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桂吉弥が噺家生活30周年を迎えて直面した危機感、上方落語への入門者減少に「伝え方と切り取り方が大事、落語はもっと遊べるはず」

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桂吉弥 撮影=高村直希

現在の上方落語を代表する噺家であり、在阪局のテレビ番組、ラジオ番組のレギュラーも多数抱える売れっ子・桂吉弥。そんな吉弥が噺家生活三十周年『桂吉弥独演会』を、5月12日(日)のサンケイホールブリーゼを皮切りに全国30ヶ所で開催する。同独演会では、30周年にちなんで30演目を用意し、来場者の投票で演じる3席を決定する。演目には「青菜」「崇徳院」「ちりとてちん」などがリストアップされている。そんな吉弥に、今回の独演会への意気込みや、現在の落語界について思うことなどについて話を訊いた。

桂吉弥

――2月25日に53歳を迎えた吉弥さんですが、2023年の52歳になったときのnoteでは、2005年に亡くなられた師匠・桂吉朝さん(享年50歳)のお名前を綴り「52歳になって、師匠からちょっと離れてみよ、もう師匠やったら、、という思考に囚われすぎず、考えてみよ」と“師匠離れ”を宣言していましたね。

たしかに52歳は、師匠のことを考える回数自体は減ったかもしれません。自分でなんとかやろうというか、自分で考えようというか。でもそんな偉そうなことを言いながら、やっぱり落語家は先人の気持ちに触れることが大事なんです。今回の『噺家生活三十周年』をおこなうにあたっても、気づけば(桂)二葉さんのお師匠さんである桂米二師匠のところへお稽古に行ったり、立川談春さんからアドバイスをいただいたりしました。なにより、弟子が師匠をこえることなんてないと思っているんです。亡くなった方々は特に、良い落語音源がたくさん残っていて、それを聴くと「かなわんなあ」と。美化されているところもあるでしょうけど、それでも抜かすどころか追いつけず、どんどん離れていく感じがします。

――吉朝さんが亡くなられた年齢をこえたのに、長く続ければ続けるほど師匠の背中が遠のくというのはおもしろい感覚ですね。

師匠を追いかけるのは不毛ですし、なにをやっても届かない。だからそうやって誰かを追いかけることよりも、今回の『噺家生活三十周年』であれば、来てくださるお客さんと一緒に良いものを作るのが今の自分にできること。ライブ感を重視していきたくて、そのための一つとして演目はその場のリクエスト制にしています。

桂吉弥

――どんな物事でも長く続けるとルーティンやマンネリが生まれます。ライブ感という言葉には、自分で自分にどのように刺激を与えるかの“意味”が込められている気がします。

それはすごくありますね。なにかをなぞるとか、慣れるとかは落語で絶対にやったらあかんこと。若手の頃から、桂米朝師匠、桂枝雀師匠、桂ざこば師匠、桂南光師匠など、いろんな方からそれを教わり続けました。「同じ感じでやって、同じ感じでウケるのは絶対にアカン」と。「吉弥の「ちりとてちん」を観たことがある」という方がいらっしゃったとしても、その方が吉弥の「ちりとてちん」を初めて聴いたようになってもらなわければならない。噺のなかに腐った豆腐が出てくることを初めて知り、「臭っ!」という反応も初体験に感じてもらわなければいけないんです。だから「この顔は前、ウケたな。じゃあ同じようにしよう」はダメ。自分にとっても腐った豆腐を初めて目の前にして「うわっ」とならなければならない。もしかするとその日の豆腐は臭くないかもしれない。長く続けてきたことで再現性は身についている。しかしそれに甘んじると、落語は途端におもしろくなくなるのです。

――だからこそ落語はずっと受け継がれていくんですよね。同じ噺でもウケ方は日によって違う。ちなみに吉弥さんは30年のなかで「これはウケたな」と実感したことはありますか。

それがあまり記憶にないんです。「満足したらあかん」「これでええと思うな」を心がけているからかもしれませんけど。逆に学生時代にお客として聴いたり、師匠のみなさんの落語を袖で聴いたりしているときの方が「ウケてるなあ」と思います。自分が若手のときに聴いた、枝雀師匠、米朝師匠の落語はほんまに「ドーン!」という笑い声でサンケイホールが揺れたのを覚えています。あれ以上はないですね。

