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進化するパリの日本人料理人たち

料理王国

進化するパリの日本人料理人たち

フランス、とりわけパリでフランス料理を手がける日本人料理人たちは今や一大勢力となった。 彼らは〝日本人シェフ〟という枠を超え、さまざまな形でフランス料理の発展を担っている。

日本人料理人たちのフランス料理界での活躍が止まらない。《日本人料理人によるフランス料理》は、特にパリでは一種の流行となり、多くのメディアで特集が組まれるようになった。

 そんなシーンでよく登場していた、彼らの料理を形容する言葉は、〝日本人らしいシンプルな、引き算の美学〞〝洗練と精度と美しさ〞〝禅の精神を感じさせる〞〝高級和食店同様、お任せメニューのみ〞。もちろん肯定的な意見だ。とはいえ、同時に、十把一絡げ的で、〝日本人=こういうイメージ〞とは、短絡過ぎないだろうか? 実際、一人ひとりの活動をしっかり見てみると、今や、このステレオタイプな評価から抜け出して、より個性を打ち立てて活動をしている日本人シェフの姿が続々と増えているのに気づくだろう。

クラシック料理の文化とレストラン文化へのオマージュ

 今年4月に「ペルティナンス」をオープンさせた、内藤隆乃介さん。高校卒業後すぐに渡仏し、フランス料理界のグランシェフにみっちり、伝統フランス料理の技術と魅力を学んだ。

 経済状況があまりよくないフランスにあって、お任せコースに絞ったり、庶民的な食材を技術力でカバーする料理を出す店が増える中、内藤さんはあえて、伝統的なレストラン文化とガストロノミーにこだわった。「コース一本だと、仕入れも仕込みもロスがないし、より料理人の個性も出るかもしれません。でも、自分が好きなアラカルトを選ぶのがフランスのレストラン文化であり、伝統かつ醍醐味。アラカルトで食べたいものを食べられる喜びを、ゲストから奪いたくない」と内藤さん。また、「自分がレストランで食べたいと思うのは、オマールやヒラメ、牛フィレといった、普段の食事では出てこない高級食材。ガストロノミーをやる以上、食材にも、いい意味でこだわりたい」と語る。

「ペルティナンス」 内藤隆乃介 Ryunosuke Naito
1984年長野県生まれ。東海調理製菓専門学校フランス校卒業後、「タイユヴァン」、「ル・1947」、「ル・ムーリス」など名門店を経て、「ル・ビストロ・アレクサンドルⅢ」共同オーナー。2017年、パートナーのクウェン・リューさんと「ペルティナンス」オープン。

 大西洋で一本釣りされたばかりの新鮮なスズキ、三ツ星店御用達の肉店から届く牛肉。グランシェフたちから受け継いだ、細部にまできっちり神経を張り巡らせた加熱と、〝フランス料理はソース〞という軸を大切に、極上の食材を料理に昇華させる。前菜、主菜を問わず、どの料理にも必ず添えられる、深みある味わいのソース。そこには、いわゆる〝日本人シェフ〞をイメージさせるものはなにもない。

ペルティナンス「Le Rouget-Barbet à la Royale aubergine violette olive noire」
最上のスズキを切り身にし、温度を変えた2度の加熱で、皮面はパリッと内側はしっとり焼き上げ、最後にバターでコクを加味。スズキのアラでとった濃厚なソースと、ジャガイモのムースリーヌとチップスを添えて。失われつつあるビストロ文化を日本人シェフが守り、伝える


 パリでは、ガストロノミーだけでなく、ワインバー、ビストロなどでも日本人が活躍していて、彼らの料理は、世界的に注目されるイベントや、新聞・雑誌などでも高く評価されている。そんな中、今、注目なのが、2016年春に「シェ・ミシェル」のオーナーシェフとなった河合昌寛さんだ。

