既存住宅流通の課題に対応する制度~中古住宅を取り巻く住宅政策と市場の10年④
「不安」「汚い」「わからない」を 解消する安心R住宅制度
2024年9月にLIFULL HOME'S総研より発表された調査研究レポート『STOCK & RENOVATION 2024』のうち、LIFULL HOME'S PRESS編集部 渋谷雄大が執筆した『社会背景の整理:住宅政策と住宅市場のこの10 年』の再掲によって、中古住宅を取り巻く住宅政策や住宅市場がどう変化してきたかを振り返る本稿。前回記事では2014年以降の住宅税制や住宅性能向上に向けた動きをまとめた。
■これまでの記事
2014年以前の住宅政策を振り返る~中古住宅を取り巻く住宅政策と市場の10年①
2014年以降の住宅ローン控除の変遷~中古住宅を取り巻く住宅政策と市場の10年②
2014年以降の住宅税制を振り返る。性能向上に向けた誘導も~中古住宅を取り巻く住宅政策と市場の10年③
■LIFULL HOME'S 総研「STOCK&RENOVATION 2024」ダウンロードはこちらから
https://www.homes.co.jp/souken/report/202409/
今回は、2014年以降の既存住宅流通の課題に対応する制度について振り返る。まずは「安心R住宅」制度を紹介する。
既存住宅の流通促進に向けて、「不安」「汚い」「わからない」といった従来のいわゆる「中古住宅」のマイナスイメージを払拭し、「住みたい」「買いたい」既存住宅を選択できる環境の整備を図ろうと、2018年に国交省の告示による「安心R住宅」制度が創設された。耐震性があり、インスペクション(建物状況調査等)が行われた住宅であって、リフォーム実施済みまたはリフォーム等について情報提供が行われる既存住宅に対し、国の関与のもとで一般社団法人リノベーション協議会などの事業者団体が標章(マーク)を付与、販売時の広告などに表示する仕組みだ。
買取再販事業者が中古住宅を取得して一定のリフォームを実施する場合には、安心R住宅とすることで、敷地部分についても不動産取得税の特例措置が受けられる。
安心R 住宅の実施状況は、2018年の制度開始以来、2021年度まで毎年1200~1400件程度で横ばいに推移していたが、2022年度以降は上昇傾向となっており、2023年度には年間2000件を超え、制度開始以来の累計件数は9000戸超(2023年度末時点)となっている。
瑕疵トラブルを回避する、既存住宅売買瑕疵保険
新築住宅・買取再販住宅の場合は、住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)で、住宅を供給する事業者が引き渡し後10年間は、瑕疵があった場合に補修したり損害賠償したりする義務(契約不適合責任。2020年の民法改正以前は瑕疵担保責任)を負っている。しかし、個人が売主となる既存住宅の場合は品確法の対象になっていなかった。
ところで、国交省の独自調査※1によると既存住宅を購入しなかった人は、購入した人と比べて、「設備に不具合がないか」「耐震性」等の見えない「不安」に関する項目の重要度が高いという。そこで国交省は、既存住宅の流通のためにはそれらの不安を解消した「新しいイメージの既存住宅」を市場に供給することが必要だとして、かねてから購入前のインスペクションや、瑕疵保険を普及させる取り組みを行ってきた。2010年には既存住宅売買瑕疵保険の取り扱いが開始されたが、既存住宅売買瑕疵保険に加入するためには、専門の建築士によるインスペクションに合格することが必要であり、これにより、安心が確認された既存住宅の取得が可能となった。しかし、こうした商習慣のなかった日本では、売主が検査を望まなかったり、買主が出費を避けたり、売買契約に至る期間が長くなることから仲介会社が検査を勧めなかったりといった課題もあった。
