競走馬を支える足元技術 装蹄師の仕事とは?
いま競馬界は秋のGIシーズン真っ盛りで、今週末にはジャパンカップがあります!そして年末の大一番、有馬記念までおよそ1か月。今日は、そんな競馬界を陰で支える足元の治療技術に注目しました。
装蹄療法としてできることを・・・
競走馬や馬の蹄を削って蹄鉄(ていてつ)を履かせることを装蹄(そうてい)と言い、装蹄によって足のケアを行うことを「装蹄療法」と言います。
実は毎年10月の下旬に、全国装蹄競技大会という全国の装蹄師さんが腕を競う大会があります。そこで2連覇を果たした装蹄師の池田駿一郎さんに装蹄療法の難しさについて伺いました。
全国装蹄競技大会で2連覇を果たした池田さん
日本中央競馬会・競馬学校・診療所 装蹄室・池田駿一郎さん
人間だったら、大体歩いたら、かかとからついて、つま先から蹴り上げるんですけど、馬だったら踏着する場所が馬の個体によって違うんで、その一頭の馬を見て疾病だったりを加味したうえで適切な装蹄をするっていう。自分らができることって限られてて、馬の蹄をこうしたい、ああしたいって思っても、これはちょっともうこれ以上やったらこの蹄が、馬が限界が来るっていうのをこう判断しながら、でもちょっとでも良くしたいっていう、そのせめぎ合いっていうか・・・うちらができることは馬の蹄のバランスを変えてあげたり、ちょっと立ちやすいように角度を上げてあげたり、治療ではなく装蹄療法のうちなんです。
「治療」ではなく、あくまでも「装蹄療法」。ただ馬にはこれが欠かせないんです。
蹄鉄の種類も様々で、乗用馬だと鉄素材で約1か月半に1度の交換、競走馬になると軽さを追い求めたアルミ素材で2~3週間に1度の交換。アルミの方がすり減りが早いんだそうです!
棒鉄から蹄鉄を作る様子
また、こういった装蹄作業はスピードも重要。乗馬用の馬で大体1時間、競走馬になると40分程度で履かせる、このスピードにも驚きました。
基本的には既製品の蹄鉄(すでに形になっているもの)に熱を加えたり、金づちで売ったりしてその馬の蹄に合わせていくのですが、時には棒状の鉄で一から蹄鉄を作る場合もあり、鍛治技術も必要です。
一度の装蹄作業で使う道具
また今回、取材では競馬学校に伺いました!競馬学校の装蹄場所ではラジオが流れており、装蹄師さんに伺ったところ、馬は音があった方が落ち着く場合が多いそうで。馬は意外にもラジオヘビーリスナーのようでした!
国内の蹄鉄事情は?
さて、馬にとって蹄鉄はまさに“靴”ですが、その蹄鉄、実は日本国内で製造されているものはかなり限られていると言います。蹄鉄事情について、株式会社 馬の靴屋さん 小竹妥英さんのお話です。
株式会社馬の靴屋さん・代表取締役社長・小竹妥英さん
ほとんど海外製と言ってもいいぐらいです。馬の頭数がやっぱり日本国内と海外だと全然違うんですよね。市場としてやっぱり求められるものが多いので、確実にいろんな蹄鉄の種類を持ってますし、いろんなオーダーに応えてくれる場合が多いっていうのがあって、日本だとなかなか蹄鉄業者は増えないですね。本当に円安、為替の影響をすごく受けるので、海外製を輸入しようと思うと、多くは蹄鉄の金額が高いような感覚がありますね。あとはどうしても治療用の蹄鉄が欲しいってなると、日々使うような設置じゃないので、価格もすごく高いものが多いのでなかなか在庫としてかかえてない場合が多くて、でも今日明日を楽にさせてあげたい状況に対応するのに遅れてしまうっていうのはデメリットとしてありますね。
国内メーカーもいくつかあるようですが、治療用の蹄鉄に関しては、なかなか国内で生産しているところはないそうで、在庫を抱えているところも少ないそうです。
アルミ製(左)と鉄製(右)重さもかなり違う
装蹄後、ピカピカに磨かれた蹄
さらに装蹄師の人手不足で、治療を待つ馬も多く、競走馬以外の牧場などの乗馬場の馬まで手が回らないこともあります。
実は近年、この治療用の蹄鉄として注目されている技術があります。3Dプリンターを使った樹脂製蹄鉄「3Dプリントシュー」です。スリッパのような構造で蹄をカバーするような形になっていて、特殊樹脂をドライヤー等で温めて柔らかくし、装着が可能です。
3Dプリントシュー装着の様子(黒い部分)
包帯を巻いて3Dプリントシューを固定する様子
この技術は、治療用、そして仔馬の足の矯正用としても活躍が期待されています。そのメリットについて、装蹄師の金子大作さんに伺いました。
JRA栗東トレーニングセンター・競走馬診療所・装蹄室・金子大作さん
足が痛い馬というのは長い間足をあげていたり釘を打ち付けたりするのが非常に負担なんですね。特に生まれたての仔馬で何かやらなきゃいけない時は釘は打てないですから、そういう時はこういうもの(3Dプリントシュー)を使うことによって人馬の負担が非常に減るというところです。今までは海外製の既製品のものがあるんですね。そういうものを使っていたんですけれども、それはあくまでも既製品なので、本当にその馬が欲しい大きさであったり高さであったりすることはないんですね。あと、最も重要というか大きな問題なのが、装蹄師の熟練度によって効果が変わってしまう。ですから、この3Dプリントシューであれば、今までの経験上、これぐらいの足の曲がりだったらここにこれぐらいのものを付ければいいというものをあらかじめ作っておくことができて、さらにスリッパ状の形にすることによって、接着剤を付けて装着するだけで誰でも同じ効果が得られますよというところを我々が今もまだ目指しているところですね。
これまで治療用の蹄鉄は、木や樹脂のものを使用していて接着剤や包帯で固定していましたが、これが外れてしまうことが多かったんです。
今回の3Dプリントシューば、蹄の底の形を3Dデータで設計、側面カバーの部分を温めて柔らかくして、蹄に押し当てて形を合わせることにより完全なオーダーメイド蹄鉄に。
3Dプリントの設計図
また、装蹄師不足という面でも、治療が行き届かない現場で例えば獣医さんが、装蹄師が対応するまでの応急処置としてこの3Dプリントシューを使うこともできるということです。(最終的には装蹄師の適切な対応が必要)
今まで治療が間に合わなかった仔馬を少しでも多く救うことが期待されています。
この3Dプリントシューによって矯正が成功し無事に競走馬としてデビューした馬もいて、着実に勝利を重ねているという嬉しい結果も出ているようです!最先端の技術と職人の技、その両方が、馬の未来をしっかり支えているようでした。
(TBSラジオ『森本毅郎スタンバイ』取材・レポート:糸山仁恵)