【藤元明緒監督に聞く】映画『LOST LAND/ロストランド』制作秘話―何気ない遊びに込めた演出意図とは?
2026年4月24日公開の映画『LOST LAND/ロストランド』。
本作は、“世界で最も迫害されている民族の一つ”とされるロヒンギャ難民総勢200名が出演する、世界初の長編映画です。故郷を追われた当事者である彼らの声と眼差しは、演技未経験とは思えないほどの圧倒的なリアリティを作品にもたらしています。
監督・脚本を手がけたのは、『僕の帰る場所』『海辺の彼女たち』の藤元明緒さん。実話をもとに、過酷な現実と幻想的な表現が交錯するなかで、難民たちの苛烈な旅路を鮮烈に描き出します。
本作の公開を記念し、藤元明緒監督へのインタビューを実施しました。映画制作の経緯をはじめ、演技未経験とは思えない存在感を見せた姉弟役のキャスティング背景、印象的な遊びのシーンにまつわる撮影秘話など、貴重なお話を伺いました。
※インタビュー取材の模様を撮影した動画コンテンツをYouTubeのciatr/1Screenチャンネルで公開中!
映画『LOST LAND/ロストランド』作品概要
故郷を追われた難民の幼い姉弟が、家族との再会を願い、命懸けで国境を越えていく──。
世界三大映画祭の一つ、第82回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門において、日本人監督として初めて審査員特別賞を受賞した本作は、その後も各国の映画祭で次々と栄誉に輝いている。
“世界で最も迫害されている民族の一つ”といわれるロヒンギャ難民たちが総勢200名出演する長編映画は、世界初。故郷を追われた実際の当事者である彼らの声と眼差しは、演技未経験でありながら、作品に圧倒的なリアリティと強度をもたらしている。
監督・脚本を手がけたのは、移民の物語を描いた『僕の帰る場所』(2017)、『海辺の彼女たち』(2020)で、大島渚賞、新藤兼人賞を受賞し、国内外で高い注目を集める藤元明緒。実話をもとに、息を呑むような過酷な現実と幻想的な表現が交錯する世界観のなかで、難民たちの過酷な旅路を鮮烈に映し出す。
さらに、予告編のナレーションは、本作に深く感銘を受けた俳優・河合優実が担当している。
『LOST LAND/ロストランド』あらすじ
難民キャンプで暮らす5歳のシャフィと、9歳の姉ソミーラ。幼い姉弟は、離れ離れになった家族との再会を願い、叔母とともに遠く離れたマレーシアを目指す。だが、パスポートを持つことのできない彼らに許された道は、密航業者に導かれ、漁船に身を委ねる危険な密航ルートだけだった。
自然の猛威、人身売買の脅威、そして行く手を阻む幾多の過酷な試練。それでも姉弟は、小さな身体に生きる希望を抱きながら、過酷な旅路を懸命に進んでいく。
ロヒンギャとは
映画に登場するのは、東南アジアの国ミャンマー出身の大半がイスラム教徒である少数民族のロヒンギャ。国籍の剥奪や大規模な虐殺など、長い歴史の中で迫害を受け続けてきた多くのロヒンギャたちは故郷を離れ、隣国バングラデシュに避難し、難民キャンプで生活している。しかし、正式に難民として受け入れられることはなく、新たな住処を求めて国境を越える危険な密航を余儀なくされる人々が今も後を絶たない。
藤元明緒監督プロフィール
1988年大阪府生まれ。ビジュアルアーツ専門学校大阪で映画制作を学ぶ。在日ミャンマー人家族を描いた初長編『僕の帰る場所』(2018年)が、第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門で作品賞および国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞。
2021年には、ベトナム人技能実習生を描いた長編第2作『海辺の彼女たち』(日本・ベトナム国際共同製作)を公開。同作はPFF第3回「大島渚賞」、2021年度「新藤兼人賞」金賞、第13回TAMA映画賞最優秀新進監督賞、第31回日本映画批評家大賞新人監督賞などを受賞した。
主にミャンマーをはじめとするアジアを舞台に、国際共同製作による映画制作を継続している。
【制作経緯】今こそ、沈黙するのではなくロヒンギャの物語を発信したい
Q. 本作が立ち上がった経緯と、ロヒンギャをテーマに映画を制作しようと思われたきっかけをお聞かせください
藤元監督
