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小さな「居場所」から、大きな「都市」をつくり変えていく 〜 スペイン・バルセロナ市が目指す持続可能な社会のつくり方

ELEMINIST

世界各地の都市で実践されている「持続可能で創造的な街づくり」。その中でも今回は、近年世界的にも注目されているスペイン・バルセロナ市を事例に紹介する。筆者が実際に現地・バルセロナの街を歩き、市民が自らの手で街を育てていく姿を追った。そこから見えてきたものは?

この連載でELEMINISTとコラボしているソーシャルビジネススタジオSIGNINGでは、世界各地のソーシャルデザインの最前線をリサーチする “ Social Innovation City ” projectを進めている。
全世界のイノベーティブな都市をフィールドワークし、その都市の発展を手がける有識者、行政、市民との交流も行なっている。プロジェクトリーダーの鷲尾が今回ピックアップしたのは、スペイン・バルセロナ。
歴史的・文化的価値の高い観光地として有名なのでみなさんご存知だとは思うが、実はまちづくりにおいて、最先端のイノベーションが巻き起こっている都市でもある。
今回はそのバルセロナが目指す、将来の都市の姿についてレポートする。

多彩な文化的魅力が溢れるスペイン・バルセロナ市

スペイン北東部、地中海を望むスペイン最大の港湾都市であるバルセロナ。海と山に囲まれた豊かな自然環境、スペイン・ゴシック様式の遺構が残る旧市街地の街並み、カタルーニャ地方独自のアートやデザイン、伝統料理、そして世界遺産に登録されているガウディ建築群など、独自の歴史的・文化的魅力に溢れる街として、世界各地から多くの来街者を呼び寄せてきた。1992年に開催されたバルセロナ・オリンピックを契機に進められた大規模な都市整備事業が国際的観光都市バルセロナを急成長を導いて以来、この人口160万人の都市には、年間2800万人を超えるとも推定される観光客数が押し寄せている(※1)。
その一方で、近年バルセロナ市は、バルセロナ市民にとってその日常生活の質の改善を行う膨大な努力を行ってきたことに、SIGNINGでは大きな関心を寄せてきた。 
都市中心部において、緑地率の回復と公共交通機関の活用促進を一体となって進め、「環境に優しく健康的で安全な都市生活」の実現を目指す「スーパーブロック」計画はその象徴的なプロジェクトであり、とりわけパンデミック発生後、世界的にも高い関心を集めてきた。

バルセロナ「スーパーブロック」計画とは?

バルセロナ市内の大部分は、格子状に碁盤の目が整然と並んで広がる都市構造で形成されているが、「スーパーブロック」計画は、この格子状の街区のうち9つ(縦3列、横3列の計9つ)を約400×400mのひとつの大きな「島」(ブロック)と捉えて、自動車専用空間に占められているその内部空間を、歩行者や自転車の空間に変更していくプロジェクトだ。
そして、地区ごとに緑化率の回復や、モニタリングデータをもとに大気汚染や騒音の低減を進め、安全で環境に配慮したパブリックスペースへと転換させていくことがその狙いである。自動車の乗り入れが制限されたスーパーブロック内部の活用については、例えば、都市の内部で子供達が安全に遊べるような公園やイベントスペースとして、またオフィスワーカーにとっての憩いや語らいの場としてといったように、近隣住民から寄せられるアイデアによってその利用方法が検討される。
トップダウンではなく、地域住民からの意見を重視するボトムアップ型の「まちづくり」である。あくまでも「まちづくり」の主体は、地域住民たちなのだ。

実際にバルセロナの街を見てみよう。旧市街に隣接し、多くの観光客で賑わうランブラス通りからほど近い、アシャンプラ地区サン・アントニ。ここでは、2017年から歴史的なサン・アントニ公設市場とのリノベーションと連携しながら「スーパーブロック」化が進められてきた。
サン・アントニは、古くからの地元商店が多い商業エリアだが、「スーパーブロック」化によって通りを隔てる車線の障壁が消え、より地区一体が連鎖的に結びつくことで、ローカルマーケットとしての賑わいと親密さとをつくりだすことに成功している。

