【INTERVIEW】法律事務所勤務を経て映画館経営!ミニシアターの閉館相次ぐ中で「シネマリス」を開業した稲田良子さんの〈挑戦〉
ミニシアターの草分け的存在とも言うべき「岩波ホール」は、2022年7月29日をもって閉館、映画ファンに愛された名画座「ギンレイホール」も2022年11月27日をもって閉館した。「シネスイッチ銀座」も2026年10月25日に閉館することが発表された。ミニシアターが姿を消していく中、抗うように2025年12月19日、東京・神保町に「シネマリス」が誕生した。支配人は長年大手法律事務所に勤めていた稲田良子さん。自ら物件探しから始めた手作りのミニシアターである。
◆人生の第二ラウンド、劇場の主への転身
─ 「シネマリス」の開業は、稲田さんにとって大きな挑戦だったとお察しします。ミニシアターを開業されるに至った経緯を教えてください。
稲田 約30年勤めた法律事務所で弁護士の秘書業務、管理職になってからは後輩の育成などやり切ったという気持ちと、これからの人生、何か新しいことにチャレンジしたいという思いが交錯していました。そんなとき、「岩波ホール」や「ギンレイホール」が閉館してしまうという映画ファンの私には悲しい出来事が重なりました。同時に個人で映画館を運営している人の存在も知り、「映画館をつくりたい」という思いが湧いてきたのです。もし老舗の映画館がそのまま続いていたら、自分で映画館をつくろうなんて考えなかったかもしれません。とはいっても「映画館をつくる」なんて、普通に考えたら無謀なことです。職場の仲間たちには目途がついたら伝えようと先のことは話しませんでした。
─ 映画関係者や映画館の経営者は稲田さんの挑戦に驚かれたでしょうね。
稲田 墨田区菊川にある「Stranger(ストレンジャー)」を立ち上げた岡村忠征さんに最初にお話を伺いに行きました。「ストレンジャー」は、1スクリーンですが、カフェが充実したお洒落な造りです。元ギンレイホールのスタッフで、現在当館副支配人の藤永とも、映画館関係者にお話しを伺うなかで知り合いました。本当に映画と映画館が好きで、純粋に映画館ができることを喜んでくれて、だったら一緒にやって頂けませんかということになったのです。ストレンジャーの岡村さんからは、この分野についてはここに聞くと良い、金額はこのくらい掛かるといった具体的なアドバイスも頂きました。
─ まずは物件探しから始めたわけですね。
稲田 物件としては天井が高いことが絶対条件です。駅の乗降客数、近辺に映画館があるかなど、リサーチを重ねさらに自分が行きたくなる場所かということも大きな決め手でした。閉館したギンレイホール跡を見た足で、ふらっと神楽坂の不動産屋さんに入ると「映画館が作れる物件」は、珍しい注文だったようですが、その紹介でオーナーの美意識が詰まっている今のビルにたどり着きました。中央が吹き抜けで、春は桜の花びらも散る、らせん階段があり、ワクワク感が詰まったビルでした。物件は映画館を作ろうと決意してから半年くらいで見つかったのですが、検証に長く時間がかかりました。2024年6月に法律事務所を退職し、7月に会社を設立し契約することができました。
─ オープンまでの道のりも困難なことが多かったのでは。
稲田 映画館には興行法や消防法等の法律に則った厳しい基準を満たさなければなりません。興行法により劇場面積に応じてトイレの数も決まってきます。例えばですが、途中で消防法に合わせた改修が必要になると、その部分の設計変更について他の許認可は影響を受けるのか、等確認するべきことも多く時間がかかりました。配給会社とも早くコンタクトを取らなければと焦るばかり。一社ずつHPからお問い合わせをしていたところ、ある配給会社の方が「それは大変でしょう」と親身になって下さり、配給会社の仲間を集めて引き合わせて下さいました。それが24年11月のことです。25年初春のオープンを目指しましたが、それが春にずれ込み夏になり、結局12月19日のオープンにやっとのことで漕ぎつけました。25年5月にクラウドファンティングで資金を募ると、目標額の約3倍の資金が集まったのですが、オープンできなければ詐欺になってしまいますので気が気ではありませんでした(笑)。
◆オープンから8ヶ月、劇場オーナーとしての喜びと課題
─ 「シネマリス」のネーミングはどんなところからきているのですか。
稲田 「シネマ○○」にしようと考えながら、名前の中に動物がいたらキャラクターとして使えるので、「リス」をキャラクターに考えたことと、「シネ+マリス(CineMalice)」とするとマリスは英語で「悪意」ですが、フランス語だと「茶目っ気、いたずら」という意味もありちょうど良いと思いました。らせん階段を下りてくると、まずリスをかたどったロゴマークが出迎え、日常から非日常の世界へいざないます。
─ 「シネマリス」の特徴をどのように出していきますか。
