Yahoo! JAPAN

昭和44年NHK紅白に、寺山修司の劇団「天井桟敷」から躍り出たカルメン・マキの「時には母のない子のように」は黒人霊歌がルーツだった

コモレバWEB

昭和44年NHK紅白に、寺山修司の劇団「天井桟敷」から躍り出たカルメン・マキの「時には母のない子のように」は黒人霊歌がルーツだった

 
 コモレバWEBマガジンの編集部の方々と、1969年(昭和44)12月31日の「第20回NHK紅白歌合戦」の再放送が話題になった。放送100年というくくりの中の特番と理解しているが、なぜ第20回が選択されたのか。憶測だが、リマスター版にしても他の年の録画状態がよくなかった、ヒット曲が多い年だった、新人スターが続出した、初出場の歌い手が多かった等々いろいろと理由があるのだろう。総じて言えば、「昭和歌謡の黄金時代」を最もあらわした紅白といえるのだろうと互いに合点した。

 初出場組を出場順にすると、いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」、カルメン・マキ「時には母のない子のように」、奥村チヨ「恋泥棒」、ザ・キングストーンズ「グッド・ナイト・ベイビー」、由紀さおり「夜明けのスキャット」、森山良子「禁じられた恋」、佐川満男「今は幸せかい」、高田恭子「みんな夢の中」、内山田洋とクールファイブ「長崎は今日も雨だった」といった面々。司会をつとめた紅組の伊東ゆかり、白組の坂本九ももちろん歌唱した。当時の歌謡界を牽引していた美空ひばりはもとより歌謡界のビッグスターが勢揃いした年だった。まだロックやポップス系の歌手は少なく、といって演歌ばかりでもなくまさに歌謡曲隆盛の時代。

 自らの昭和44年を想起しながら、再放送の白黒の映像を凝視していると懐かしさの中にも、思いがけない発見がある。紅白の出場歌手たちはステージに設えられた階段に腰掛けて、先発組を応援し拍手しながら自分の出番を待っている。出場2回目の森進一は俯き加減で神妙だし、隣に座るやはり2回目の美川憲一もニコリともせず顔がこわばっているように見えた。紅組の中でも、借りてきた猫のように小さく膝を抱えるようにして座っているカルメン・マキと森山良子がいた。マキは、「時には母のない子のように」を歌唱する楽曲の題名そのものの佇まいだった。

 
 ところで、「Sometimes I Feel like A Motherless Child」(時には母のない子のように)は、アメリカで生まれた黒人霊歌である。寺山修司は、この哀しい黒人霊歌からインスピレーションを得て、「時には母のない子のように」を作詞したといわれている。アフリカからアメリカへ、親元から引き離されて連れられてきたが、もう二度と母の元には帰れない過酷な運命を悲しむ黒人労働者たちの魂の歌なのである。霊歌とはこの世での苦役を終えていつかは主イエスの御許に、という祈りである。この黒人霊歌は、ルイ・アームストロングがカバーしているし、ジャズのスタンダード・ナンバーの「セントルイス・ブルース」や「サマータイム」のメロディのルーツにもなっている。ボクにとっては、日本の「時には母のない子のように」のタイトルほうが先行したような気がしていて、「Sometimes I Feel like A Motherless Child」が後から追っかけてきたように感じている。

 当時、発売されたばかりの「時には母のない子のように」は、7インチのEPレコードのシングル盤で中心孔はドーナツ盤と同じではなかった。購入してからちょっと慌てた記憶がある。それはともかく、この哀しいフォークソング調の楽曲を、二十歳のぼくは擦り切れるようになるまで聴いていた。ジャケット代わりのペラの用紙に楽譜と歌詞が印刷され、バックに刷り込まれた、浜辺に立っているうつむき加減のカルメン・マキに惹かれた。歌詞とは別に、添え書きもあった。

 マキには故郷がない
 マキは海からやって来た
 一七才の野性の天使であり、詩を書く少女であり
 「天井桟敷」のアイドルでもある
 誰もマキの本名を知らない
       寺山修司

 
 作詞者の寺山修司の直筆のサインが付されていた。詩人・寺山による広告文案といってもいいのか、この5行詩から受けたイメージからいよいよ彼女は謎めいて、ボクの慕う気持ちをあおっていた。一緒に口ずさみながら、何度涙をながしたことか。

