アヒージョの食材はイカの塩辛!「最初は笑われたけど…」100年の老舗がバルも経営 革新を続けるワケ【北海道・函館市】
函館在住のSitakke学生ライター・名畑です。
函館名物といえば…「イカ」を思い浮かべる人はきっと多いのではないでしょうか。
私が食べているのはイカの塩辛の「11種食べ比べセット」。
作っているのは創業110年を数える、函館の超老舗。
伝統製法で作られる塩辛はまさに北海道の守るべき味。
だけど一方でこの老舗、老舗らしからぬ!?さまざまなチャレンジをしているんです。
「そのアイデアは、どこが新しいですか?」
現在、大学院に在籍している私自身も、起業家精神を育てるセミナーや大学で進める研究を計画する場面で、度々、投げかけられる言葉のひとつです。
ただ、「どうして新しさが必要なのか」「どんなときに新しさが必要なのか」…
ただ「新しさが大事」という部分だけを見続けていると、新しさがもっているはずの本来の意味を見失ってしまうのではないか。
今回、そんな新しさ迷子(?)な私は、ヒントを見つけようと函館市の老舗塩辛メーカー『小田島水産食品』に向かいました。
小田島水産食品株式会社は、1914年に創業、100年以上の歴史を持つ函館市の老舗塩辛メーカー。
伝統的な木樽を使った、こだわりのイカ塩辛が名物です。
冷蔵庫が無かった時代からあると考えると、その歴史の長さが感じられます。
こちらは小学生向けの補助教材にのっている「日本の魚の加工食品」についてのページ。
この塩辛は小田島水産食品のものなのだそうです!
まさに函館を代表する「塩辛界のレジェンド」なんですね。
しかし、そんなレジェンドは驚きの「革新」も次々と起こしています。
「塩辛屋」さんがバル?
お店ののれんをくぐると、バルがあります。
小田島水産食品では、2020年に塩辛工場に併設する形で直売所がオープン。
そして、2022年には直売所の中にバルがつくられました。
蔵風のオシャレ空間の中で楽しめるのはもちろん自社製品のイカ塩辛。
さらにそのアレンジ料理やお酒を一緒に楽しむことができるようになっています。
そしてこのバル、内装がコロコロ変わるんですよ。
私自身もこのお店の大ファン!
1か月に一度くらいのペースで訪れていますが、毎回のように変化を感じるのです。
テーブルのレイアウトはもちろん、ピアノが置かれたり、ショーケースが置かれたり。
今回の取材で訪れた際には、トイレが新しくなっていました…!
内装だけではありません。新商品の開発も盛んです。
こちらは、「塩辛のアヒージョ」。
常連客からのヒントをもとに2019年に開発されたものです。
これがとってもウマい。私の好きなメニューでもあります。
老舗が生み出す、伝統商品「イカ塩辛」を、他にも、カマンベールチーズやパスタ、パエリアと組み合わせるメニューもあります。
「イカ塩辛は、ごはんやお酒のお供」という従来のイメージを超え、若者にも刺さるヒット商品を生みだしています。
伝統を維持しつつ、新たな挑戦にも積極的なお店。
であれば…、このお店を経営している方々のお話を聞けたら、新しさの意味を再発見できるのでは?
さっそく聞いてみることにしました!
