【8月15日】「カゲロウデイズ」僕たちがいつまでも「実によく在る夏の日」から抜け出したくない理由【8月14日】
太陽が照りつける夏の日。ゆらぐ陽炎に目と耳を奪われ、身動ぎもできないまま過ごす日々が、定期的にやってきます。ボカロファン、およびじんさんのファンの多くは、8月15日と14日でしょう。
2011年に投稿された「カゲロウデイズ」。言わずと知れた大ヒット楽曲です。毎年8月になると、今でも動画にたくさんのファンが集結しコメントを残しては去っていきます。また来年も来るだろう8月15、14日に向けて、決して抜け出すことはできません。
さながら同窓会のようですが、この楽曲が持つ引力は和やかなものだけではないと思っています。今一度「カゲロウデイズ」が持つ何かを再確認し、我々をあの夏の日に縛り付ける理由を考えたいのです。
「カゲロウデイズ」なにがすごい?
「人造エネミー」「ステラ」「BLUE BACK」などで知られる、じん(自然の敵P)さんによる楽曲「カゲロウデイズ」。“実によく在る夏の日”を舞台に繰り広げられる、少年と少女の物語です。
「カゲロウデイズ」が生み出されたのは2011年。VOCALOIDという文化がたしかな根を張り、世の中に息づき始めたそのときでした。
数々の名曲が多くのボカロファンの心を掴み、今で言う推しのボカロPが各々に存在するようになった群雄割拠の時代。ロックサウンドでカッコよく決める曲、可愛らしい歌詞と歌声で魅せる曲。様々なジャンルで賑わうボカロ界隈において「カゲロウデイズ」はサウンドと歌声に加え「物語に引き込む曲」として爆発的に人気を博していきます。
「カゲロウデイズ」どんなお話?
展開されるのはいわゆる“ループもの”に近いストーリー。何度、何を試しても眼の前で死んでしまう少女を救うため、少年は夏の日を繰り返します。
時期的にはきっと夏休み真っ只中。しかし8月も15日目と中盤になってくれば、特にやることもなく自堕落な生活を送ってしまうのもあるあるです。その日も少年は、何の気なしに少女とともに公演で駄弁っていました。
猫を撫でながら〈夏は嫌いかな〉とふてぶてしくつぶやく少女。今日も何もなく平和に一日が終わる。そう思っている少年をよそに、運命はすでに動き出していました。
逃げ出した猫を追いかけ、トラックに轢かれる少女。血しぶきが舞い、鉄と少女の香りが混ざりあった異様な空気にむせかえると、現れたのは陽炎でした。
まったく現実味のない現実をさらに突きつけてくるように〈嘘じゃないぞ〉と嗤うゆらめき。いつの間にか少年の視界は暗転し、目を覚ました少年を待つ時間軸は8月14日だったのです。
トラックが少女を轢き殺すなんて悪い趣味の夢だった、と自己解決した少年。しかしその日少女は鉄柱に貫かれ、またも命を落としてしまいます。
そこから凄惨な少女の死に際を、幾度となく目撃し続ける少年。死を目の当たりにしては視界が眩み、その運命を変えることができずに目が覚める。死に際した少女の口元に笑みが見えていることも気がかりですが、少年はループの中でひとつの可能性を見出していました。
少年が少女の身代わりとなること。その日、それを決行した少年。
そうして満願成就に至った彼は夏の日を終えることができました。
しかしそれは少年視点での物語。場面は転換し、猫を抱いた少女が目を覚ましたのは8月14日。あの夏の日が終わることはなかったのです。
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「カゲロウデイズ」は曲も良い
様々な解釈、考察が可能な余白を持たせながら、ひとつの物語として満腹感を感じるエピソードが広がる「カゲロウデイズ」。二人のその後、そして陽炎はなんだったのか……我々は与えられた情報から多くの想像、妄想をして仲間内で盛り上がる日々を送りました。
しかしオリジナルの「カゲロウデイズ」は小説ではなく楽曲です。曲がまたカッコよくて“良い”んです。
耳触り良く歪んだカッティングギターを経てズシンと響くベースの音。印象的なイントロをくぐればエレクトリックなサウンドも加わり不穏な雰囲気と喧騒感が漂います。
無垢な初音ミクの歌声がバンドサウンドに溶け、その自然さもやけに心をざわつかせるひとつの要因かもしれません。
衝撃が待ち受けるサビには急展開を告げる転調も。しかしそこから二番のAメロに至るまでにスッと、しかしやや強引に元の調に帰ってくる……まるでループを意識づけさせるかのよう。
曲だけを聴いてもカッコいい。歌詞まで読み込んだらもっと面白い。何重にも積み重ねられたじんさんによる仕掛けが曲と出会うたびに機能する「カゲロウデイズ」。同じハズなのに同じではない、そんな不思議な魅力を感じるのです。
「カゲロウデイズ」から離れたくない
じんわりと滲む郷愁と、つんざくように胸に刻まれるミクの声。「カゲロウデイズ」があるから夏が好きで、だから夏は嫌いなんだ。そう思う同志がきっと、蝉の鳴くこの時期に陽炎を見るのでしょう。
今年も夏がやってきて、今年もあの日がやってきます。一度で終わらないループを楽しむなんて少年と少女からしたら不躾極まりないのかもしれません。しかし私たちは何度も何度も「カゲロウデイズ」を楽しむほかありません。あの日見た陽炎は今も、そしてこれからも我々のもとから離れてくれないのです。
【文:西澤駿太郎】
8/14へ:また陽炎を見てしまったから