特別養子縁組の母・久保田智子 娘に「生みの母がいる」と話すも相談員の“ある助言”に助けられた
養子縁組で育ての母となり子育て中の久保田智子さん(兵庫県姫路市教育長・元TBSアナウンサー)インタビュー第2回。養子縁組のあっせん団体決めから、娘を迎え入れるまで、2歳半で始めた「真実告知」について。全3回
【写真➡】歌手・川嶋あい 養子になり歌手をめざした子ども時代を見る2019年に特別養子縁組をし、今春(2025)小学校1年生となる長女のハナちゃん(仮名)の子育てと、兵庫県姫路市の教育長としての職務に奮闘中の久保田智子さん。元アナウンサーという立場を活かし、養子縁組の普及活動も積極的に行っています。今回は久保田さんが実際に体験された養子縁組の成立までの過程と、初めての子育てでの葛藤について語っていただきました。
娘・ハナちゃんの言動が自分に似てきた、と感じることも多くなったという久保田智子さん。 オンライン取材にて。
養子あっせん団体に望む2つのこと
20代前半で子どもを産むことは医学的な問題で難しいと知った久保田智子さん。2015年の結婚以降、夫婦で養子縁組について話し合いを重ね、2019年に生後4日目のハナちゃんを長女として迎え入れました。
久保田さんが利用したのは特別養子縁組制度で、子どもの親権や戸籍は生みの親から「養親」のもとに移り、法的にも実子と同じ扱いとなります。
「私たち夫婦はできれば新生児を迎えたいと希望していました。家族としての積み重ねが幼いころからたくさんできればいいなと考えていました」
特別養子縁組制度を利用するには、児童相談所に申し込む場合と、自治体の認可を受けたあっせん団体に依頼する場合の2つの方法があります。久保田さんたちが、養子縁組を申し込んだのは民間のあっせん団体でした。
「夫のアメリカでの赴任期間が終わり、帰国するタイミングで本格的に養子縁組について調べ始めました。まだアメリカ在住で児童相談所には行きづらいし、自然とホームページがある民間の団体ということになりました。自治体にも問い合わせたのですが、説明会が月に1日しかなくて予定が合わなかったりして都合をつけることができませんでした」
あっせん団体を決めるまでにどんなことに気を配っていたのでしょうか。
「当時は、右も左もわからない状態で調べていましたね。そして2つのあっせん団体(以下:団体)の説明会に参加して、相談員さんにとても安心感を持てた団体に依頼することにしました。
私は相談員さんが決め手になりましたが、これから団体を選ぶ方に伝えたいことは2つあります。
ひとつ目は、子どもが成長してからも継続・存在していそうな団体かどうか。なぜなら、子どもの出生に関する細かい情報は基本的には団体が管理しているからです。私たち養親は出生のすべてを知ることはできません。生みの母や父の詳細などはわからないことも多々あります。
子どもが成長して、生みの母や父について知りたいときや、万が一、病気など身体的な理由で助けてもらわないといけないときなどは、やはり団体を通すことになると思います。だから、この先も団体が存在してくれていないと困るということは、強く思います」
久保田さんが考える団体選びで大事なことふたつ目とは?
