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岡山の戦国大名!宇喜多直家と秀家の足跡を辿る(岡山市・瀬戸内市)

岡山観光WEB

岡山で戦国時代に活躍した戦国大名・宇喜多氏。その波乱万丈な人生は近年注目され、大河ドラマ化への機運も高まっています。岡山に残された宇喜多直家とその息子である宇喜多秀家の足跡を城跡を中心に辿ってみました。

宇喜多直家・秀家について

宇喜多直家(うきた なおいえ)は戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した戦国大名。現在の瀬戸内市邑久町にある「砥石城」で生まれたとされています。当時、群雄割拠の様相を呈していた備前岡山を一代で治め、西の毛利氏や東の織田信長といった戦国大名たちと渡り合った人物です。今の「岡山城」付近には旭川の流域に岡山、石山、天神山という3つの丘があり、その石山にあった城を手に入れて本拠地とし、岡山の地を戦国の表舞台に立たせたのが宇喜多直家でした。


また、その子である宇喜多秀家(うきた ひでいえ)は、織田信長の後継者である豊臣秀吉の義理の娘である豪姫と婚儀を結ぶほどに寵愛された人物。文禄の役では総大将となり、徳川家康と並ぶ五大老にもなりました。秀家は、岡山の丘に本丸を定め、1597年に「岡山城」の天守を完成させました。関ヶ原の戦いでは西軍の主力の一人として参戦し、敗れて領国を失い、数年の逃亡生活ののち八丈島に流され、そこで生涯を閉じます。1655年死去、享年84歳。関ヶ原の戦いに参戦した人物の中で最も長く生きたと言われています。

砥石城跡(瀬戸内市)

宇喜多直家が生まれたとされているのが「砥石城」です。この城は直家の祖父である宇喜多能家(うきた よしいえ)が治めていたとされています。1531年(あるいは1534年。所説あり)、能家が島村観阿弥に攻め殺され、直家は両親と共に落ち延びます。逃亡先は現在の広島県福山市鞆の浦。そこで息をひそめて逃亡生活を送っていたようです。

「砥石城跡」は麓から本丸跡まで約15分。看板も整備されていて比較的登りやすいですが、急な階段部分もあるので足元に気をつけておでかけください。城跡ということもあり、登った後の景色は素晴らしいですよ。

教意山妙興寺(瀬戸内市)

福山・鞆の浦で逃亡生活を送っていた宇喜多親子。そこに救いの手を差しのべたのが備前福岡の豪商・阿部禅定(あべ ぜんじょう)でした。宇喜多親子は禅定の好意で備前の地へ戻り、備前福岡での生活を始めます。しかし、直家の父宇喜多興家(うきた おきいえ)は宇喜多の再興を見届けることなく、この地で失意のまま死去。興家の墓所は現在も備前福岡の名刹である「教意山妙興寺」にあります。定期的に行われている「備前福岡の市」では、宇喜多親子が過ごしていた時代の備前福岡の賑わいを感じることが出来ます。

乙子城跡(岡山市)

直家は元服後、浦上宗景(うらがみ むねかげ)に仕え、めきめきと頭角を現しました。そのはじまりが「乙子城(おとごじょう)」です。かつて瀬戸内海に浮かぶ島であった児島と岡山平野の間は、吉備穴海といわれる内海であり、九州と畿内を結ぶパイプでした。源平の争乱時代から度々騒乱の舞台にもなる重要な航路であり、「乙子城」はこの内海の東の入り口を押さえる拠点。怖れて誰も手をあげない城主に直家が名乗りを上げ、直家の初めての城となりました。ここから直家は次々と勲功をあげていくことになります。

登ってみればわかりますが、こんな小さな城でよく敵を抑えていたなと言うほどの丘。約5分で上まで登れ、西大寺の街や川が一望できます。確かに敵の接近はいち早く発見できただろうなと思います。

沼城(亀山城)跡(岡山市)

「乙子城」、「新庄山城」(岡山市東区竹原)の次に直家の居城となったのが「沼城」です。城の本丸、二の丸のあった弁天山の形が亀に似ているところから亀山城とも呼ばれています。10数年の長きにわたり直家の居城で、ここで宇喜多秀家が生まれたとされています。本丸跡には直家飛躍の地の石碑があったり、初めにご紹介した直家家族の絵もあります。秀家流罪の地・八丈島では、ソテツの花が咲くと赦免の沙汰があると言い伝えられていて、八丈島から株分けされたソテツも植えられています。直家、秀家ともに、ここは縁の深い大切な場所と考えられているようです。

岡山城(岡山市)

一代で宇喜多家の再興を果たした直家は、「石山城」でその生涯を閉じます。直家が岡山のまちを治める地として旭川が近くを流れる石山に目を付けたのは慧眼でした。秀家はその遺志を継ぎ、石山の隣、岡山に「岡山城」を築城します。城の完成後ほどなくして関ヶ原の戦いが勃発。秀家は逃亡の身となり、「岡山城」は小早川秀秋の治めることとなり、宇喜多家の戦いはここに幕を閉じます。ですが岡山に城が建てられたことで、岡山県となり、県のシンボルとして今も「岡山城」が聳え立っています。直家、秀家の生きた証が確かに残り続けているのです。

まとめ

宇喜多直家と秀家の波乱に満ちた人生は近年研究が進み、多くの人が知るところとなりました。最近では大河ドラマ化に向けての署名活動も進み、岡山の街を歩くとあちこちで宇喜多の名前を見つけることが出来ます。ぜひこの機会に岡山を代表する戦国大名宇喜多直家、秀家の事を知ってくださいね。

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