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『メリリー・ウィー・ロール・アロング』の楽曲で紐解く、ソンドハイム・ナンバーの深遠な魅力~「ザ・ブロードウェイ・ストーリー」番外編

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『メリリー・ウィー・ロール・アロング』~あの頃の僕たち~の一場面。左から平方元基(フランク)、ウエンツ瑛士(チャーリー)、笹本玲奈(メアリー)

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story
☆番外編 『メリリー』の楽曲で紐解く、ソンドハイム・ナンバーの深遠な魅力

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 2021年5月に東京・新国立劇場 中劇場で翻訳上演された、『メリリー・ウィー・ロール・アロング』~あの頃の僕たち~(以下『メリリー』)。英国を代表する女優・演出家マリア・フリードマンによる、きめ細かな演出に応えたキャストの好演で、充実した作品に仕上がっていた。映画のプロデューサーとして名声と富を得たものの、心は虚ろなフランク。若き日は、脚本家チャーリー、作家志望のメアリーと共に夢を熱く語り合い、ブロードウェイを目指していたのだ。しかし、どこかで道を踏み外し、脆くも友情は崩れ去る。その軌跡を、時の流れを遡りながら描くストーリーを彩るのが、作詞作曲家スティーヴン・ソンドハイムのミュージカル・ナンバーだ。ここでは改めて、初演キャストの話を交えつつ、楽曲の特質に迫りたい(番外編『メリリー』作品特集も参照 https://spice.eplus.jp/articles/284126)。

『メリリー』初演(1981年)のオリジナル・キャスト盤LP。下はレコードを収納するスリーブ(内袋)で、舞台写真を絡めてある。


■劇中で聴かれるシナトラの歌声

 一幕の中盤で、TVのトーク・ショウに出演したフランクとチャーリー。ここで、2人がミュージカルのために書き下ろした曲として紹介されるのが〈何かが起きる(グッド・シング・ゴーイング)〉。冒頭の部分の旋律は、その後も劇中で繰り返し使われる印象的なナンバーだ。劇中で流れるのは、フランク・シナトラのカバー盤。実際彼は、この曲を最初に録音した歌手だった。興味深いのは録音日だ。『メリリー』初演は、1981年11月にオープン。しかしシナトラがレコーディングしたのは、同年の8月。初日より3か月も前だった。これには説明が必要だろう。 

 1940~60年代は、ブロードウェイ・ミュージカルのナンバーを、シナトラを始め人気歌手が次々にカバーしヒットさせた。ポップス音楽界とブロードウェイは、密接な関係にあったのだ(本連載VOL.11も参照)。80年代もその慣習が残っており、新作ミュージカルが開幕する事前に、舞台の広報が楽譜を歌手の事務所に送り、「もし気に入られたら、是非レコーディングを」と売り込んでいた。特にシナトラの場合、ソンドハイムの代表作『リトル・ナイト・ミュージック』(1973年)の名曲〈センド・イン・ザ・クラウンズ〉を吹き込み、その素晴らしさを広めた実績があったため、〈グッド・シング~〉も、いち早く録音する運びと相成った。

フランク・シナトラの〈グッド・シング・ゴーイング〉を収録したアルバム「シー・ショット・ミー・ダウン」(1981年/輸入盤CD)



■敗者の心に語り掛ける楽曲

 シナトラがこの曲を歌ったのは、「シー・ショット・ミー・ダウン」というアルバム。全編をトーチ・ソング(失われた愛や報われぬ恋を歌ったバラード)で構成した一枚だった。優しいメロディーラインの〈グッド・シング~〉がトーチ・ソングとは意外だが、この曲のユニークな歌詞を、初演でフランクを演じたジム・ウォルトンはこう解説する。

「スティーヴンは、トーチ・ソングを意識してはいなかったと思う。でも失恋の歌を得意としたシナトラが歌うと、そう聴こえるよね。あの曲は歌詞が秀逸だ。『仲違いもあったけれど、愛は深まるはずだった』と別れを振り返り、『順調に続いていた。でも終わった』と結ぶ。ラストの『Going Going Gone』は、オークションの締めでも使われる言い回しで、『いいですか、もう落札ですよ。はい終わり』の意味。耳に馴染み易いフレーズで、印象に残るように工夫してある。同時にこの歌は、最終的に決別するフランクとチャーリーの関係も暗示しているんだ」

