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【鎌倉 観光スポットレポ】梶原御霊神社 - 鶴岡八幡宮を模した?境内には見どころたくさん!

湘南人

湘南モノレール「湘南深沢駅」から徒歩9分。深沢小学校の校庭をぐるりと回り込んだ先に、小学校の裏門と並んで神社の参道が現れます。

今回はこちらの梶原御霊神社を紹介。よりディープに鎌倉を味わいたい中級〜上級者向けのおすすめスポットです。

梶原御霊神社の歴史

平安末期の1190年(建久元年)、このあたりを治めていた梶原景時(かじわらの かげとき)が、祖先にあたる鎌倉景政(かまくらの かげまさ。景正とも)をお祀りしました。

【梶原氏略系図】
……平高望-平良茂-平良正-平致成-鎌倉景成-鎌倉景正(景政)-鎌倉景経-梶原景長-梶原景時……

※『尊卑分脈』より

その後、江戸時代に入って景時も合祀されるようになったと伝わります。

明治時代に入って神仏分離が行われるまで、等覚寺(鎌倉市寺分)が管理していました。梶原村の鎮守として、今日に至るまで地域内外から信仰を集めています。

梶原御霊神社の御祭神

鎌倉権五郎景政(かまくらの ごんごろうかげまさ)

1069年(延久元年)生〜没年不詳

源義家の家人として、後三年の役(1083〜1087年/永保3年〜寛治元年)に従軍。右眼を射られても怯むことなく敵を討ち取ったエピソードが有名です。

凱旋後に鎌倉郡や大庭御厨の開発を進め、人々の暮らしを豊かにしました。その故事から眼病平癒・地域守護・諸願成就の神様として信仰されています。

梶原平三景時(かじわらの へいざかげとき)

1140年(保延6年)生〜1200年(正治2年)没

源頼朝に仕えた文武両道の御家人で、侍所別当を務めるなど、鎌倉幕府の草創期に多大な貢献を果たしました。頼朝の死後も忠義を尽くしたものの、汚れ役ゆえに、御家人たちの怨みを買って失脚。最後は鎌倉を追われ、粛清されてしまいます。

その悲劇を悼む人々によって、神様として祀られるようになりました。文武両道・地域守護・諸願成就のご利益があると言われています。

『新編相模国風土記稿』によると、御神体として鎌倉景政夫婦と梶原景時の木像が奉納されていたそうです。

梶原御霊神社の見どころ

境内には見どころが多くて目移りしてしまいますが、今回は特に絞り込みました。

鶴岡八幡宮を模した?境内

小高い山の中腹に鎮座する社殿と、長い石段の下に位置する舞殿。この位置関係は、鶴岡八幡宮を模しているのでは?と言われています。

地元の伝承では、真っすぐのびる参道の両脇が田んぼだったそうで、これまた鶴岡八幡宮の源平池を模していたとか。

石段の途中にそびえ立つご神木は、大銀杏にあやかっているのかもしれませんね。

芸術性の高い石燈籠

笠の大きさに対して胴が小さい、トップヘビーなシルエットですが、なぜか不安定感は覚えません。風化が進んだ笠の石肌が柔らかい印象を与えるのに対し、胴から下はシャープな造形を保っているからでしょうか。

各所に彫り込まれた三葉柏(みつばがしわ)の紋や、獅子なども鑑賞の価値ありです。

子煩悩?な獅子と狛犬

こちらの獅子と狛犬はどちらも子供と遊んでおり、獅子は2匹、狛犬は1匹をあやしています。

多くの神社では、獅子と狛犬のどちらか(たいてい狛犬)が子供1匹を抱いていますが、こちらの獅子たちは子煩悩なのかもしれませんね。

どれほど風化していても、その愛情深い姿に色あせない魅力を感じます。

帝釈天の供養塔

境内には多くの石碑が勢ぞろいしていますが、今回はこちらをピックアップしました。

帝釈天(たいしゃくてん)とは古代インド神話の神インドラに由来し、仏法の守護者として信仰されている神様です。こちらの帝釈天は三対六本の腕を持ち、それぞれ宝具を持ったり悪鬼の髪を掴んだりと巧みに表現されています。

その足元には踏みつけられた悪鬼がおり、その下と石碑の両側面に三猿(見ざる・言わざる・聞かざる)が彫られていました。

中央の踏みつけられた悪鬼と、その真下にいる聞かざるが合体&帝釈天を肩車しているようにも見えて、ユニークな印象を受けますね。

謎に包まれた加護社とは

『新編相模国風土記稿』によると、境内には稲荷社(いなりしゃ)と加護社(かごしゃ)が祀られているそうです。

山肌に掘られたやぐらの中に、石の祠が2基あるため、これらがそうでしょう。どっちがどっちかは不明。また、加護社については御祭神もわかっていません。

社名から神仏の加護を願って建立されたのは確かでしょうが、果たしてどんな神様が祀られていたのか、今後の究明が待たれます。

謎の五輪塔

……社傍の山麓に五輪塔五基並立り 高各二尺余、何人の碑なるを伝へず……

※『新編相模国風土記稿』巻ノ百五 村里部 鎌倉郡巻ノ三十七

【筆者による意訳】山のふもとに五輪塔が五基並んでいる。それぞれ高さは2尺(約60.6cm)ほど、誰を祀ったものかは伝わっていない。

いつ、誰が誰のために建立したかはわかりませんが、地元では「おそらく非業の最期を遂げた梶原一族を弔うためのものであろう」と言われています。

境内に隣接する深沢小学校の敷地内には梶原景時と一族の墓があるため、あわせて参拝されるのもよいでしょう。

※参拝には小学校の許可が必要です。

まとめ

今回は梶原御霊神社について、その歴史や御祭神、見どころなどを紹介してきました。鶴岡八幡宮を模して造営されたと言われる境内を、ぜひ見比べてみてください。

本稿が、今日の鎌倉を築いた鎌倉権五郎景政と梶原平三景時の遺徳を偲ぶ縁(よすが)となれば幸いです。

梶原御霊神社

参拝時間

24時間(ただし管理元神社は9:00~17:00)

※照明が不十分なため、夜間の参拝は危険です

休務日

社務所はありますが、係員は常駐していません(連絡は管理元神社へ)

主な祭礼

例祭(れいさい) 9月17日より前の日曜日

アクセス

所在地:神奈川県鎌倉市梶原1-12-27

湘南モノレール「湘南深沢駅」から徒歩9分(650m)

駐車場:なし(公共交通機関のご利用がおすすめです)

連絡先

管理元神社:岩瀬 五所稲荷神社

電話/FAX:0467-47-4798(9:00~17:00)

メール:iwase5inari@mou.ne.jp

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