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“野菜嫌いの小さな娘”との会話で気づいた。ぼくが無意識にやっていた「周囲との比較」のお話

saita

ぼくが無意識にやっていた「周囲との比較」のお話

家事シェア研究家の三木智有です。あなたはわが子に対して「うちの子は他の子に比べてすごい!」と言ったこと、ないでしょうか。無意識のうちに誰かと「比較」して良し悪しを判断しているかもしれません。

「あの子はあんなにハキハキお返事もできてすごいなぁ」
「なんで、年下の子でさえできることができないのかな」

公園で遊んでいても、学校に入っても。
周りにいる子どもとわが子を比べてしまうことがあるかもしれません。

上手に鉄棒をくるくる回る子もいれば、小さい頃から英語をキレイに話せる子もいるし、まだ習っていない計算をすらすらできる子だっています。

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「あの子はすごいな」と思いながら「いや、鉄棒はできないけどうちの子が誰にも負けないことは」と、違うジャンルで勝負をしようとしてしまうことも。

親なら一度や二度は、そんな考えが頭をよぎったこともあるでしょう。
「他の子と比べても仕方がない」「他の子と比べたりなんかしないほうがいい」と思っていても、比較して誇らしくなったり、悔しくなったりするかもしれません。

子どもは「すごいね」に「それに比べて自分は」を含まない

娘がまだ幼稚園に通っていたころのことです。
娘が「〇〇ちゃんは野菜が大好きなんだって!」と言ってきました。
一方で娘は野菜が嫌い。だからなのか、ぼくも毎日のお弁当や晩ごはんを作る中で「どうにかして、娘に野菜を食べさせたい」と思っていた気持ちが出てしまいました。

「え? 〇〇ちゃんはほうれん草も食べられるの?」「うん」「きゅうりも?」「うん」「トマトも食べられるの?」「うん」「はぁ〜、すごいねぇ。(娘)ちゃんはほうれん草食べられたっけ?」「食べれない」「きゅうりも? トマトも?」「食べれない」「〇〇ちゃんは食べられるのにねぇ」

と、つい冗談めかしながらも責めるような会話をしてしまったとき。

「〇〇ちゃんは〇〇ちゃん!わたしはお野菜嫌い!」とぷりぷり怒られてしまいました。

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このときに、娘の野菜嫌いにもどかしさを感じていた気持ちが、「比較する」という最低な形で出てしまったと大いに反省したのです。

娘は、ただ野菜が好きなお友達がいる、という話をしたかっただけで、それに比べて自分は食べられないなんて悲観は一切ありませんでした。なのに、わざわざ比較して悲観させてしまっていたのは親のぼくだったのです。

わざわざ誰かと比べて得る優越感なんて無意味

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悲観だけじゃありません。誰かと比べて、わが子はすごいと優越感を感じることもあるかもしれません。その誇らしい気持ちは、そっと自分の胸に収めておくか、夫婦で目一杯わが子自慢を楽しむに留めておけばいいと思うのです。(夫婦でするわが子自慢ほど楽しい子育て時間はありません(笑))

もちろん、大っぴらにママ友やパパ友に自慢するなんてことはないでしょうが、子どもにも、
「〇〇ちゃんは手を挙げられなくて泣いちゃってたけど、君は手を挙げてすごかったね」「〇〇ちゃんよりもテストの点数高かったなんてすごいね」と褒めるときに誰かと比べるような枕詞をつける必要はないよねと思います。
比較するというのは「勝負の土俵に乗せる」ことです。

人生には勝負をしなくてはならないシーンもたくさん出てきます。でも、のびのびと楽しく身体を動かすことを知ったり、学ぶことの楽しさを経験する幼少期に、親の見栄で子どもを「勝負の土俵」に乗せることにどれだけの意味があるのでしょうか。

子どもは「親のステータス」ではない

子どもの失敗を見つけては「親失格だ」と悲しい気持ちになったり。
逆に、突出した能力を持った子を持つ親に対して「親の鏡」と讃えたり。

そのどちらも、辛いだろうなと思うのです。
子どもは親のステータスではありません。親であればわが子の成功と幸せを願うのは当然ですが、子どもの人生は親の人生とは別物です。

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子どもの失敗が、あたかも自分の失敗であるかのように感じたり。
子どもの成功が、あたかも自分の成功であるかのように感じることは、もしかしたらおこがましいことなのかもしれません。

そう思うと。
子どもを比較するというのは、子ども自身を追い込むことになるだけでなく、自分自身も苦しくなるのかもしれません。

無理やり親が焚き付けなくても、子どもはそのうち自分でちゃんとライバルを見つけて「負けたくない」とがんばるようになります。そうした自発的な競争心は、自分にとってとてもいい刺激になるのではないかと思うのです。

他の子どもと比べないで、その子の昔と今を観察する

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他の子と比べて一喜一憂するよりも。
その子自身の、昔と今を観察することが大切ではないでしょうか。
「前はきゅうり食べられなかったのに、食べられるようになってきたね」
「去年より、走るの早くなったね」

わが子の「今」をちゃんと観察し続けることで、もっともっと伝えてあげられる日々の成長が見つかるかもしれません。

三木智有/家事シェア研究家

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