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24歳で老人ホームに転職。「なぜ老人しかいないの?」両親をがんで亡くした私は、白衣を着ない診療所をつくった

OTEMOTO

長野県軽井沢町の森の中にある「ほっちのロッヂ」は、診療所でありながら台所やリビングもある「ケアの文化拠点」。サイトに「患者」という文字はなく、診療所に白衣を着ている人はいません。だからといって生と死に向き合う場所であることに変わりはなく、ほっちのロッヂのスタッフは、やり直しのきかないタフな判断を日々実行しています。その人らしく生き、その人らしく人生を終えるために、周りにできることは何か。共同代表の藤岡聡子さんに聞きました。

診療所というより、近所の家を訪ねるような雰囲気の入り口
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

小学6年生のときに父親が肺がんで亡くなり、孤独感から「グレた」という藤岡聡子さん。「私にとって父はやっぱり父であり、仕事熱心な医師であり、名前のある一人の人間でした」。人生を終えようとしている人との向き合い方を考え続けてきました。

【前編】病気の人はただ弱い存在ではない。軽井沢の森の中に「人と人とが補い合う場所」ができるまで

夜間定時制高校を4年間で卒業し、大学卒業後は人材教育会社へ。採用、経理、企画、営業などすべての部門を経験したものの、1年で退社。友人に誘われ、介護ベンチャーの創業メンバーとして有料老人ホームを立ち上げました。

「東京の人気企業だったのに、もうやめちゃったの?」「介護ってキツくない?」。24歳で迷いなく介護領域への転身を選んだ藤岡さんに、周りは驚きました。

藤岡聡子(ふじおか・さとこ) / 福祉環境設計士、ほっちのロッヂ共同代表
徳島県生まれ三重県育ち。長野県軽井沢町在住。夜間定時制高校出身。人材教育会社を経て2010年、24歳で介護ベンチャー創業メンバーとして有料老人ホーム創業。「なんで老人ホームには老人しかいないの?」を元に、アーティスト、大学生や子どもたちとともに町に開いた居場所づくりを試みる。2015年デンマークに留学。その後、東京都豊島区のゲストハウスで「診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ」を立ち上げ、医師と共に共同代表に。第10 回アジア太平洋地域・高齢者ケアイノベーションアワード2022 Social Engagement program部門で日本初のグランプリ受賞、同年グッドデザイン賞2022受賞/審査員の一品にも特別選出。2023年日米リーダーシッププログラム日本代表団として選出。3児の母。
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

究極のクリエイティブ性

会社を辞めて老人ホームを始めるとき、周りの声は耳に入ってきませんでした。私にとっては「父親をベストな環境で見送れたんだろうか」という原体験を回収するための転職、つまり自分のための転職だったからです。

世間では、介護はいわゆる「3K(きつい、汚い、危険)」の仕事だと言われていますが、食事や排泄の世話は、介護のごく一部にすぎません。もっと人間の本当に大事なところを扱っている現場だと思っています。

その人がどう生きてきて、どうやって「生きる」を終えようとしているのか、その現場にいあわせた自分には何ができるのか。

商品であれば、間違えてもつくり直せるかもしれませんが、私たちはその場の判断がすべてで、後戻りはできません。経験や想像力が問われますし、その瞬間にライブ感をもって自分の最大の力を出し切る体力や精神力も必要です。究極のクリエイティブ性が求められるのです。

事務作業もミーティングもロッジのリビングで(左)。楽器のコーナーもある(右)
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

なぜ老人しかいないのか?