もともと10年以上、ミャンマーで仕事をしたり、映画を作ったりしてきました。その中で、ロヒンギャの人々が置かれている迫害や差別の状況については、ずっと耳にしていて。実際に、ロヒンギャを描こうと考えたこともこれまで何度もありました。
ただ、ミャンマー国内ではロヒンギャという存在自体がタブー視されていて、撮ることも、描くことも非常に難しい状況でなかなか実現できないまま時間が過ぎていきました。
そんな中で、「長編3本目をどうするか」と考えていたタイミングで、2021年のクーデターが起きました。それ以降、自分自身もミャンマーに対する支援活動や発信をするようになったのですが、ふと振り返ったときに、「なぜこれまでロヒンギャの問題に対して声を挙げてこなかったのか」と考えてしまったんです。
さまざまな出来事に対して声を挙げてきた一方で、ロヒンギャの問題に対しては沈黙していた。そのことに、強い罪悪感のようなものが湧いてきました。
だからこそ、今こそ沈黙するのではなく、映画を通して彼らの物語を伝えていきたい。その思いが強く、自分の中から湧き上がってきたことが、本作の出発点になりました。
【脚本作り】 遠い世界の話ではなく、自分たちと地続きの物語を描きたい
Q. 企画段階で一番苦労されたポイントをお聞かせください。
藤元監督
ロヒンギャの人々の存在や状況については以前から知っていましたが、実際にお会いしたことはありませんでした。そのため、どのように話を聞き、関係性を築いていくのかという点は、自分の中で大きなハードルになっていました。
ただ、実際に「はじめまして」とメールを送って連絡を取ってみると、皆さんがとても温かく受け入れてくださって、さまざまなお話を聞かせていただけました。
そのことは、本当に嬉しかったですし、作品を作っていくうえで大きな支えになりました。
Q. 現実世界の社会的テーマを物語に落とし込むうえで、意識された点についてお聞かせください。
藤元監督
企画の立ち上げは、いつも本当に自分の半径5メートル以内にある、身近な出来事から発想することが多いです。そこから徐々に社会全体へと視野を広げていき、取材や脚本作りを重ねながら、テーマを深めていきます。
ただ、最終的にはもう一度、個人のレベルに立ち返ることを大切にしています。社会的なメッセージを前面に出すというよりも、出演している一人ひとりの物語として成立させたいという思いが強い。そのため、脚本を仕上げていく過程では、社会性と個人の物語のバランスを見極めながら、丁寧に整えていくようにしています。
Q. 本作では、冒頭シーンからロードムービーの構成になっていますが、その背景についてお聞かせください。
藤元監督
今回の物語は、登場人物たちが安全な場所を求めて、新たな居場所を探すために国境を越えていくストーリーになっています。ただ単に目的地に向かって旅をするというロードムービー的な構造にとどめるのではなく、その旅の先が、日本に住む人にとっても、あるいはどの国の人にとっても、自分たちの生活と地続きに感じられるものになってほしいという思いがありました。
つまり、“遠いどこかの話”ではなく、“自分たちの足元につながってくる旅”として描きたかった。そうしたコンセプトを軸に、「ロストランド」のストーリーを組み立てていきました。
脚本に関しては、約1年ほどかけて、さまざまなロヒンギャの方々にお話を伺いました。そこから見えてきた共通する体験や感覚を丁寧にすくい上げ、ひとつの物語として集約していきました。
Q. 撮影前の登場人物の設定や、脚本の作り込みはどの程度されていたのでしょうか?
藤元監督
今回はドキュメンタリーではなく、あくまでフィクションとしての物語なので、全体の構成や流れを担う脚本自体はしっかりと作っていました。物語の骨格については、事前に組み立てておくことが重要だと考えていたからです。
ただ一方で、登場人物の細かな人物像や具体的なセリフについては、出演している本人に委ねる部分が大きかったですね。その人自身の感覚や言葉を大事にしながら、現場で立ち上げていくような形で撮影を進めていきました。
【キャスティング背景】取材中に偶然出会った姉弟―過酷な旅路で、ふたりは物語を照らす光になる
Q. 本作の主演ソミーラとシャフィ姉弟のキャスティング背景についてお聞かせください。
藤元監督
当初は、物語の設定として過酷な旅を描くことになるので、肉体的にそれを乗り越えられる年齢の男の子――14歳から16歳くらいの兄弟を想定していました。
