お金だけがセーフティーネットではない? 1つの仕事に頼らず、小さな仕事を自分でつくる "ナリワイ"という働き方
一つの仕事に人生を預けるのではなく、小さな仕事を複数持つ。そんな新しい働き方のかたちとして注目される「ナリワイ」を提唱・実践するのが、『ナリワイをつくる』(ちくま文庫)や『小商のはじめかた』(東京書籍)など多数の著書を持つ伊藤洋志さんだ。住む場所や働き方を自分で決める「自営業」の新しいかたちについて話を聞いた。
お得意さん150人でなりたつ自営業
「お得意さんが150人いれば、自営業は成り立ちます」
そう語るのは、「ナリワイ」という働き方を提唱する伊藤洋志さん。自身が手がけるみかんの販売では、150人のお得意さんがいればひとり分の仕事として十分に成り立つという。
「これまで色々やってきて感じたのは、仕事を1本に絞るのはリスクもあるし、理想を追いにくい。だから、複数の仕事で生活する『ナリワイ』というやり方を提案しています」
実際、伊藤さんがこれまで行ってきた仕事は多岐にわたる。みかんの販売、屋台制作、野良着の製造販売、床張り講座まで、その内容は多彩だ。
「年間30〜100万円規模の仕事を6〜7個持つ、というのが自分には合っていました。人によっては、1〜3万円の仕事を年間100個やっているという方もいます」
伊藤洋志さんの年間スケジュール
日常の「困りごと」から仕事をつくる
仕事をつくるとはどういうことなのか? その出発点は、日常の中にある“困りごと”だという。
「生活や仕事の中で困ったことがあったら、それを解決しようとする。それが『ナリワイ』になるんです。アイデアというよりは観察です」
たとえば、床貼りの技術。全国的に空き家が増えている中、床を直すだけで快適に住める家も多い。だが業者に頼むと費用がかさむ。だったら自分たちで貼ろう、と始めたのが床貼り講座だった。
「3日あれば、素人でも床貼りはできるようになります。人が自活する能力が上がる仕事をナリワイにしたいと思っています」
伊藤さんは、ナリワイの仕事づくりを「富士山のふもと」と表現する
「雑誌やメディアで紹介される仕事は、富士山の山頂みたいなもの。装備が必要だし、到達できる人は限られている。でもナリワイは、もっとふもとの広いエリアで、多くの人がアクセスできる場所なんです」
ナリワイには目標やゴールがない
ナリワイを始めるうえで、目標やゴールを設定しないのも特徴のひとつだ。
「まずは、1人でもいいから実験台になってくれる人を見つけてやってみる。反応を見て、必要とされていれば続ければいいし、そうでなければやめてもいい。数値目標を立てると楽しくなくなるので、そこにはこだわらないようにしています」
ナリワイは、仕事を「つくる」働き方。そこには、誰かに頼らずとも生きていけるという手応えがある。
「働くとは何か」を考え直したい人にとって、ナリワイは有効なヒントとなるかもしれない。
写真・イラスト/伊藤洋志
文/長谷川恵子