そうしたなか、2018年の宅建業法改正によって、売買時のインスペクションの説明と希望者へのあっせんが不動産会社に対して義務付けられた。既存住宅の流通促進のほか、瑕疵をめぐるトラブル回避につながることが期待できるため、これらが普及することは、売主・買主・不動産仲介会社にとってもメリットがあると考えられる。
※1:国土交通省独自調べ(平成28年10月実施)
低廉な空き家等の仲介手数料上限を引き上げ
2013年時点で全国に820万戸とされた空き家は、大きな社会問題となっている。2015年には空き家対策特別措置法が施行され、倒壊の恐れがある等の「特定空家等」について、指導や場合によっては行政代執行といった措置が可能となり、2022年末までの累計で、全国で特定空家等に対する措置が4万件以上講じられている。また、2018年からは公募によって選定された事業者(株式会社アットホーム、株式会社LIFULL)によって、各自治体の空き家等の情報を集約した空き家バンクが本格運用を開始している。しかし、こういった施策を進める一方で空き家は増加を続けており、2023年にはその数が900万戸に達したとされる※2。
なお、全国の持家ストックの約8割以上を一戸建てが占めているが、指定流通機構(レインズ)への新規登録件数(売りに出された件数)は、マンションの割合が一戸建てを大きく上回っており、比較的一戸建ての流動性が低いことがわかる。また、その成約率は地方圏で低くなっていることからも※3、空き家の流通活性化には、地方圏における一戸建ての流動性を高めることが重要といえる。
※2:総務省「令和5年住宅・土地統計調査」
※3:国土交通省「令和元年度 政策レビュー結果 既存住宅流通市場の活性化」(2020年)より
ところが、空き家の大半は築古物件である。既存住宅は建築年代が古くなるほど取引価格が下落する傾向にあるため、不動産会社が仲介を行おうにも、必要なコストに対して従来の告示による報酬(仲介手数料)額では採算が取れず、結果として空き家等の低廉物件の取引に消極的になっている現状があった。そこで2018年、低廉な空き家等(物件価格が 400 万円以下の宅地建物)であって、通常より現地調査費用等を要するものについては、従前の報酬額の上限に加えて、18 万円を上限に売主から受領できるよう告示を改正。さらに2024年7月からは、800万円以下の物件までその対象を拡充し、報酬の上限も最大33万円にまで引き上げられる。不動産会社による空き家ビジネスへの参画を促すのがねらいだ。
また、新型コロナや働き方改革への対応をめぐって、サテライトオフィスやワーケーションへの注目も高まっている。空き家の他用途へ転換や、従来さまざまな政策措置から除外されるなどしてきたセカンドハウスとしての活用などの可能性も考えられ、これまでの「一家族一住宅」をひたすら追い求める政策のスタンスを修正することが、住宅の需要曲線の下方シフト緩和につながるという指摘もある[1]。国も2024年5月に改正広域的地域活性化法(二地域居住の促進法)を成立させるなどの動きを見せており、こうした東京一極集中の是正や関係人口の拡大は、空き家の減少に向けた一助となる可能性があるだろう。
2つの老いが進む マンションの再生へ
現在管理不全となっている空き家の多くは一戸建てである。しかし、集合住宅においても築40年を超えるマンションが増加し、今後10年でその数が2.2倍に急増する見通しだ。こうした高経年マンションでは、建物の老朽化と住人の高齢化による、いわゆる「2つの老い」が進行し、適切な長期修繕計画・修繕積立金の不足や、管理組合の役員の担い手不足、総会運営や集会の議決が困難になるなどの課題を生じているケースがある。
2023年度マンション総合調査では、1984 年以前に建設されたマンションでは居住者の55.9%が70歳以上であり、建物の老朽化を招きかねない修繕積立金が不足しているマンションは、36.6%にのぼることがわかった。なお、修繕積立金が不足しているか「不明」としたマンションも23.5%ある。「不足」はもちろん、「不明」もなかなか不安な状態ではないだろうか。
