トレイルランニングの“レジェンド”鏑木 毅が語る「モノ」へのこだわり:#06 トレーニング・食事・サプリ
日本を代表するトレイルランナーの鏑木毅選手に、PARCFERME独自の視点から「モノ」について語ってもらう全6回の連載企画。気候や路面の変化と闘いながら自己のパフォーマンスを最大限発揮することを目指すトレイルランニングにおいて、ランナーはどんな観点でギアやツールを選ぶべきなのか。最終回は、トレーニングや食事、今後の目標について語っていただいた。
——トレイルランニングのためのトレーニングとして、ロードや山以外でどのようなことをしていますか? ケアグッズはどんなものを使っていますか?
鏑木 毅(以下、鏑木):自宅には、トレッドミルとバイクを置いている専用スペースがあります。特に夏場は外で追い込むことが難しいため、トレッドミルで1時間半ほどの負荷をかけたトレーニングを行っています。これに加えて、筋膜リリースやトリガーポイント、マッサージガンなど5品のケアグッズを遠征の際にも持ち歩いて、体のケアに努めています。
また、自分自身で鍼を刺すセルフケアも行っています。長い鍼に電極を流して筋肉を刺激し、疲労回復を図っています。これはもちろん自分でケアできる範囲の、資格が必要ない治療法です。このようなグッズを使うことで、トレーニング後のケアを万全にしています。
——ずっと引き締まった体型を維持されていますが、食事面は気をつけていますか? 特にレース前は体重コントロールしたり、なにか特別なことをされていますか?
鏑木: 食事には非常に気を使っています。特に40代を過ぎると、いい加減な食事がすぐにパフォーマンスに影響を与えるようになりました。三大栄養素に加えて、発酵食品や果物など、免疫力を高める食品をバランスよく摂ることを心がけています。一品料理はなるべく避け、副菜を取り入れた食事を心がけています。また、塩分や油分が少ない料理を選び、揚げ物はなるべく控えています。
さらに、体重管理も意識しています。昔はオフシーズンに太りやすかったのですが、今はしっかりと食事をコントロールすることで、オフでもほとんど体重が増えなくなりました。お酒も毎日は飲まず、週に1回程度にしています。30km以上、3時間以上走った日にはビールOKとしていますが、それ以外の日には控えています。
大きなレースが近づくと、食事内容を少し変えます。例えば、100マイルを超えるような長時間のレースでは、脂肪代謝が重要になるため、3ヶ月前から低糖質にシフトし、脂質とタンパク質を多めに摂るようにします。特に不飽和脂肪酸を多く含むアマニ油を、サラダなどで摂取することを心がけています。これにより、体脂肪を効率的に燃焼させ、レースでのパフォーマンス向上を図っています。でも大きいレースの前くらいですけど。いつもやっているとストレスになっちゃうから。
—— サプリメントはどんなものを摂っていますか?
鏑木: 私は「アスタキサンチン」を長年愛用しています。アスタキサンチンは、老化の原因となる活性酸素を除去する効果があり、筋肉や視力、肌など、老化による影響を軽減してくれます。30代後半に脚力が落ちたと感じ始めた時期にこのサプリを摂取し始め、徐々に体力が回復し、パフォーマンスが大きく向上したと感じています。
アスタキサンチンの効果はすぐに出るものではなく、数ヶ月から半年ほどの期間をかけて体に変化が表れます。特に体脂肪の燃焼効率が向上し、白髪が減り、視力の低下も改善しました。アスタキサンチンは体内の酸化を防ぐため、長期的に継続して摂取することで、老化の進行を遅らせることができます。
成績に関する具体例をあげると、アスタキサンチンを飲む前に臨んだ2008年のUTMBでは、一生に一回か二回しか表れないというほどの神がかった走りで4位になりました。自分の実力以上の結果が出たと思います。そしてアスタキサンチンを摂取して参戦した翌年は、なんと1時間近くタイムを短縮することができて3位でした。この結果はアスタキサンチンの効果が大きかったと思っています。2008年から「アスタビータ」というサプリメントを使い始め、16年以上続けています。継続することでパフォーマンスや健康維持に大きな効果を発揮します。これ以外のサプリメントはほとんど使いません。
——まだまだ現役で活躍されることと思いますが、今後はどんなレースに挑戦される予定ですか?