26歳のとき、今度は母に末期のがんが見つかりました。妊娠、出産、育児、介護が重なり、老人ホームの仕事を離れました。

母を看取り、デンマークに短期留学したあと、東京都豊島区にコミュニティスペースを設立。地域で暮らす人たちとともに介護や障害について考え、話し合う場をつくりました。2019年に家族で軽井沢に移住し、「ほっちのロッヂ」の前身となる訪問介護ステーションを立ち上げました。

「老人ホームにはなぜ老人しかいないんだろう?」

ずっとそんな疑問を持っていましたが、周りに話すと「老人ホームなんだから当たり前。何を言っているんだ」と理解されませんでした。私はケンカっ早いので、「なら、一人でやるからいい!」と突っ走ることもしばしば。

ところが、「あはははは!おもしろい」と笑ったのが、のちに「ほっちのロッヂ」の共同代表となる、医師の紅谷浩之でした。「話が合う。この人となら現場をつくれるかもしれない」と直感し、「診療所と台所があるところ」の構想が始まりました。

私の強い想いがあっても、医師たち専門職がいなければできないことはたくさんあります。相手の力を借りるために、話を聞き、伝え方を考えるようになりました。私自身も、両親を看取り、子育てをし、仲間とぶつかり、ままならないことに幾度となく向き合ってきたからこそ、この現場をつくることができました。

写真提供:ほっちのロッヂ

ある夫婦との出会い

訪問看護事業を立ち上げてまもない2019年、あるご夫婦の自宅に呼ばれました。

夫は末期がん。最初から「おたくら何なの?」と不機嫌で、怒り始めました。担当の看護師が訪問するたび、どんなに体調が悪くても、身体をソファに預けてお説教することをやめないのです。

ロッジに戻った看護師からその報告を聞くと、「今日もお説教された?」「最高!」「で、どんな話?」と、私はむしろ喜んでいました。亡くなる前日まで、その人らしい表現をしてほしかったからです。

命を終えようとしている人が生きる1秒は、もう戻ってこない1秒になるかもしれません。「自宅の窓の外の葉っぱを眺めていたい」「庭の芝生がどうなっているか気になる」といった、その人の奥底にある願いを大切にしたい。症状や容体だけを見るのではなく、その人と全力で向き合っていくしかないのだと思います。

写真提供:ほっちのロッヂ

自分のためにやる

だからこそ、人生を終えようとしている人のところに行く人たちは、心身が最善の状態でいなければなりません。

よく「人のために役に立ちたい」と献身や貢献を掲げて医療職やケアの仕事を目指す人がいますが、私は「ここでは自分のためにやるんだよ」と伝えています。

写真提供:ほっちのロッヂ

悲しみや後悔と切り離せないタフな現場です。しかも、一方的なケアではなく、関係し合う営みです。お互いに人間ですから行動や言葉を間違えることだってあります。その瞬間に最善だと考えたクリエイティブ性を発揮したとしても、その判断が正しいかはわかりませんし、いつだって正解なんて見つからないものです。

たくさんの時間やエネルギーを、取り戻せないその1秒に全力で注ぎ、目の前の相手の「生」をつぶさにとらえていく仲間のために、私には何ができるのか。マネジメントの枠を超えて、エンパワメントを担っていきたいと思っています。そんな私も、ほっちのロッヂを訪れる人たちに日々、助けられているのです。

ほっちのロッヂのスタッフの「こんな場所にしたい」という言葉をもとに、病児保育室は「親も子も、自分の回復力を信じて過ごせる場所」と呼んでいる
Akiko Kobayashi / OTEMOTO

「ほっちのロッヂ」は、誰もが好きなことをするために集まる場所です。料理をしたり、薪割りをしたり、絵を描いたり、音楽を演奏したり。その好きなことで、誰かが誰かを豊かにできるはずです。

大切な人を看取った人も、病気や障害がある人も、学校に行きたくないこどもも、医師や看護師たちも、年齢や立場に関係なく、人と人との間から今日も何かが生まれていく。それが「ほっちのロッヂ」がある意義だと思っています。

写真提供:ほっちのロッヂ

【前編】病気の人はただ弱い存在ではない。軽井沢の森の中に「人と人とが補い合う場所」ができるまで

【関連記事】患者のリピート率が高い診療所。地域に場所をひらく

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