先祖代々「頑固者」 意見をぶつけて生まれる革新
今回、お話を聞いたのは、3代目で社長の小田島隆さん(写真右)。
そして、4代目で営業部長の小田島章喜さん(写真左)です。
伝統的な製法で商品を作る「老舗」でありつつ、新たなチャレンジにも積極的。
その伝統と革新のバランスはどのように取られているのでしょうか。
3代目の隆さんは「いつも息子(4代目)との葛藤です」
4代目の章喜さんも「まぁ、親子ゲンカですよね」
2人そろって笑います。
「息子はバーっと先走るところがあるんですけど、それが変化をもたらすといういい面もある」と隆さんは話します。
例えば、昔の資料をめぐる親子のやり取り…
3代目は大事にとっておこうとし、4代目はすっきり捨てようとするのがいつものパターンなのだとか。
「でもね…」と隆さんは言葉を続けます。
「息子が捨てようとしなければ、私が中身を確かめてその資料に気づくことはなかっただろうなという部分もあって。結果オーライなのかも」
親子で言い合い、もまれながら、新しい発見が生まれているという実感があるのだといいます。
昔の資料は、店内のインテリアとしても活用されていました。
この歴史を感じさせる絶妙な雰囲気が、良い味になっているように思います。
「親子ですから、言いたいことが言えるので。実際は腹も立ったりしますが、私はグッと抑えてね!」
隆さんがそういうと、すかさず4代目の章喜さんが「いや、抑えてないですよ!(笑)」とツッコミ。
こんな絶妙なやりとりで、店内は明るくなっていきます。
実は2代目のときにも…
実は、3代目の隆さんもその先代、2代目の喜一郎さんとよくケンカをしていたんだそう。
その葛藤は、実は小田島水産食品の「木樽」を使った伝統的な製法にも深くかかわっていました。
この時代は、塩辛メーカーの多くが木樽からプラスチック樽にシフトチェンジしていった時期。
2代目も時流を見てプラスチック樽に刷新しようという考えを示していたそうです。
しかし3代目は、2代目に黙って、木樽もいくつか残しておくようにしました。
結果的にそのことが、プラスチック樽の製法には出せない発酵の味を残すことに繋がったのです。
初代から4代目まで、頑固な性格はみんなに共通しているそう。
これまで会社を守ってきた親と、これから会社を担っていく子とで、それぞれの思いをぶつけ合ってきたことで伝統と革新が両立してきたんですね。
「誰が来るんだ?」最初は笑われた
今回のインタビューのきっかけでもある、塩辛直売所とバル。
こうした老舗の新たな挑戦はどのような経緯で始まったのでしょうか?
最初のきっかけは「コロナ禍」でした。
玄関で直売所をやっていましたが、「密になる」ということで、今のバルがあるスペースで提供を始めたのだといいます。
すると、試食ができるということで、だんだんとビールや日本酒を持ち込むお客さんが出てきました。
それが、バルを始めようというヒントに!
2023年の「バル街」という飲み歩きのイベントを機に一念発起。
元々、ほかのお店で出してもらっていた「塩辛のアヒージョ」を、自らお酒と一緒に出して、塩辛の宣伝をしようと考えました。
「いざ、バル街に小田島水産で出るよって言ったら、周りから笑われましたね。『なんで水産会社が?』『誰が来るんだ、そもそもこんな外れに』って」と3代目の隆さんは振り返ります。
でも結果は大盛況!
300人近くの人が来てくれたのだといいます。
店内にあるピアノを使って、「せっかくなら演奏会をしてもらおうよ」なんてことに。
「でも店内は広くないので…、ギターの人は事務所で弾いてもらって、ベースは玄関で、みたいなバラバラの配置でやってもらいました」
斬新すぎる配置に思わず笑ってしまいましたが、そんな面白さがウケたそうです。
演奏会で使われたピアノは今も店内に設置されています。
たまにピアニストのお客さんが来て、弾いてくれる楽しみもあるそうです。
4代目の章喜さんは「結局はお客さまがお酒を飲みたいっていう需要があった。そこだったんですよね」と話します。
「結局キッカケって全部お客さんが作ってくれてるんですよ。そこが一番大事だと思っています」
「お客さん」がいたからこそ、続けた挑戦と信じて守り抜く伝統があります。
イカの不漁で塩辛をイワシに?空きスペースでミニ水族館?100年の老舗が向き合う伝統とあふれるアイデア 根底にあるのはいつも「お客さん」【北海道・函館市】に続く
文:学生ライター・名畑公晴
編集:Sitakke編集部あい
※※掲載の内容は取材時(2024年1月)の情報に基づきます。