『メリリー』初演の、左からジム・ウォルトン(フランク)、アン・モリソン(メアリー)、ロニー・プライス(チャーリー) Photo Courtesy of Jim Walton

 自分の成功のために友情を捨て後悔するフランクに、彼の才能を信じるが裏切られるチャーリー、そしてフランクを愛し3人の友情を願うも、思いは成就せず酒に溺れるメアリー。ソンドハイムは、屈折した人々の心理を活写する天才だ。若い頃から彼と親しい作詞家のシェルダン・ハーニック(『屋根の上のヴァイオリン弾き』)は、「スティーヴンの母親が変わった人で、複雑な家庭環境で育ったそうです。だから挫折した者の心情を描く時、自分でも意識しないうちに、同じような境遇に生きる観客の心を捉えるのでしょう」と分析していた。

■劇中の効果を狙った巧みな作詞術

 『メリリー』は、もう一曲のトーチ・ソング〈ノット・ア・デイ・ゴーズ・バイ〉も傑出している。フランクの妻ベスが、彼と離婚する際に、「あなたを想わない日はない。いつになったら忘れられるのか。この苦しみは、来る日も来る日も私が死ぬまで続く」と、断ち切れぬ想いと怒りを露わにする一曲だ。またその後、時間を逆行して彼らが結婚するシーンでは、「2人の人生は、強く深く自由で豊かなものになる」と希望に満ちたラブソングとなり、さらにフランクを密かに愛し続けるメアリーの気持ちも併せて歌われるという、ドラマチックな効果が心憎い。

 この曲を最初にカバーしたのが、意外やカーリー・サイモンだった。〈うつろな愛〉などのヒットで、1970年代に人気を誇った女性シンガー・ソングライターだ。その彼女が初めてスタンダード・ナンバー、しかもトーチ・ソングに挑戦したアルバム、その名も「トーチ」の中で紹介した(彼女もシナトラと同様、初日前に録音していた)。再びウォルトンの証言。

「実はあのナンバー、初演の離婚のシーンではフランクが歌っていたんだ。ベス役の女性より、僕の方が美声だったという単純な理由らしい(笑)。でも再演からは、当然ベスのナンバーになったよ。裏切られて傷付き、怒っているのは彼女だからね」

カーリー・サイモンのアルバム「トーチ」(1981年/輸入盤CD)



■ソンドハイム・セレブレーション

 ここに紹介した『メリリー』の2曲は、ミュージカル畑のパフォーマーを始め、ジャズ&キャバレー・シンガーによって今も頻繁に歌われている。そしてこれらの曲はもちろん、ソンドハイム楽曲の評価を更に高めるきっかけとなり、日本のミュージカル関係者にも大きな影響を与えたのが、1992年に開催されたコンサート『ソンドハイム~セレブレーション・アット・カーネギー・ホール』。グレン・クロースやライザ・ミネリら豪華出演者が歌いまくる、ソンドハイム・ナンバーの素晴らしさには興奮と感嘆あるのみ。当夜の模様は録画され、日本ではWOWOWが『ソンドハイム・ミュージカルのすべて』のタイトルで、字幕付きで放映した。現在はDVD(輸入盤/PCで再生可)と、輸入盤ライブCD(2枚組とハイライト版あり)で楽しむ事が出来る。

『ソンドハイム~セレブレーション・アット・カーネギー・ホール』のDVD。下はハイライト版ライブCD。

 見所の多いコンサートの白眉となるのが、『サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ』(1984年)や『イントゥ・ザ・ウッズ』(1987年)などソンドハイム作品と縁が深い、バーナデット・ピータースが熱唱する〈ノット・ア・デイ・ゴーズ・バイ〉。惜別への強い想いを、堂々と歌い上げて圧巻だ。彼女はこのナンバーを十八番にしており、1996年のカーネギー・ホールでのソロ・コンサートなどでも披露している。

1996年にカーネギー・ホールで行われた、バーナデット・ピータースのコンサート「ソンドハイム、etc.」を収録したライブ録音(輸入盤CD)

 〈グッド・シング・ゴーイング〉は、クセのない丁寧な唱法で将来を期待されながら、1995年に43歳で早逝したキャバレー・シンガー、ナンシー・ラモットのバージョンが抜群。〈ノット・ア・デイ~〉とメドレーで歌っており、その卓越した歌唱力を堪能出来る。

ナンシー・ラモットの〈グッド・シング~〉を収録したアルバム「マイ・フーリッシュ・ハート」(1993年/輸入盤CD)

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