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行き詰まった時代に登場した「非常識な」英雄・楠木正成とは──安田登さんが読む『太平記』#5【別冊NHK100分de名著】

NHK出版デジタルマガジン

行き詰まった時代に登場した「非常識な」英雄・楠木正成とは──安田登さんが読む『太平記』#5【別冊NHK100分de名著】

『太平記』随一の英雄・楠木正成を読む──安田登さんによる『太平記』読み解き #5

なぜ、ある者は勝ち、ある者は敗けたのか──。

博覧強記の能楽師・安田登さんによる『別冊NHK100分de名著 集中講義 太平記』は、これまでの日常と新しい日常が重なり合う「あわい」の時代に、歴史の方程式を学ぶ素材として日本最大の軍記物語『太平記』を読み解きます。

「公」と「武」の「あわい」、鎌倉時代と室町時代の「あわい」に描かれた『太平記』は、私たちにどんなヒントを与えてくれるのでしょうか。

今回は『太平記』への入り口として、その読み解きの一部を抜粋して公開します。(第5回/全5回)

楠木正成の型破りな作戦

 楠木正成は河内(かわち)(現在の大阪府東部)の名もない武将で、出自も定かではありません。しかし、武略と知謀の才は群を抜き、次々と奇策を繰り出して敵の大軍を斥けていきます。

 たとえば、巻三で描かれる赤坂城の合戦では、三十万騎を数える幕府方の大軍の真ん中に、手勢わずか三百余騎で割って入り、四方八方に馬を駆って攪乱(かくらん)しています。かと思えば、城を囲む塀を二重構造にしておき、敵勢が群がり登ってくると外側の釣り塀を切り離し、上から大木・大石を投げ落として一気に七百人あまりを討ち取っています。敵が釣り塀を警戒して、熊手で塀を引き剝がそうとすると、城中から巨大な柄杓(ひしゃく)で熱湯をかけたりする。

 ついに戦うことを諦めた幕府軍が兵糧(ひょうろう)攻めに打って出ると、戦況不利と判断した正成は、なんと偽装自害という奇策に出ます。

 これまでの戦いで討ち取った敵の遺骸(いがい)を積み重ね、強風豪雨の闇夜に城ごと焼き払って、自分たちは武具を脱いで脱出しました。何喰わぬ顔で敵の陣営の前を通り、軍勢の枕元を乗り越えて、まんまと逃げおおせたのです。

 赤坂城で焼死体の山を見た幕府軍は、正成が自害したものと信じて疑わず、むしろ「敵ながらも、弓矢を取つて、尋常に死にたる物かな」(巻三)と、立派な最期を讃え、その死を惜しみさえしたと書かれています。

 後年、正成はこの赤坂城を奪還するために攻めるのですが、そのとき、城を守っていたのは湯浅孫六(ゆあさまごろく)という幕府方の武将。正成は死んだとばかり思って油断していたので、城の中には兵糧も乏しい。正成軍との戦に備えて兵糧を調達するのですが、正成はそれを利用して、「トロイの木馬」のような作戦を立てます。

 人夫五、六百人に兵粮(ひようらう)を持たせて、夜中に城へ入れんとす。楠これを風取(かざど)つて、兵を道の迫所(せつしよ)へさし遣(つか)はし、ことごとくこれを奪ひ取つて、その俵(たはら)に物具(もののぐ)を入れて、馬に負はせ夫(ぶ)に持たせて、兵を二、三百人、兵士(ひやうじ)の如(ごと)くに出で立たせて、城へ入らんとする時、楠が勢これを追ひ散らさんとする真似をして、追(おつ)つ返(かへ)しつ、同士軍(どしいくさ)をぞしたりける。湯浅入道これを見て、我が兵粮入るる兵士ども、楠が勢と戦ふと心得て、城より打(う)ち出(い)でて、そぞろなる敵どもを、皆城の中へぞ引き入れける。楠が勢ども、思ふ様に城中へ入り終つて、俵の中より物具どもを取り出だし、ひしひしと堅めて、時の声をぞ揚げたりける。