 ほとんどテレビでも見たこともないマキが、いくらレコードが売れたって紅白に出場できる柄じゃないないだろう、と思い込んでいたが、東京宝塚劇場の華やかなステージに立っている。人気芸人の藤田まこととなべおさみのお笑いの応援コントの後、ステージが暗転してスポットライトが当たるようにカルメン・マキが映し出される。佐良直美と森山良子のギターのつま弾きの前奏が哀しい。会場全体が重々しく静まりかえった。やがてアップに映し出されたマキは、驚いたことに堂々としている。肩までかかる縮れたロングヘア、濃いアイシャドーが妖艶さ増している。これが紅白初出場の17歳か、と、当時は誰も驚愕したことだろう。重い旋律に沿ったややかすれた声は、この年の2月21日にリリースされ歌手デビューしたとは思えない歌唱力。すでに大ヒットしているにも関わらず、投げやりな歌い方だ、やる気がないのか? と批判もあった。だがそれがカルメン・マキ流だった。会場は否が応でも静まり返り、マキの歌声を聴き入っている。後に、「寺山修司さんの作詞で、田中未知さんの作曲、素晴らしいこの楽曲をどう歌うか、私には大問題だった。もっとうまく歌唱する人は他にたくさんいるし、私は歌の基礎もない。うまくないんですよ。それで自分流の歌い方にするしかなかった」と告白している。自分流といえば、総合司会の宮田輝は、「お振袖やミニやパンタロンなど女性陣の衣装を見る楽しみもある紅白のステージですが、ジーパンが衣装になる時代が来たんですね」と時代の変化をそれとなく語っているが、そのステージでマキは裸足だったことも付け加えておこう。劇団「天井桟敷」に入団してまだ2年も経っていない少女が、反体制、反商業主義的アングラ劇団の臭いをまとっていたことは間違いないだろう。

 
 父はアメリカ人で、マキが生まれて間もなく帰国するが、母は病を得ていたため日本に残り母方の祖父母の下で育っている。香蘭女学校高校2年生で中退し、いずれはイラストレーターか役者になろうという希望はあった。だが、当てもないまま渋谷や新宿のディスコをうろつくお定まりのような不良生活。そんなぎりぎりに危うい少女は、寺山修司が主宰する劇団「天井桟敷」に出合って天啓のように入団する。わずか5カ月後の初舞台は新宿厚生年金会館。題名は「書を捨てよ、町へ出よう」といういわば家出がテーマの演劇だった。家出少女のようなマキにとってもってこいだったのかもしれない。

 歌手への道はその舞台がきっかけになった。出来たばかりのCBSソニーのディレクターの目に留まったのである。それからは、「ジェットコースターに乗った気分」で、わけも分からない大変化の日々。翌年、レコードデビューを果たし、紅白出場という激変人生を、わずか1年あまりの間に17歳の少女が辿っている。「時には母のない子のように」は累計100万枚を売り上げるミリオンセラーを記録。その後もしばらく寺山修司の下で、フォークソング・ブームに乗って個性派歌手としてアングラフォークと呼ばれる活動をするが、やがてジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ボブ・ディランらに刺激され、ロックに転向してゆく。フォークファンとしては残念だったが、マキの自分流のロック音楽は、1975年発売の「カルメン・マキ&OZ」というアルバムの高い評価につながった。

 カルメン・マキを名乗って55年をすでに超えた。〈マキ〉は、1993年に帰化するまでの本名〈マキ・アネット・ラブレイス〉からで、カルメンはある日突然浮かんだインスピレーションだったという。歌手生活も同じように年月を経ているが、いまでも、マキ流のライブ・ツアー・ミュージシャンとして活発だと聞く。ミリオンセラーの楽曲を背負いながら、芸能界の縛りが嫌いだった彼女そのままに、野性的で自由奔放な活動をしているに違いない。だが、時に演歌に涙するほぼ同世代のボクにとっては、今や遠い世界にいる母のない子になってしまったが。ボクもマキの本名を知らない。

文:村澤 次郎 イラスト:山﨑 杉夫

*参考文献 『フォークソング されどわれらが日々』(文藝春秋刊)

【関連記事】

おすすめの記事

新着記事

  1. 最後の一口まで濃厚かつ贅沢な味わい ファミマ先行「ブリュレアイスバー」食べてみた

    おたくま経済新聞
  2. セント・ヘレナの「スポッツウッド」が40回目の記念ヴィンテージをお披露目

    ワイン王国
  3. スヌーピーが大きな口を開けたパンケーキ、名古屋・大阪に上陸! ピーナッツカフェ2店舗にて特別キャンペーン実施

    SPICE
  4. 神戸のあいな里山公園でオーガニックのお祭り!旬の野菜が並ぶマルシェやトークショーも 神戸市

    Kiss PRESS
  5. 居ながらにして、イタリア・トスカーナの食・文化・ライフスタイルに触れる「Viva Italia!―マニフレックスと楽しむイタリア」が発信!

    コモレバWEB
  6. 喜ばれること間違いなし♡ 京都駅で買えるお土産30選【京都市下京区】

    きょうとくらす
  7. 『SUMMER SONIC 2025』ザ・プロディジー、カミラ・カベロ、aespa、ちゃんみなら第2弾出演アーティストを発表

    SPICE
  8. 京都の冬の風物詩『蒸し寿司』!京寿司の名店「阿津満(あづま)」

    キョウトピ
  9. 『洗濯物にオシッコしたのは誰?』3匹の犬に聞いてみたら…思った以上にわかりやすい『顔に出すぎている光景』が52万再生「素直」「最高w」

    わんちゃんホンポ
  10. <非常識な義妹>朝から晩まで一日中はムリ!クチだけ夫は頼りにならず「ウンザリです」【まんが】

    ママスタセレクト