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累計部数140万部の漫画『Shrink~精神科医ヨワイ~』。原作者・七海仁さんの、アイデアをこぼさないための日記とノートの書き方。

ほぼ日

ドラマ化もされたマンガ『Shrink~精神科医ヨワイ~』。精神科医・弱井が「隠れ精神病大国」と呼ばれる日本の精神医療の問題に立ち向かうマンガです。この作品のなかで、弱井先生は心の病を抱える人々にたびたび「書く」ことを提案します。「書く」は、心にどんな変化をもたらすのでしょう。原作の七海仁さんに、取材を通じて感じた精神医療における「書く」ことの価値を聞きました。さらにご自身は取材で、あるいはプライベートでどのように「書く」行為をしているのかも、聞いてみました。

1年前の自分がヒントを教えてくれる


──
七海さんご自身の「書く」についても聞かせてください。

七海
私、めちゃくちゃ書く人間です。ほぼ日手帳も、以前使っていました。すみません、今はちょっと浮気していますが(笑)。

七海さんが独立した年である2009年のほぼ日手帳。「この頃はまだ手帳の書き方が確立していなくて、ミーティングやちょっとしたアイデアのメモだけ」

七海
今回、お話をいただいて自分が毎日書いている手帳を分析してみたんです。まずひとつは目標のための使い方。私は1年の最初に、まずいくつかの目標を立てます。その目標を達成するために月の目標→週の目標→1日の目標へと細分化していくんです。

──
そんなに細かく目標を。

七海
ただ、私は自分にぜんぜん厳しくないんです。毎日、その日の目標が達成できたらチェックを入れていきますが、もう6割方できていたら平気でチェックしちゃう。それくらいゆるいんです。自分を律するためというよりも、基本的に「よくやったよ」と自分に言うため、ほめるための目標なんですよ。

──
目標を立てても、達成できなくていやになったり、やめてしまったりする人が多いなか、「6割できていたらOK」は新鮮です。

七海
「私はダメだ」と落ち込む人ほど頑張っている人だと私は思うんです。だから、それ以上自分を責める必要なんて全然ない。私は目標を決めたら早めにチェックしちゃって「よし、今日もがんばったね」と自分を褒める。たとえば1日に使う金額も一応決めて書いていますけど、それを超えたとしても、腹を立てたり落ち込んだりはしない。ゆるく自分を見張っている、見守っている。そのための目標だし、手帳なんです。

──
ゆるく見張って、見守る。いいですね。

七海
私の手帳のもうひとつの役割は、セルフトーク。書くことで自己理解と自己調整、自分の理解や感情の整理を行っています。本当にたいしたことは書いてないんです。ふと思ったこととか、嫌だったこととか。昨日だったら麻雀のMリーグで大好きなチームが負けていて「これからだ!」と書いてあります(笑)。それと、写真。仕事机にプリンターが置いてあるので、スマホで撮った写真を出力して貼ります。

△ノートに1週間の予定を貼って目標を書き出したら、1日1ページでその日あったことと写真を貼る。「毎週日曜に新しい週の目標を書いているときがすごく楽しい」

──
毎日書く時間は決まっていますか?

七海
だいたい、朝起きたときか、夜寝る前。1日5~10分くらいでわーっと書きます。書いている時間が静かで好きなんです。ちょっと瞑想に似ている気がして。今日のこと、自分のことを見つめて一気に書いて、
そこで荷下ろしをする感覚。

──
荷下ろし。

七海
それと毎朝、1年前の日記を見返すようにしています。去年の今日、私はどんなことを考えてたのかな、って。すると、意外と同じようなことで悩んでいたりする。それを見ると「自分はもうこういう考え方のクセがあるんだな、じゃあしょうがないか」と思えたり、去年試してみた解決法が見つかって、「こんなことでうまくいったんだ、じゃあやってみよう」と思えたりします。過去の自分が教えてくれることって、本当に多いんです。

△観た映画やテレビ、読んだ本などのほか、大好きな麻雀についても欄を設けている「インプットリスト」。

──
この手帳の書き方はいつ頃から?