稲田 いろいろな方からのアドバイスで、2スクリーン制にした方がいいよと言われました。それぞれ67席、64席の2スクリーン制で、椅子は、2024年3月に閉館した仙台のミニシアター「チネ・ラヴィータ」他からいただいたものです。ゆったりしていて座り心地がいいと評判です。
2スクリーンを利用して、旧作や名作を上映する「名画座」の要素、新作を上映する封切館の要素をあわせ持つ映画館でありたいです。よく通ったギンレイホールに倣って、お得なサブスク会員制度を作りました。会員には年会費をいただいて、準新作・旧作が年間約50作品見放題になるシステムで、対象の作品は「シアター2」で1日2回ずつ上映されます。対象外の作品も会員の方はお得な会員価格でご覧頂けます。もちろん会員にならなくても全ての作品がご覧頂けます。今は新作がすぐ配信になってしまうので、準新作のセレクションとして、新作と関連付けた作品をセレクションする等工夫しています。
さらに映画を作る人を映画館として応援したい思いもあり、インディペンデントの枠も作っています。先日スタッフの一人が、「第48回ぴあフィルムフェスティバル」の入選作品に選ばれました。シネマリス出身の映画監督として大成してくれたら、この上ない喜びです。
─ 映画好きな稲田さんの人生を変えた作品はありますか。
稲田 1作を選ぶのは難しいですが、渋谷の「シネマライズ」で上映された、レスリー・チャンの『ブエノスアイレス』(1997)でしょうか。当時は予約システムがなく、レスリー・チャンのファンだった私は、一番に観ようと始発電車に乗って出かけましたが、劇場に行くと既に並んでいる人がいて、行列の前後の人とお友達になり、今でも交友が続いています。
─ オープンしてみて、映画ファンとしての理想と現実はいかがですか。映画三昧の夢がかなったのではないですか。
稲田 スクリーンで多くの人に映画を見て欲しいと思って始めたのですが、自分が映画館で映画を観る機会は減りました(笑)。コロナ禍の時期から配給の試写はオンラインが主流になったそうで、どんな映画を上映しようか選ぶにあたっても、私自身はパソコンで観ています。ときどきお客さんに交じって一番後ろから観ることがあるのですが、お客様の後ろ姿越しにスクリーンを観るのは、とても幸せな気持ちです。もっと映画に集中したいけれど、現状は他の雑務もたくさんあって、なかなか難しいです。
─ 観客としての立場と、ホール側になって景色は変わりましたか。
稲田 映画を観る時間は減ったのですが、劇場の狭い事務所の中では上映している作品の音声が常に聞こえています。素晴らしい音楽や台詞が聞こえてくると、観ることができなくても映画館はいいなとつくづく思います。私自身は映画ファンの一人だという意識は変わりませんが、先日は『Piccola felicita’(ピッコラ・フェリチタ)~小さな幸せ~』の上映にあたっては俳優の水谷豊さん、開業間もない頃に『殺し屋1』では浅野信忠さんが舞台挨拶に来てくださいました。ほかにも多くの監督や映画関係者の方が登壇してくださり、皆さんミニシアターを応援してくださっていることを実感しました。先にお話しした「お客様越しのスクリーン」と合わせて、初めて知った「ホール側の景色」ではないかと思います。
─ ミニシアターの先駆けでもある岩波ホール支配人の高野悦子さんの選ぶ映画なら見ておかなければ…という映画ファンが多かったです。稲田支配人も高野さんのようにカリスマになってください。
稲田 カリスマはちょっと…(笑)。せっかく神保町の地に開業しましたので、大変おこがましいですが、ちょっぴりでも岩波ホールのエッセンスは受け継げたらと思います。ただ、昔に比べ映画の数が増えましたから、その中からキュレーションするとなると私たちの能力が問われます。「シネマリス」のファン、そしてサブスク会員になってもらうには、まずどんな作品を上映するか、鑑識眼のある映画ファンの満足を得るべく試行錯誤していきたいと思います。
─ 今後の上映作品やスタッフへの思いは。
稲田 上映作品は翌々月くらいまで決まっています。作品が決まってすぐに上映になると宣伝の時間が足りませんからその点も改善のポイントです。映画館を始めてわかったのは、映画館はお休みがありません。朝8時から23時ころまで上映。新作の素材チェックはそれ以後ですから朝までかかってしまいます。映画が好きだというスタッフに甘えてばかりではいけません。これまで多くの方々のおかげでここまで来ることができました。覚悟はしていたものの、目まぐるしい毎日ですが充実しています。(笑)
いなだりょうこ
大学卒業後、30年余り大手法律事務所に勤務。2024年6月退職。準備期間を経て2025年12月「シネマリス」を開業。支配人。
シネマリス
【住所】東京都千代田区神田小川町3-14-3 ilusa地下1階
【お問い合わせ】03-6803-3214
【HP】https://cinemalice.theater/