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日本での採集は少ないレア魚<マサカリテングハギ>を食べてみた話 その特徴と食味とは?

サカナト

マサカリテングハギ’(提供:椎名まさと)

2016年4月、長崎県から珍しいニザダイ科の魚が我が家に届きました。テングハギ属のマサカリテングハギという魚です。

この魚は2002年に新種記載された魚で、2013年に初めて日本国内で報告されました。そんな珍しい魚「マサカリテングハギ」ですが、一体どのような魚なのでしょうか。

頭部の形がユニークなマサカリテングハギ

2016年4月18日の朝9時54分のこと、SNSのメッセージの通知音が鳴り起床。寝ぼけ眼でコンピュータのモニターを覗くと、信じがたい魚の写真が眼に入ってきたのです。

細長い体、無地の茶色い色彩に加え頭部のユニークな形。真っ先に「マサカリテングハギ」という標準和名が脳内のデータから出てきました。

マサカリテングハギ(提供:椎名まさと)

マサカリテングハギ Naso mcdadei Johnson, 2002はニザダイ科テングハギ属の魚です。

本種は2002年に新種記載されたもので、オーストラリア(ホロタイプ:完模式標本はクィーンズランドで採集されたもの)やモルディブ諸島、台湾などに分布しているのが知られていました。

日本においては2009年11月26日に伊豆半島東岸の相模湾、2011年11月5日に鹿児島県南さつま市笠沙で漁獲されており、この2個体をもとに日本初記録として報告されています。

その後も日本国内で何度か採集されていますが、数は多くなく、やや珍しい存在といえる魚です。なお、マサカリテングハギという標準和名は、頭部の角ばった形と細長い体が「まさかり」を連想させることからつけられました。

テングハギ属の魚

マサカリテングハギが属するテングハギ属は、インド~中央太平洋および東太平洋に生息するニザダイ科のいちグループです。テングハギ属は世界で20種が知られており、日本にはそのうちの17種(標準和名と標本がない写真だけの記録による1種を含む)が知られています。

また現在、テングハギ属とされているものの中には、従来異なる属に含められた種もいました。

ヒメテングハギ(提供:椎名まさと)

テングハギ属魚類の成魚は前頭部の形状に特徴があるものが多く、膨出したり、「つの」のように突き出したりするのですが、その形状には種によって差があります。

そして、「つの」のように突き出すものテングハギ属 Naso、頭部に鶏冠状瘤を生じるものをトサカハギ属 Cyphomycter、成魚になってもそのようなものが頭部にないものをテングハギモドキ属 Callicanthus としていましたこともありましたが、現在ではこれら3属はすべてテングハギ属とされています。

マサカリテングハギの尾の骨質板(提供:椎名まさと)

このほかの特徴としてテングハギ属の魚は尾柄部に、大きな2対の骨質板を有しているのも特徴的です(ただしボウズハギなどでは1対)。なお、ニザダイではこの骨質板が3~5対あり、クロハギ属、サザナミハギ属およびヒレナガハギ属では尾柄部におりたたむことができる棘が1対あります。

いずれも不用意につかんだりすると怪我をするおそれがあるので、さばくときには注意が必要しましょう。

家庭での飼育には向かない

ニザダイ科の魚はナンヨウハギやキイロハギなど、アクアリウムでおなじみの種が多く含まれます。

しかし、マサカリテングハギを含むテングハギ属の魚は大きく成長し、かつ遊泳力が強いため、成魚を家庭の水槽で飼育するのは困難。したがって、家庭でその成長を観察するのは無理があると言わざるを得ません。

テングハギ属の仲間ではミヤコテングハギやその近縁種エレガントユニコーンフィッシュなどを近年ショップでみることがありますが、これらの種はこの属としては比較的小型種といえますが、それでも長期飼育するなら120センチ以上の大型水槽が欲しいところです。

ミヤコテングハギ(提供:椎名まさと)

一方、水族館では吻がのびるテングハギ属の魚がいろいろ飼育され、人気の魚となっています。大きい水槽をゆったり泳ぐテングハギ属の魚は格好よく、ぜひとも水族館でその様子を見てほしいものです。

マサカリテングハギを観察する

せっかくなので、長崎魚市場から我が家にやってきたマサカリテングハギをじっくり観察してみました。

マサカリテングハギの頭部背面は、到着してすぐは薄いブルーグリーンのV字模様が目立ってたことが印象的。眼の上から前方に走る線で、吻上でもう片方の線と繋がります。

マサカリテングハギ頭部背面のV字模様(提供:椎名まさと)

また、雄のテングハギ属は突起の色を目立たせることがある、ということが知られています。

マサカリテングハギの仲間で頭部が膨出するサザナミトサカハギという種がいますが、優位な雄がそのほかの雄に対して目立った色彩をした頭部を見せつけるということがあり、優位性のアピールや、雌の求愛に使うともされています。