ただ、取材を重ねていく中で、偶然出会ったのが弟のシャフィくんでした。取材先の近くで元気に走り回って遊んでいて、その姿をひと目見たときに、強く惹かれるものがあったんです。とても存在感があって、目を引く力を持っている子だと感じました。
そこから発想を切り替えて、「この子が運ばれていく旅の物語にしよう」と考えるようになり、脚本の設定も大きく変えていきました。
その後、シャフィくんの家を訪ねたときに、お姉さんのソミーラと出会いました。ソミーラにもまた、強い魅力とオーラがあって、何より実際の姉弟であるふたりが並んだときの親密な関係性がとても印象的だった。
過酷な旅の中にあっても、このふたりがいることで、物語に光が差し込むような存在になるのではないか――そんな期待もあって、出演をお願いしました。
Q. 本作には姉弟のほかに、200名を超えるロヒンギャの方々が出演されていますが、そのキャスティング背景をお聞かせください。
藤元監督
今回は本当に多くの方々に出演していただいているのが特徴のひとつなのですが、一般的なオーディションという形は取りませんでした。
もちろん、オーディションを行えば多くの方に集まっていただけたと思います。ただ、その中で「選ぶ/選ばない」という判断をすること自体が、彼らに対してどこか失礼になってしまうのではないかと感じたんです。
そのため、本作のキャスティングに関しては、すべてロヒンギャの方々からの紹介をベースにしています。コミュニティの中でつながりを持ちながら、一人ひとりに参加していただく形を大切にしました。
【演技未経験のキャストへの演出】登場人物が置かれている環境そのものが演出の指針に
Q. 姉弟をはじめ演技未経験の方々に、どのように演出をされたのかお聞かせください。
藤元監督
遠いキャラクターを演じるというよりは、自分自身をそのまま差し出すような、距離の近いかたちで撮影に臨んでもらっていたと思います。一般的に監督が指示を出して、それに対して俳優が応答していく、という関係性ではなくて。
むしろ、その人が置かれている状況や環境そのものが、その人に働きかけていくような構造を意識していました。現場自体が、自然と演出になっているようなイメージです。
なので、僕からの指示はとてもシンプルで、「どう動いてほしいか」といった導線を伝える程度。あとは、その状況の中で本人がどう感じて、どう動くかに委ねていました。
Q. 姉弟の眼差しや笑顔がとても印象的でしたが、撮影の中で自然にとらえた場面だったのでしょうか?
藤元監督
あの2人がカメラの前で見せてくれた、リラックスした状態での本来の魅力を、存分に引き出せた撮影だったと思います。
基本的には、こちらが細かく演出したというよりも、その場で彼ら自身が感じて反応したものを、そのまま捉えていきました。発する言葉も含めて、自分たちで考え、紡ぎ出してくれたものがほとんどです。
それを見ていて、本当に素晴らしいと感じましたし、僕たち撮影側は、彼らが差し出してくれたものをどう受け止めていくか、というスタンスでしたね。
【遊びシーンの演出意図】言葉に頼らないコミュニケーションで観客との距離を縮めたかった
Q. 冒頭、かくれんぼや穏やかな遊びのシーンから始まりますが、その演出意図についてお聞かせください。
藤元監督
あの2人はロヒンギャ語を話しますし、僕たちはその言葉が分からない中でコミュニケーションを取る必要がありました。そこで「かくれんぼ」や「だるまさんがころんだ」のように、どこの国でも通じる遊びを通して、自然と距離を縮めていきました。
そうやって言葉に頼らずに関係性を築いていった経験があったので、映画の冒頭でも同じように、言葉を介さないコミュニケーションから始めたいと思いました。
観客の方にも、あの遊びのシーンを通して、登場人物たちと自然に打ち解けていってほしい。そういう思いを込めて、あの場面を最初に置いています。
Q. 中盤の「だるまさんがころんだ」のシーンでの、銃を撃つ仕草が印象的でした。あの場面も自然発生的に生まれたのでしょうか?
藤元監督
遊びのシーンに関しては、「いつものあの遊びをやってみてほしい」と伝える程度で、あとはどこで遊ぶかという場所や立ち位置を説明するくらいにとどめていました。
僕自身、ロヒンギャ語が分からないので、撮影中は彼らが何を話しているのか、セリフの内容も把握できていない状態なんです。実際に意味を知るのは、編集の段階になってからですね。
だからこそ、あの銃を撃つ仕草や、「理由もなく私を殺さないでよ」といった言葉が出てきたときは、とても驚きました。彼らの中から自然に出てきた表現として、強く印象に残っています。
