【NIIKEI文学賞掲載】エッセイ部門佳作賞受賞作 「リアル」岩倉曰
兄が新潟大学に進学した。その学祭に、SAKANAMONが来るという。SAKANAMONと言って、あああれね、とすぐさま理解してくれる人はなかなかいない。彼らはサカナクションと間違われやすい、不遇のスリーピースロックバンドである。私はそんな彼らが大好きだ。
それで、大学の構内に足を踏み入れることとなった。私は高卒である。卒論が書けない気がするという謎の強迫観念があり、就職の道を選んでいた。だから、自分の住む街と遠く離れた土地の大学というのは新鮮だった。ホテルは取らず、学生寮の兄の部屋に人目につかないように滞在することとなった。
あの学生寮のような空間を私は他に知らない。他の学生と会うことはほぼ無かったが、そこで暮らす姿が目に見えるかのように、男子学生の生活の空気感が充満していた。壁の貼り紙なんかを見るに、どうやらここでは石原さとみが人気らしい。さすが石原さとみである。新潟の島村楽器で勢いで買ったベースとともに入った兄の部屋は物が多くてとても狭く、寝る場所などない。寝る場所がないなら寝なくてもよいとばかりに、私は夜更けまでベースを触った。音が鳴らないように気をつけながら。大好きなSAKANAMONのベーシスト、森野くんになりたかった。
ライブ会場はたくさんの人で溢れかえっていた。新潟大学の学生ではないがファンなので来た、私のような人も相当な数集まっていたのではないかと思う。私の前方には学生の親族だろうか、老年の男性がいた。彼は周囲の様子を伺い、そういうことね、というように、次第に手を挙げるタイミングを掴み、体を揺らしていた。その姿が、妙に記憶に残っている。
ベースを背負って宮城の家まで帰るのはなかなか骨が折れた。旅先で大きい物を買うと大変なことになる。それでも、楽器を背負って街を歩きたかったし、郵送してしまえば届くまで待たなければならない。その待ち時間が惜しくてたまらず、無理やり持って帰った。
大学に行けなかったし、バンドも組めなかった。大学に行って、バンドが組めたなら、その勇気があったなら、私の人生はどんな風だったろう。そういう愉快な妄想を、私は今もしている。これからも、しつこくする。つまり妄想止まりだ。でも、新潟大学を訪ねたおかげで、愉快な妄想上の大学は、ちょっとだけリアルになった。