信頼できる相談員はかけがえのない存在
さらに、久保田さんは続けます。
「ふたつ目は、信頼できる相談員さんがいること。養子といっても、日常の子育てはおそらく産んで育てているご家庭と変わりはないと思います。ただ、養子の場合、違いとして、子どもに生い立ちについて話す『真実告知』があります。
今、真実告知は子どものために幼いうちにしたほうがよいといわれています。とはいえ、やはりどのように伝えるのが子どもにとってよいのかは迷ってしまいます。子どもによっても違いますしね。そんなときに、自分たちの状況を話してアドバイスをくださる相談員さんの存在はとてもありがたいものです。
我が家は、娘が2歳半のときから真実告知をしています。日常会話の中で、『ハナちゃんにはもう一人、生みの母がいるんだよ』と伝えています。ただ、子どもが成長するにつれて思いや受けとめかたは変化しますし、それを読み取るのは難しい。
あるとき、相談員さんに娘の反応の変化について相談したときに『娘さんは生みの母がいることはわかっているようですけれど、今その話を聞くのは少し嫌なのかもしれません。しばらく話をするのはやめておきましょうか』とアドバイスをいただいたことがありました。
そこで初めて子どもの気持ちの変化に気づくことができ、とてもありがたかったです」
そして、大切なのは相談員との相性だとも語ります。
「私がお世話になっている相談員さんは、単純な子育ての悩みについても伴走してくれたんです。加えて、特別養子縁組であるという境遇がもたらしかねない事柄に対する予防策や適応策もアドバイスしてくれました。
娘が小さかったころはひんぱんに会っていて、もう日常に溶け込んでいるような当たり前の存在として頼りにさせてもらっていました。今は会う回数は減っていますが、年1回は近況を報告できる会が開催されています。
相談員さんにとってはそれぞれの家庭に細かいアドバイスをするのは、正直難しい部分もあるのかなと。なので、養親と相談員の間合いが合うこともとても重要だと感じます」
あっせん団体との面談が夫婦の話し合いを深めた
養子縁組のあっせん団体についてたびたび耳にするのが養親になるための審査がかなり厳しいということ。なかには、面接時に厳しい忠告を受け、子どもを育てたい気持ちをそがれてしまうような養親希望者もいると聞きます。
「私は、最初の面接官が今もお世話になっている相談員さんだったんです。なので、その部分についてはラッキーだったと思います。
でも、将来病気になるかもしれないし、障害があるかもしれない、どんな子どもでも受け入れられますかなどと、起こりうる可能性をいろいろと聞かされて、驚きや不安感が増したのも事実です。今から思えば当たり前で、自分で産んだとしても起こりうることなのですが。
ただ、さまざまな想定を聞いたことで、私たちはそもそもどうして子どもを育てたいと思っているのかという本質的な部分を夫婦で話し合うきっかけになりました。気持ちを整理しながら話し合ったことが、最終的に登録する決断につながった部分もあります。
養親希望者は、もともと不安の中で一歩を踏み出した人だと思うんです。不安な気持ちで訪れた先で、いろんな可能性について聞かされると、自分たちには無理かもと感じてしまうのは自然なことですよね。
もちろん、団体側も子どもの命を預けるのだから、現実を包み隠さずに真剣にお話をされているのだということはわかります。よく相談員さんと話すのですが、特別養子縁組の制度には素晴らしいことがたくさんあるので、それについてもしっかり話したうえで、多角的に制度の理解を促すのが大切なんだろうなって思います。
不安をあおるのでもなく、安易に決断のでもなく、それぞれの家庭がしっかりと納得して選択できるのが理想だと感じています」
数日で赤ちゃんがやってくる!
あっせん団体への登録をしてから約1ヵ月経ったある日、団体から久保田さんのもとへ「数日後に誕生予定の子の受け入れは可能か」と連絡が来ました。
「ちょうど、レストランで食事をしていたときに電話を受けました。団体への登録はしていたものの、こんなに早くに来てくれるなんて思っていなくて、正直パニックになりそうでした。
数日後には我が家に赤ちゃんがやってくる! と聞いたものの、何をしたらよいのか全くわからない状態です。団体の研修を受けてはいましたが、現実となると本当にわからないことばかりでした。
ベビー用品はどこで買えばいいのかわからなくて、友人に聞いたら『ユニクロで買えるよ』と言われ、初めてユニクロにベビー用品があることを知ったくらいです(笑)。気持ちを整えるのはあとで、とにかく物質的なことを整えないといけないとあせっていましたね」
そんな怒濤の数日間を経て久保田さん夫妻は、ついに長女となるハナちゃんに出会うことに。次回は、ハナちゃんとの出会い、生みの母親との対話について聞いていきます。
●久保田智子PROFILE
1977年生まれ。東京外国語大学卒業後、2000年TBSに入社しアナウンサーとして活躍。2015年に結婚、2016年に退社を発表し、その春に夫と渡米。2018年に帰国後、TBSの報道局に復職。2019年には特別養子縁組制度にて、1児の母となる。2024年4月からは兵庫県姫路市の教育長に就任した。
取材・文/関口千鶴