Q. 銃を打つ仕草の撮影時点で、彼らはその後の物語の展開を知らない状態だったのでしょうか?
藤元監督
お姉さんのソミーラには、出演をお願いする段階で物語の全体像を説明していたので、ストーリーは把握してもらっていました。
ただ、撮影が終わったあとに知ったことなんですが、あの遊びのシーンについて、周りから「これ韓国の遊びじゃないか?」という声が出てきて、「えっ?」となったんです。
調べてみると、いわゆる『イカゲーム』に出てくる遊びだったらしくて。銃を撃つ仕草や、倒れる動きも、その設定に基づいたものだったみたいですね。
Q. 本当に無邪気に遊んでいるシーンを切り取ったということなんですね?
藤元監督
そうですね。結果的に「じゃあもう『イカゲーム』が存在している世界線として捉えようか」という話になりました。ロヒンギャの方々もスマートフォンで映像作品を観たりしますし、そうした影響が遊びの中に入り込んでいることも、十分にあり得ることだと思うんです。そういった偶然性も含めて、そのまま作品の中に取り込んでいきました。
【作品のコンセプトと構成】弟・シャフィが運ばれていく旅に
Q. 群衆の中の姉弟を描く前半と、よりふたりにフォーカスが当たる後半。この構成にした演出意図をお聞かせください。
藤元監督
コンセプトとしては、あくまで“弟を中心に据える”というところにありました。弟のまわりにいる人たちが、場面ごとに入れ替わっていく構造。最初はおばさん、次に青年たちがいて、そして姉がいて、さらに別の人たちが現れる。
そうやって、関わる人々が変わっていきながら、旅が続いていく。その中で、弟が運ばれていくような物語になっています。そのため、前半と後半で明確に「群衆のパート」「姉弟のパート」と分けている意識はあまりなくて、あくまで核にあるのは、“弟を軸にした旅”という点でした。
【情景描写】美しい夕陽と過酷な状況とのギャップが、結果的に浮き彫りに
Q. 美しい情景描写も印象的でしたが、意識的に取り入れたこだわりなどがあればお聞かせください。
藤元監督
特別に「美しい風景を撮ろう」といった明確な狙いがあったわけではありません。その場その場で出会った瞬間を、そのまま受け取っていくようなかたちで撮影していった結果が、そのまま映画になっている感覚です。
ただ、後から映像を見返していく中で、船の上という過酷な状況にありながらも、美しい夕日に照らされている場面などがあって、そこにいる人たちの置かれている現実と、目の前に広がる風景とのあいだに、大きな乖離があることに気づきました。
そのズレが、とても切ない感覚を生み出している。そういったことは、編集作業を進める中で実感していきましたね。
【撮影秘話】 船のシーンは毎朝沖へ。過酷な海上撮影の舞台裏
Q. 撮影で苦労したシーンについてお聞かせください。
藤元監督
苦労した点でいうと、やはり子どもたちの演技に関する部分ですね。1作目でも同じくらいの年齢の子どもを撮影した経験はあったので、自然に振る舞ったり、遊んでいるシーンを撮ること自体には慣れていました。
ただ今回は、セリフをしっかりと覚えて話してもらう必要があったり、いわゆる俳優と同じような演技を求める場面もあったので、「どこまでできるだろうか」という不安は撮影前にありました。
実際に撮影が始まってみると、その心配はまったくいらなかったですね。一度セリフを聞けばすぐに覚えますし、動きやアクションもこちらの意図通りにしっかりこなしてくれる。
あそこまでの吸収力や表現力を持っている子どもたちには、なかなか出会えないと思います。その意味でも、あの2人に出会えたことは本当に大きかったです。
Q. 嵐のシーンなど過酷な旅路のシーンも印象的でしたが、撮影秘話があればお聞かせください。
藤元監督
今回、船のシーンはかなり大きな割合を占めているのですが、撮影自体もとても大変でした。
一般的にはプールスタジオなどで撮ることも多いのですが、今回はそうではなくて、実際に海に出て撮影をしていました。毎朝1時間以上かけて沖まで出て、撮影をして、また戻ってくるというのを繰り返して。そういう意味でも、かなり過酷な環境の中での撮影でしたね。
【音楽・音響】世界と観客をつなぐ“橋”のような挿入曲
Q. 本作は音楽や音響もとても印象的でしたが、その点でこだわったポイントをお聞かせください。
藤元監督
音響については、これまでも一緒に作品を作ってきた弥栄裕樹さんとの共同作業でした。今回特徴的だったのは、いわゆるフィクション映画やドラマであれば削ってしまうようなノイズ――人物の周囲にあるごく薄い音の層のようなものを、あえて消さずに残した点です。
そうした音を“ノイズ”として処理するのではなく、環境の一部として立ち上げることで、その場にいる感覚をより強く伝えられるのではないかと考えました。
一方で音楽については、これまでの作品と比べても、かなり積極的に取り入れています。今回は、オランダの音楽家エルンスト・ライジハーさんにお願いしました。ヘルツォーク監督のドキュメンタリーなどを手がけている方です。
興味深かったのは、通常行うような事前の打ち合わせや細かなディスカッションがほとんどなかったことです。こちらから細かいイメージを共有することもなく、完成した音楽がデータとして送られてくる、という少し特殊なやり取りでした。
ただ、送られてきた音楽は本当に素晴らしくて。画面の中の登場人物の感情を直接的に強調するというよりも、観ている側の感情に寄り添うような音楽で。結果として、スクリーンの中の世界と観客をつなぐ“橋”のような役割を果たしてくれていると感じましたし、初めて聴いたときは強く心を動かされました。