Kazuhiko Washio

アシャンプラ地区サン・アントニの「スーパーブロック」 筆者撮影2023年2月

このサン・アントニ地区を再訪し、長年営業してきた地元の商店主にお話をお伺いしたところ、「商店が閉まっていたパンデミック中は、外出できるようになるとスーパーブロックが住民たちの集まる広場のようになっていたよ」「以前とは違い、今は散策のためのエリアに変わりました」「毎日この店を歩いて通る人たちが増え、挨拶をすることで、お互いの生活を知るようになったんです」といった、近隣住民同士の社会的関係性の深まりを実感する声も聞くことができた。
こうした既存の都市基盤を「アップサイクリング」することによって、実際にローカル経済の活性化が実現しているという科学的な検証データも明らかにされている(※2)。
都市を、地域住民同士が「共有し合うもの」としてもう一度捉え直し、その持続性と質とを高めていくこと。そして、環境、安全、文化、経済といった様々な点から相乗的な効果を高めること。それが「スーパーブロック」計画の狙いであり、バルセロナ市がこの計画を新しい「都市モデル」(Un modelo de ciudad para una nueva Barcelona)と称している所以でもある(※3)。

「自らの街は、自らの手でつくり育てていく」

こうした「スーパーブロック」計画を推進する背景にはどのような理由があるのだろうか。この計画を推進するバルセロナ・リージョナル(バルセロナ広域都市圏の持続可能な都市圏モデルを提言するシンクタンク)によれば、バルセロナの中心部は、ヨーロッパの都市の中でも緑地率が低く、現在の都市基盤がつくられた19世紀半ばには34.8%確保されていた緑地も、現在では僅か0.6%程度しかないという。その結果、大気の質は悪化し、呼吸器官の疾病をはじめとする健康被害も発生している深刻な現状がある(※4)。
90年代以降の国際的観光都市としての劇的な成長の背後で、地域住民にとっての安全や健康面などでの生活の質の悪化や、都市開発によって引き起こされた様々な社会課題、そして「自分たちの街を外から来る人たちに譲り渡してしまった」という住民意識を産んでしまった。そうした経験があって、現在、市民の中で「自治」意識が高まっていったことが大きな要因にあるという(※5)。
現在、EU各国は、中長期的な成長戦略として「グリーンディール」(European Green Deal)を掲げ、経済を含む全ての政策分野において気候・環境に関する課題を最優先として捉え、それを機会に変えることで、持続的な社会発展を目指すことを共通目標として掲げている。バルセロナはこの大きな潮流をいち早く捉え、自らの都市の現状、その経験を踏まえ、身近な地区レベルから、都市全体をエコロジカルにしていく取り組みを粘り強く実行している。バルセロナの街を歩き、人に会うたびに、これまで日本では「都市」とは、ややもするとその「ハード」の側面への投資ばかりが語られてきたのではないかと感じさせられる。これからはそれぞれの近隣(ネイバーフッド)でともに暮らす人と一緒に「居場所」づくりを行うことが「都市」を構想することになっていくのではないか。
人口減少や少子高齢化、気候変動、社会的格差の拡大、あるいは新しい循環型の経済モデル、ウェルビーング。多様なイシューについての議論があるものの、あらためてローカルに根ざした小さな「居場所」のあり方について考えるところから、「都市」や「社会」の大きな課題を捉え直していくこと。そこにひとりひとりの身の丈を大きく超える社会課題を乗り越える発想がきっと生まれる。

参考
※1 アリアス・アルベルト、石黒 侑介『バルセロナ市の取り組み : 都市デスティネーションの持続可能なマネジメント』 北海道大学観光学高等研究センター CATS 叢書 (2021)
※2 Yoshimura Y. Kumakoshi Y. Fan Y. Milardo S. Koizumi H. Santi P. Murillo J. Zheng S. Ratti C. “Street pedestrianization in urban districts: Economic impacts in Spanish cities” Cities Volume 120(2022)
※3 Ajuntament de Barcelona: Superilla Barcelona (最終閲覧日 23/07/31)
※4 鷲尾和彦、ジョセップ・ボイガス『過去の日常に戻らない。バルセロナ市「コロナ後の社会実験」』Forbes Japan オンライン(2020)
※5 鷲尾和彦『CITY BY ALL 生きる場所をともにつくる』博報堂 (2020)


Written by Kazuhiko Washio from SIGNING Ltd. 編集/ELEMINIST編集部


<執筆者プロフィール>
鷲尾和彦
株式会社SIGNING チーフ・リサーチ・ディレクター。 国内・海外のソーシャルデザインの最前線をリサーチする『Social Innovation City』プロジェクト等を主宰。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦』(学芸出版社)、『CITY BY ALL ~生きる場所をともにつくる』(博報堂)、『カルチュラル・コンピテンシー』(Bootleg)等。

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