ということは本個体は雄なのかもしれませんが、生殖腺を見た限りでは性別の確認はできませんでした。

よく似たトサカハギとの見分け方

マサカリテングハギによく似た魚にトサカハギという種がいます。

トサカハギは2002年までは Naso tuberosus(Lacepede,1801)なる学名で知られていましたが、マサカリテングハギが新種記載された同じ論文の中で、Naso tonganus(Valenciennes, 1835)がトサカハギのただしい学名とされました(N.tuberosusはインド洋にのみ分布する)。

両種は吻の突出部は明瞭に角ばっていて、輪郭が直線的なのがマサカリテングハギの特徴。これに対しトサカハギではやや丸みを帯び、大型個体では吻(上顎)端をはるかにこえて突き出すということで識別できます。

マサカリテングハギの顎歯(提供:椎名まさと)

歯の数にも差があり、マサカリテングハギは上顎に50~70本、下顎に44~72本の歯があることに対し、トサカハギでは上顎に25~46本、下顎に22~42本であることなどにより識別が可能です。ただし、釣りにより得られた個体では歯については折れていることもあり、同定する上では注意したほうがよいでしょう。

また、写真の上下唇が白っぽくなっていますが、これは傷がついて白っぽくなったというものではなく、マサカリテングハギの特徴です。吻部以外の外見については、マサカリテングハギはとくに体側の背部が突き出すということはないのですが、トサカハギは体側背部に目立つ隆起があることで見分けることができます。

さらに、マサカリテングハギの体側や背鰭・臀鰭には目立つ斑紋がないのに対し、トサカハギについては黒い斑点が多数あり、背鰭や臀鰭には黒い斑点が入り、白く幅広い縁があることでも区別することが可能です(ただし、トサカハギでもまれに斑点がないものがいる)。

ニザダイの仲間は美味しい

マサカリテングハギを含むニザダイ科の魚というのは、残念ながら釣り師にはあまりありがたがられない魚たちです。

理由としては「本命のメジナかと思ったら、ニザダイ科が釣れてきてがっかりさせられる」とか、あるいは「磯臭くて食べても美味しくない」という理由が挙げられます。

磯ではよくニザダイ科の魚が放置されていることもあるのですが、防波堤が汚れてしまいますし(このような魚やゴミが放置され釣り禁止となった場所も少なくない)、なにより魚だってかわいそうですので、食べるか、そうでないものは逃がしてあげるようにしましょう。

せりに出されるニザダイほか複数種の魚(提供:椎名まさと)

また、うまく手当さえしてあげれば、ニザダイの仲間も美味しく食べることができるのです。

以前、高知県のすくも湾中央市場で競り落とされたニザダイを食べてみましたが、たしかに内臓や血液に独特のにおいはあるものの、刺身にして食べたところ癖もなく、きわめて美味しくいただいたのでした。

マサカリテングハギを食する

では、マサカリテングハギの味はどうでしょうか。

今回はマサカリテングハギを刺身で食べてみました。ちなみに、マサカリテングハギによく似たトサカハギは沖縄では「ひれーかー」と称して食用とされます(ただし八重山諸島では市場には出ないとされる)。

マサカリテングハギのお刺身(提供:椎名まさと)

マサカリテングハギの身は白身で薄っすらピンクがかかり、とても美しいものでした。

身は九州らしい「甘めのお醤油」で食べるというスタイルです。本種の身には臭みがなく美味しくいただくことができました。

マサカリテングハギのカルパッチョ(提供:椎名まさと)

しかし、ニザダイ科の魚ということでどうしても内臓が臭うことがあり、その周辺部の身は食べて見ると若干の癖があったりします。そういった場合は、レモン汁やハーブ、オリーブオイルで味付けしたカルパッチョにすることで臭みを和らげることが可能です。

同じように、臭みがある部位を味付けして焼いたり揚げ物にしたりしてもよいでしょう。

(サカナトライター:椎名まさと)

謝辞と参考文献

今回のマサカリテングハギに関しましては、長崎県の石田拓治さんよりご提供いただきました。ありがとうございました。

Arai H. and T. Sato. 2007. Prominent ornaments and rapid color change: use of horns as a
social and reproductive signal in unicornfish(Acanthuridae: Naso). Ichthyol Res(2007) 54: 49?54. DOI 10.1007/s10228-006-0373-z

榮川省造. 1982. 新釈 魚名考.青銅企画出版.箕面.

具志堅宗弘. 1972.原色 沖縄の魚.琉球水産協会.那覇.

Johnson, J. W. 2002. Naso mcdadei, a new species of unicornfish(Perciformes: Acanthuridae), with a review of the Naso tuberosus species complex. Australian Journal of Zoology v. 50(no. 3): 293-311.

松原喜代松. 1955. 魚類の形態と検索.石崎書店.東京.

中坊徹次編. 2013.日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会.秦野.

下瀬環.2021. 沖縄さかな図鑑.沖縄タイムス社,那覇.208pp.

瀬能宏・御宿明彦・伊東正英・本村浩之. 2013. 日本初記録のニザダイ科テングハギ属の稀種マサカリテングハギ(新称)とその分布特性. 神奈川県立博物館研究報告(自然科学),(42):91-96.

魚類写真資料データベース

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