七海
目標を立てること自体は以前からやっていましたがこういう書き方になったのはここ3年くらい。どんな些細な思いつきもアイデアになる。そんなアイデアを取りこぼさない書き方がようやく確立してきたかな、と思います。こんなふうに書くようになったのは、やっぱり『Shrink』の影響が大きくて。取材を通じて「書く」って強いし、本当に価値のある、自分を助けることだなと思ったんです。

アイデアが湧くタイミングをつかまえるノート


──
取材でも「書く」ことは多くあるかと思いますが。

七海
もちろんあります。資料を読むときは、「コーネル式ノート」が手放せません。実際にはメインの場所に講義内容、横にキーワード、下に復習した内容を書くという方法なんですが、資料の内容を中央にまとめて、「マンガにこういうネタを入れよう」というのを横に、後でやらなくてはいけないことを下の欄に書きます。

△コーネル式ノートとは、アメリカのコーネル大学が開発したというノートのとりかたに合わせ、右と下に罫線が引かれたノート。七海さんにとって、なくてはならないアイテム。

七海
たとえば14巻の「アスリート編」のときにはIOC(国際オリンピック委員会)が出している「アスリートがどんな精神疾患を抱えているか」の資料を読み、「アスリートはこれくらい不安を抱えている」という内容を書き出したあとに「周りの人たちがアスリートの不安を把握していないシーンを入れる」とマンガに入れたいシーンのアイデアを。さらに「アスリートの精神疾患の男女比は一般と違うかをチェックして先生に聞く」などやらなくてはいけないことを下欄に書き出します。

──
資料を読みながら、同時にまとめていくんですか?

七海
そうです。資料を読んで、自分の中にある細々した種と結びついた瞬間こそがアイデアが湧くタイミングなんですよ。そのタイミングを逃したくない。けれど、資料をまとめている文章の中に一緒に書いてしまうとごちゃごちゃになって混ざってしまうのでこの区分けがほしいんです。1個のテーマにつき、ノートがだいたい3冊くらい埋まります。このノートがいちばんの資料になるので、実際に原作を執筆する時もノートは何度も見返します。

──
蛍光ペンによるマーキングは、どのタイミングで?

七海
ひととおり書き終えたあと、大事だなと思う単語をマーキングします。これ、すごく役立つんですよ。数ヶ月たったあとに、「マーキングしてくれた自分ありがとう!」と思いながら読み返します。

──
このノートを作ったうえで、取材をされるわけですね。

七海
はい。取材を終えたら、マンガのあらすじと、各回に入れる知識、登場人物たちの動きを各話でどのように展開していくかを見開きにまとめます。ここまで完成したら、ハコ書きといって、シーンごとの内容を書いていきます。

△マンガの内容がすべて詰まっている見開きページ。話の流れから登場人物の動きまで、こと細かに各話の内容が書き込まれている。

七海
ここから、ようやくパソコンの出番です。ここまではぜんぶ手作業、アナログなんです。パソコンでプロットを書き、次に最終的なシナリオに。それをもとに作画の月子さんがネームを書いてくださいます。シナリオに移ってからはすごく速いです。手作業の時間がいちばん長い。

△ぎっしりと書かれたプロットが、シナリオではセリフとト書きの形に。いちばん上にあるのが、月子さんのネーム。

七海
『Shrink』を始めてからずっとこのやり方です。「こうしたら『Shrink』のような物語は作りやすいんじゃないかな」というシステム自体を考えるのが好きなんです。資料や取材で得た情報は膨大で、作品に残るのはだいたい約2割くらい。その情報の取捨選択をするために、このプロセスが必要だと思っています。

──
資料を読む段階で、デジタルで入力することもできると思いますが、なぜノートを使って手書きで残すんでしょう?

七海
外出先や手元にノートがない時にアイデアが浮かんだら、ハッシュタグで整理できるスマホアプリでメモを取っています。ただ、脳について研究している先生方もおっしゃいますが、やっぱり手書きのほうが記憶が定着する感覚があります。見返すときも、自分の字のほうが見やすく感じる。見返したり、取材後に追記することもできるし。だから、私はやっぱりアナログ派ですね。

△「職業柄、過去の自分からネタをもらうこともあります。
だから、とにかくなんでも記録しておきます」

(おわります。)

(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 感情を整理するための「書く」という行為)

七海仁(ななみ・じん)さんのプロフィール

アメリカでジャーナリズムを学び、帰国後通信記者、雑誌編集長などを経て独立。2019年『Shrink~精神科医ヨワイ~』にて漫画原作者としてデビュー。本作は現在も「グランドジャンプ」集英社にて連載中。『Shrink』は2021年に第5回さいとう・たかを賞を受賞、2024年NHKにてドラマ化。ドラマは現在Amazon Primeにて視聴可能。最新14巻が12月18日に発売。

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