鏑木: 今後もできるだけ長く走り続けたいという思いがあります。現在56歳ですが、還暦まで、つまり60歳までは何とか走り続けたいと思っています。ただし、単に走るだけではなく、できる限り高いレベルを維持したいと考えています。誰かに勝とうとか、マスターズの大会で優勝しようといった目標ではなく、自分自身の中で「まだこれくらいの走りができる」という最大限のパフォーマンスを目指していきたいという意味です。
60歳までは100マイルのレースにも挑戦していくつもりです。現在、「ワールドトレイルメジャー」という世界の10大大会を、5年かけて回るというプロジェクトを進めています。規約上、1年に2大会しか参加できないため、計画は慎重に進めています。2024年にMt.FUJI100に出場し、それが最初のステップとなりました。50代半ばの年齢で100マイルを1年で2本走るのはかなりの負担ですが、このプロジェクトを続け、60歳の時に完走を迎える予定です。
—— 私も2023年、2024年と2年連続でMt.FUJI100(100マイルレース)を走りましたが、1年中このことで頭も体も一杯いっぱいでした。1年に2本は本当に過酷だと思います。
鏑木: 100マイルのレースの準備には3〜4ヶ月かかり、走り終えた後のリカバリーにも1〜2ヶ月を要します。つまり、100マイルのレース1本に半年かける計算になります。そのため、年間に2本以上100マイルを走るのは非常に難しいです。実際、100マイルを3〜4本走っている選手もいますが、長い目で見れば、3年から4年で大きな障害を引き起こす可能性が高く、健康を害してしまうリスクが高まります。
私はこれまでずっと1年に2本以上の100マイルレースを走ったことがありません。自分でもそれ以上は無理だとわかっていますし、私が求めている走りは「ただ走ること」ではありません。自分の持っている全ての力を出し切るスタンスで走りたいと考えています。そのため、100マイルを走る場合、2本が限界だと感じています。
——好きな距離はやはり100マイルですか?
鏑木: 正直、100マイルは「楽しい」という感覚ではありません。しかし、自分の潜在能力を最も引き出せる距離だと思っています。短いレースでは若い選手に全く敵わないのですが、100マイルくらいになると、55歳のこの体でも食らいつくことができます。もちろん、若い頃のようにはいきませんが、短距離レースでの差ほど大きく広がらないのが100マイルの面白いところです。
■
恐れ多くもトレラン界のレジェンド、鏑木さんにインタビューする機会をいただき貴重な話をたくさんしていただけた。これだけでトレランのアドバンテージがかなり上がったと思う。トレイルランニングという素晴らしいスポーツに出会えたことに、筆者として感謝する。
<完>
鏑木 毅
2009年世界最高峰のウルトラトレイルレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(現UTMB、3カ国周回、走距離166km)」にて世界3位。
また、同年、全米最高峰のトレイルレース「ウエスタンステイツ100マイルズ」で準優勝など、56歳となる現在も世界レベルのトレイルランニングレースで常に上位入賞を果たしている。
著書に「アルプスを越えろ!激走100マイル(新潮社)」「トレイルランニング入門(岩波書店)」、「トレイルランナー鏑木毅(ランナーズ)」、「トレイルランニング(エイ出版)」、「全国トレイルランコースガイド(エイ出版)」「トレイルランニング~入門からレースまで~(岩波書店)」などがある。
2009年のウルトラトレイル・デュ・モンブランでの世界3位はNHKドキュメンタリー番組(DVD「激走モンブラン」)となり、日本でのトレイルランニングの盛り上がりの火付けとなった。
2011年11月に観光庁スポーツ観光マイスターに任命される。
現在は競技者の傍ら、講演会、講習会、レースディレクターなど国内でのトレイルランニングの普及にも力を注ぐ。
アジア初の本格的100マイルトレイルレースである「Mt.FUJI100」の大会会長を務める。また自らがプロデュースしたトレイルレース「神流マウンテンラン&ウォーク」は2012年に過疎地域自立活性化優良事例として総務大臣賞を受賞、疲弊した山村地域の振興、地域に埋もれた古道の再生など地域を盛り上げるモデルケースとなっている。
鏑木毅オフィシャルサイト
https://trailrunningworld.jp/profile/
<写真提供>
鏑木 毅、©富⼠箱根伊⾖トレイルサポート、株式会社ジーオーエヌ、ESS JAPAN、アスタリール株式会社、ペツルジャパン株式会社、THE NORTH FACE
佐々木 希
都内在住ながらほぼ毎週末、登山かランのため山に通うトレイルランナー。野菜ソムリエプロ資格を取得、エステティシャンの経験もあることから健康や身体づくりに目覚め、ヨガ、ランニング、登山、ウェイトトレーニングなどに取り組み、ボディコンテストで表彰台を獲得。2021年からトレイルランニングのレースに参加し、第2回ジャングルぐるぐるMAX G2(80km)女子優勝をはじめ入賞5回。2023年に100マイル・レースであるULTRA-TRAIL Mt. FUJIに初参戦・初完走。良質な脂質、低糖質・高タンパクの材料を中心とした食生活を心がける一方、レース前以外のディナーは好きなメニューを楽しむ。日本大学文理学部卒。