(巻六)

 敵から奪い取った兵糧の中に武器を入れ、それを偽の人夫に負わせて城中に入れようという作戦です。そのとき、わざと彼らを襲わせて、敵方から助けを出させる。そして、まんまと城中に入り、兵糧の中に隠しておいた武器で戦い、城を見事奪還するのです。

 このほかにも、巻七の知和屋(ちはや)(千早)城の合戦では藁人形を使ったり、敵が渡る橋に薪を積み上げるように松明(たいまつ)を投げ集め、それに大きな水鉄砲で油を注いで五、六千人の兵士を川に落としたりと、やることなすことが奇想天外。

 楠木正成は、まったく新しいタイプの武将でした。それまでは正面突破の正攻法が戦の定石(じょうせき)でした。戦場の華とされたのは、助太刀(すけだち)を頼まない名将と名将との一騎打ちです。しかし正成はこれを否定し、さまざまな奇策を用いたり、あるいは忍び(身分を偽って立ち働く密偵)を使って敵情を探り、いまで言うフェイクニュースのような噂を広める情報戦なども展開したりして、勝ちを重ねていきます。

 そんな正成は、『太平記』随一の英雄であり、その軍略は戦国時代の武将にも大きな影響を与えました。

 なぜ正成は型破りな作戦を次々と繰り出すことができたのでしょうか。それは、彼の出自が不明であることと無関係ではないと思います。正成は『孫子』をはじめとする兵法書はかなり読んでいたようですが、名のある武家が代々伝える戦い方の王道や定石には染まることがありませんでした。そのために常識や前例にとらわれず、自由で奇想天外な発想ができたのではないでしょうか。

 かつては平氏も、平安貴族には思いもよらない自由な戦い方をしていました。しかし、成功体験を重ねて権力を手にすると、次第に当たり前の戦い方しかできなくなる。源氏や北条氏もそうです。鎌倉開幕(かいばく)から百五十年ほどが経過し、制度疲労や人材的な行き詰まりが顕著になってきたところに現れたのが、幕府や旧来の武士にとっては非常識とも言える正成だったのです。

本書『別冊 NHK100分de名著 集中講義 太平記』では、

第1講 『太平記』が描く「あわい」とは
第2講 時代に乗れる人、乗れない人
第3講 現世を動かすエネルギー
第4講 太平の世はいかに訪れるのか
補講 『太平記評判秘伝理尽鈔』を読む

という講義を通して、歴史を振り返ると見えてくる「波乱の時代で勝つための方程式」を、傑物たちの生きざまを分析しながら読み解きます。

■『別冊NHK100分de名著 集中講義 太平記 「歴史の方程式」を学べ』(安田登 著)より抜粋
■脚注、図版、写真、ルビは権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。

※本書における『太平記』の引用(原文・現代語訳)は、水府明徳会彰考館蔵天正本を底本とする『新編日本古典文学全集』所収「太平記」(校注・訳=長谷川端、小学館)に拠ります。また、『太平記 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』(編=武田友宏、角川ソフィア文庫)も参照しました。

著者

安田 登(やすだ・のぼる)
能楽師。1956年、千葉県生まれ。下掛宝生流ワキ方能楽師。高校教師時代に能と出会う。ワキ方の重鎮、鏑木岑男師の謡に衝撃を受け、27歳で入門。ワキ方の能楽師として国内外を問わず活躍し、能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演などを行うかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を全国各地で開催。おもな著書に『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)、『すごい論語』(ミシマ社)、『学びのきほん 役に立つ古典』『学びのきほん 使える儒教』『別冊NHK100分de名著 集中講義 平家物語』(NHK出版)、『見えないものを探す旅 旅と能と古典』『魔法のほね』(亜紀書房)、『野の古典』(紀伊國屋書店)など多数。
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。

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