【衣装とキーカラー】決して倒れないマンゴーの木がモチーフに
Q. 本作で着用されている衣装は、実際に生活の中で使われているものなのでしょうか?
藤元監督
子どもたちも含めて、周りにいる人たちの衣装は、基本的にすべて自前のものです。実際に日常で着ている服をそのまま使っています。
最初に出会ったときに、お姉さんのソミーラが黄色い服を着ていて、「これは作品の中でキーカラーになるな」と感じたんです。そこで同じ服をいくつか用意してもらって、撮影の中で使うようにしました。
やはり色は、観る人の記憶に強く残る要素でもあるので、どの色を印象的に見せるかという点は意識していましたし、こだわった部分でもあります。
Q. 終盤で弟のシャフィが黄色いタオルを巻くシーンは、そのキーカラーを意識されたのでしょうか?
藤元監督
この作品には、決して倒れないマンゴーの木という、伝説のようなおとぎ話のモチーフが登場します。そのマンゴーに由来する色として、黄色やオレンジを全体の中で印象的に使っていきたいと考えていました。
お姉さんの服もそうですし、終盤のシャフィのタオルも含めて、そうした色が物語の中で自然と浮かび上がってくるように構成しています。
【ロヒンギャの方々の鑑賞機会と印象的な感想】9割の方がロヒンギャの観客の映画祭も
Q. 実際にロヒンギャの方々は、本作完成後に映画を鑑賞する機会はあったのでしょうか?
藤元監督
映画祭を通じて、いろいろな国にいるロヒンギャの方々に観ていただく機会がありました。特にサウジアラビアの映画祭では、観客の9割ほどがロヒンギャの方でした。
皆さんとても喜んでくださって。ロヒンギャの物語や、「ロヒンギャ」という名前自体が、なかなか国際社会の中で語られることが少ないので、その点について強く反応していただけたのだと思います。
上映後にロヒンギャの方々に呼び止められて、「何だろう」と思ったら、コミュニティとしてトロフィーを用意してくださっていて。とても立派なものをいただいたんです。
正直、「自分が受け取っていいのだろうか」と思う気持ちもありましたが、それ以上に、本当に嬉しかったですね。
映画は国や地域を越えて届いてほしいと思っていますが、何よりも当事者の方々に観てもらえることが大切だと感じています。そういう意味でも、とても印象に残る出来事でした。
Q. ロヒンギャの方たちの映画の感想の中で、印象的だったものをお聞かせください。
藤元監督
出演してくれた方々を中心に、クローズドで完成披露の上映を行ったことがあるのですが、多くの人にとって映画館で映画を観ること自体が初めての体験でした。
上映中は、思っていた以上に笑いが起きていましたね。自分が映ると照れくさくて笑ってしまったり、知り合い同士なので、例えば誰かがブローカーに怒られているシーンでは「あいつが怒られてるよ」と声が上がったりして、すごく和やかな空間でした。
ただ一方で、やはり内容が内容なので、「本当に辛い」という声も多くありました。実際に同じような過酷な旅を経験している方もいるので、記憶がよみがえる部分もあったのだと思います。
それでも、「この辛さが多くの人に伝わることに意味がある」「それはとても喜ばしいこと」と、皆さんが口を揃えて話してくれたのが、とても印象に残っています。
【その先の支援】Tシャツ・トートバッグを購入することが支援に
Q. 本作を鑑賞してロヒンギャに関心を持った際に、どのような支援ができるのでしょうか?
藤元監督
まずは映画を観て、それぞれに感じたことを持ち帰ってもらうことが一番の入り口だと思っています。そのうえで、もう一歩踏み込める方法も用意しています。
今回の作品では、チャリティーグッズとしてTシャツやトートバッグを劇場で販売しています。それらを購入していただくことで、出演してくれた方々の教育支援につながる仕組みになっています。
寄付というと難しく感じるかもしれませんが、そういった形で気軽にアクセスできる導線も作っているので、関心を持った方にはぜひ触れていただけたらと思います。
また、日本にも多くのロヒンギャの方々が暮らしています。遠い国の出来事ではなく、自分たちの生活の延長線上にある問題として捉えてもらうことも大切だと感じています。
▼取材・文:増田慎吾