると、宮尾登美子原作&五社英雄監督第2弾として『陽暉楼』、第3弾『櫂』が製作される。女優を主演に据えた五社監督作品『𠮷原炎上』も生まれた。東映流の女性映画路線である。86年には五社監督の『極道の妻(おんな)たち』シリーズの第1作が公開される。創立以来、一貫して〝男〟を描き続けてきた東映が、女性の時代という社会を意識した中から生まれた大ヒットシリーズとなった。
 時代劇がだめになると任俠映画、それがだめになると実録モノ、と常に時代の風を一早く読み取り生き延びてきた。経営者もそうだが、撮影所のスタッフもそうだった。岡田茂は、折に触れて、撮影所のスタッフに金を払って映画を観ろ、と言っていた。それは、映画館の観客の反応により、今という時代を肌で感じられるからだろう。岡田茂で思い出すのは、いつも「週刊大衆」を持ち歩いていた姿だ。三代目社長となる高岩淡は「週刊実話」を持ち歩いていた。映画の素材を不良性感度に求めたアイデアソースだったのだろう。

 社長になって、何事もなく退任できれば、それに越したことはない。平穏無事に任務を務め上げることができれば一番いいなと思うが、いろいろと考えなければいけないことはでてくる。会社を維持するためにはと、さまざまな考えが浮かんでくるわけで。そんな中で、悩んだことと言えば、今後の東映映画の路線をどうしようかということだったかもしれない。やはり、東映というのは映画で食っているわけだから。そこで見えてきたのは、路線以前の問題だった。以前のように路線を創る能力がないのだ。そうすると、限られた資源をどのように運営していくかということを考える。シネコンを造るというのも一つだろうし、撮影所をテコ入れするというのも一つだし、プロデューサーを育てるというのも一つである。そんな考えを突き詰めると、やはり、東映は製作の会社というところに行きつく。唯一戦えるのは製作会社としての東映を進化させることだと思う。そこに気づいて、そこに向かっていかないと、東映は残っていけないし、みんな食べていけない。

 映画のチケットをみなさんに買っていただくというのは、映画会社のセールスとして当たり前の事であった。昨年、『レジェンド&バタフライ』のプロモーションの際に「チケットを無理して売らなくていい、映画を売ろう」ということを決め、みんなの気持が一つになった。以前は、映画の宣伝で一番大事な時期にチケットを1枚でも多く売らねばと懸命になっていた。だが、切符を買って観に来てくれるお客様に、映画のすばらしさをしっかりと伝えることが大事なのだ、と『レジェンド&バタフライ』では作品そのものをセールスした。成功するかどうかはわからなかったが、その思いに悔いはない。結果、東宝や松竹のスクリーンでも、400スクリーン以上で本編は上映され、大ヒットした。

8月11日(金・祝)に全国公開される映画『リボルバー・リリー』。大正末期の1924年。関東大震災からの復興でモダンな建物も増え活気にあふれる帝都東京。16歳からスパイ任務に従事し、東アジアを中心に3年間で57人の殺害に関与したという経歴を持つ元敏腕スパイ・小曽根百合。現在は東京の花街の銘酒屋で女将をしているが、あるとき、消えた陸軍資金の鍵を握る少年と出会ったことから、百合は少年と共に陸軍の精鋭部隊から追われる身となる。大藪春彦賞を受賞した長浦京の同名小説(講談社文庫)を原作に、本作のメガホンをとったのは、日本アカデミー賞最優秀監督賞を始め数々の映画賞を総なめにした『GO』を始め、『世界の中心で、愛をさけぶ』『北の零年』など数々の話題作を世に送り出してきた行定勲。そして主役の百合で〝史上最強のダークヒロイン〟という新境地に挑むのが、『レジェンド&バタフライ』の濃姫役も記憶に新しい綾瀬はるか。綾瀬はとびぬけた身体能力を活かして、スリリングでエキサイティングなノンストップアクションを披露しながら、大劇場のスクリーンで観るにふさわしい、観客を魅了するヒロインを演じている。キャストのお披露目会見では、「今回、髪を短くしたり、アクション・シーンも含めて、いままでにない新たな挑戦と言える映画です。観る人の心を揺さぶるような作品になれば」とコメントしていた。そして行定監督は、『北の零年』以来の大規模な映画、と作品を紹介する。共演者も豪華で、長谷川博己、羽村仁成(Go!Go!kids/ジャニーズJr.)、シシド・カフカ、古川琴音、清水尋也、ジェシー(SixTONES)、佐藤二朗、吹越満、内田朝陽、板尾創路、橋爪功、石橋蓮司、阿部サダヲ、野村萬斎、豊川悦司らが名を連ねている。公開初日の丸の内TOEIでは、10:30回の上映終了後に、出演者らによる公開記念舞台挨拶が予定されている。©2023「リボルバー・リリー」フィルムパートナーズ

©2023「リボルバー・リリー」フィルムパートナーズ

 8月11日には映画『リボルバー・リリー』が公開される。長浦京原作の、行定勲監督による、女性が主人公のアクション大作であり、是非、映画館で観てほしい作品に仕上がっている。
 果たして、観客のみなさんがどんな思いでこの映画を観てくださるのかが楽しみである。

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