桂吉弥

――ただどの世界も新旧交代はつきものです。落語界でも新たなスターがどんどん出てきていますね。もちろん吉弥さんもそのなかのお一人で。

ただ落語界は今、入門者がどんどん減っているんです。2023年の上方落語の入門者は、1年間でたった二人。その前年も二人。いくら「落語界をもっと素敵なものにしたい」と考えたとしても、その魅力を伝える落語家の数が減っているとそれができなくなる。一時期は「こんなに数はいらんやろう」というくらい噺家がいたんですけど、コロナ禍を境に変わってしまいました。僕らの世代は、今の落語界でも特に前に出ていろいろやっている側やから、「自分らのやることが若い人たちに届いてないんかな」と危機感があります。

――しかし一方で『週刊少年ジャンプ』で連載中の漫画『あかね噺』(原作:末永裕樹、作画:馬上鷹将)が話題にもなっています。若い人にとって落語は決して遠い存在ではない気がします。

僕も出演させてもらった連続テレビ小説『ちりとてちん』(2007年/NHK)が放送されたときも、上方落語に出会った女性の物語とあって、それまで少なかった女性噺家が増えました。さらにその前はドラマ『タイガー&ドラゴン』(2005年/TBS系)の影響で多数の入門者がいました。振り返ってみたら自分らも深夜ラジオを聴いていた学生時代、笑福亭鶴瓶さん、明石家さんまさん、桂枝雀師匠、笑福亭仁鶴師匠、笑福亭鶴光​師匠など落語家さんがメディアにたくさん出ていて、それに影響を受けていました。『あかね噺』も若者に訴えかける漫画として影響力がすごく大きいし、そうやっていろんなコンテンツを使って噺家というものをアピールしていかなあかんなと。

桂吉弥

――それこそSpotifyなどで落語を聞く人が増えたりもしていますよね。TikTokなんかでも落語がもっとクローズアップされるかもしれません。新しいコンテンツと伝統芸能の融合がさらに進めば……と。

うちの息子が先日、『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)のオードリーさんのイベントを観るために東京ドームへ行ってきよったんです。「どうやった?」と聞いたら、春日さんとフワちゃんがプロレスしたり、若林さんと星野源さんが歌ったり特別な企画もありましたが、基本的には東京ドームのイベントであってもラジオでやっていることと良い意味で変わりがなかったと。でも、そういうことなんやなって。だからイベントが埋まって、さらにライブビューイングのチケットも売れる。つまり伝え方と切り取り方なんです。そういう部分でも、落語も、落語家も、もっといろいろ遊べるんちゃうかな。これまでとはまた違う魅力が発見されるように、自分もお役に立てたら良いなと。

――『噺家生活三十周年』という大きなイベントを終えても、やらなければならないことはまだまだ多そうですね。

だからこそ『噺家生活三十周年』はすごく重要やと思っています。落語は実際に生で観てもらうためのハードルが高い。そういう状況下、ただただ演目を提示して「観てください」は今回に関しては違う気がするんです。お客さんにも一緒に落語を体感してもらう、まさにライブ感。そのために演目をその場で3つ選んでもらって、やる。ひょっとしたら、今回の演目リストにはないけど「「愛宕山」をやってくれ」と言われて演じる状況になるかもしれませんし。

――あらためて、吉弥さんはどんな噺家になりたいですか。

なんやろうなあ。やっぱり「大阪で落語と言えば吉弥」と言われることが理想かな。昔は「大阪の落語家は米朝さん」でしたよね。東京なら古今亭志ん生師匠、『笑点』(日本テレビ系)なら5代目三遊亭圓楽師匠、柳家小三治師匠、立川談志師匠などがいらっしゃいました。「何々と言えばこの人」というふうに、いつか「大阪やったら吉弥の落語を聴けばええやん」と認知してもらえる落語家を目指したいです。ただ、うちの師匠が生きていたらずっと「もっと稽古せえよ」「お前、まだあの一段目が間違ってる」とか言ってくるだろうし、その意味では今は立川談春さんがそういうことを言ってくださるので、まだまだ「自分はようやってるな」とはなりませんね。

桂吉弥

取材・文=田辺ユウキ 撮影=高村直希

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