2020年には、これらの問題を解決・予防するべく、マンション建替円滑化法とマンション管理適正化法が改正された。また、マンション長寿命化促進税制や、各種ガイドラインの制定など、ここ数年、マンションのストックの質の向上をめざしたさまざまな施策が実施されている。
ストック重視へ大胆に舵を切る必要がある
日本の住宅政策は、来る人口減少社会を見越して“フローからストックへ”を合言葉に、大きく転換することをめざしたはずだった。しかし、ストック重視に向けた新たな施策を打ち出す一方で、新築住宅の取得にインセンティブとなる施策も、経済対策の名の下いまだに続けられている。その結果、新成長戦略で掲げた2020年の既存住宅流通・リフォーム市場規模倍増計画は2025年に先送りされ、しまいには「2030年に14兆円、長期目標20兆円(2021年 住生活基本計画)」と、当初からすると著しくトーンダウンしてしまった。
野村総研は昨年、日本における2040年度までの新設住宅着工戸数を推計し、公表している。そこでは、新設住宅着工戸数は現在の下落トレンドが継続し、2040年度の予測値を55万戸(2022年度比36% 減)としている。ところが、これだけ新設着工数が落ち込んでも空き家は増え続ける。日本は滅失住宅の平均築年数が米国や英国の半分以下※4であり、その特徴を“スクラップ・アンド・ビルド”と表現することがある。確かに不要となった空き家をスクラップして、新たにビルドしていれば、人口や世帯の減少ペース以上に空き家が増えることはないが、新規住宅着工戸数86.1万戸に対して滅失戸数は10.6万戸(いずれも2022年度)と、スクラップできずに建て続けているのが実際だ。そうなると、新たに住宅を建てるには今住宅がないところに建てるしかない(当然滅失数以上を新設できる集合住宅など例外はある)。つまり新築住宅の増加は、都市を郊外へと拡大させることにつながるのだが、その一方で中心市街地が集積を失い空洞化し、魅力を低下させる事態も招いている。かといって、そうしたエリアを活性化させようにも、そこにある“築古物件”となった既存住宅は簡単には流通せず、新しい住民も入りづらい。背景には、既存住宅の流通を促す適正な評価や情報提供の仕組みが普及していないこと、一代限りの使用が前提となり、価値の維持・向上のためのリフォーム・リノベーションといった投資が行われていないことが挙げられる。本稿で紹介したように各種制度の整備が進められているものの、まだまだ不十分なのだ。
新築住宅を建て続けることは、GDPの面では一定の効果があるだろう。図6は日米における住宅投資額の累計と住宅資産額を比較したものである。米国では投資額に見合った資産が累積しているが、日本では資産額が投資額を大きく下回っていることがわかる。ライフステージの変化に応じて住み替えようにも、取得金額から大きく乖離した金額でしか売却できないため、実質的に “一生に一度の買い物”とならざるを得ないのが現状だ。その結果、高齢単身・夫婦の持家世帯で100m2以上の住宅に住む割合は約50%である一方、4人以上の世帯が100m2未満の住宅に住んでいる割合は約32%(平成30年住宅・土地統計調査に基づく国土交通省の推計)と、住宅ストックと居住ニーズのミスマッチが発生している。
住宅の数が必要以上に増えることは、その価値を相対的に低下させることになる。人口減少が加速する今後において、新築を建て続けることは、ここで挙げた諸問題をますます深刻にするだろう。これらを解決し、持続可能な社会を実現するためには、真のストックを重視した住宅政策への大胆な転換が必要になる。そこでは、リフォーム・リノベーションが重要な役割を果たすことは先に示したとおりだ。次の10年に期待したい。
※4:国土交通省の推計によると、滅失住宅の平均築年数は、日本が32.1年(2008年→2013年)、米国が66.6年(2003年→2009年)、英国が80.6年(2001年→2007年)とされる
■参考文献
[1]一般社団法人 土地総合研究所(編)、山崎福寿・中川雅之(著)、2020「経済学で考える 人口減少社会の住宅土地問題」