 名門ビストロとして人気を博していた「シェ・ミシェル」。この店の魂は、昔からフランス人が慣れ親しんできた煮込みやロースト、内臓料理などに代表される、伝統的なビストロ料理だ。時代の変化とともに、脳みそなどの食材や、重たいソース、煮込み料理などが、食べ手、作り手の両方から敬遠されるようになってきた。昔ながらのビストロは次第に姿を消しつつあり、実際、私の近所でも、何十年も続いた名門ビストロがこの2年で2軒、暖簾を下ろし、片やワインバー、片やクレープリーになってしまい、がっかりしたものだ。おいしい家庭料理を、高すぎず、肩のこらない空間でワイワイガヤガヤ楽しめるビストロ。失われつつあるこのビストロの魅力を、修業先から受け継ぎ、守り、さらに、次の世代につなげていこう、と、河合さんは奮闘している。

「シェ・ミシェル」 河合昌寛 Masahiro Kawai
1976年新潟県出身。2000年に渡仏。「ラ・レガラード」(パリ)、「アルキミア」(バルセロナ)などで修業後、「ルカ」(リスボン)のシェフなどを経て、16年「シェ・ミシェル」オーナーシェフに。

 30種類ほどもの料理やデザートがぎっしり連なる黒板メニューは、前オーナーの時代から店の大きな魅力である。この店に料理人のエゴはない。どんな人にも食べたいものが見つかる、寛容にあふれたメニューだ。テリーヌ、エイヒレ、内臓といったビストロ料理の定番から、河合さんが修業時代を過ごしたスペインやポルトガルの風味が香る料理まで。そのどれもが、ビストロ全盛期を過ごしたお年寄りが食べれば、あぁ懐かしい、昔よく食べた味だ! と感じ、

〝おばあちゃんの味〞がない子ども時代を過ごした若者が食べれば、なるほどこれが両親が懐かしがるビストロ料理なのか、と感じさせる味を持っている。厨房を覗き、昔の記憶を呼び起こすような料理を作っているのが日本人だとわかった時、彼らは驚きを隠せない。

 ピュア、洗練、禅、和食材……。そんな言葉とともに、同じイメージで形容されていた日本人シェフの時代は、もうすでに終わりを告げている。今や、それぞれがそれぞれに愛し信じる多種多様なスタイルで、フランス料理の魅力をより輝かせ、この国の人々の味覚を刺激しているのだ。

ビストロ料理の定番、仔牛の脳みそを、こんがりムニエルし、仔牛の頭肉とコクのあるジュ・ド・ヴォライユとともに。コルニションやケイパー、マスタードでパンチの効いた味わいに。根セロリのピクルスとクルトンでアクセント。今年、星を初獲得した日本人フランス料理シェフ

 今年ひとつ目の星を獲得した3人の日本人フランス料理シェフたちも、〝日本人〞である前に〝自分〞という個性を確立している。「アガペ」シェフ時代に一ツ星の評価を得ていた大宮敏孝さんは、修業先の、クラシックからコンテンポラリーまでのさまざまな巨匠シェフたちの元で培った幅広い高度な技術と華やかな感性を組み合わせた作品が大好評。「ひらまつ・パリ」で長年、星を維持していた伊藤良明さんは、クラシック料理と、食材力をシンプルに引き出した料理で、緩急のあるコースを提案して人気だ。シャンパーニュの聖地ランスで「ラシーヌ」をオープンした田中一行さんは、地方で得た経験を元に、地元の風土や文化を大切にした、美しくおいしい料理を追求し、フランスに新たな美食の風を吹かせている。

 今や、それぞれが愛し、信じる多種多様なスタイルで、フランス料理の魅力をより輝かせている日本人シェフたち。彼らの可能性は、今後も無限だ。

2017年度フランス版ミシュランで一ツ星を獲得した、フランス料理を手がける日本人オーナーシェフ

Alliance 「アリアンス」


Toshitaka Omiya 大宮敏孝さん

写真の料理は、店名と同じ「アリアンス」という品種のジャガイモを使ったひと皿。大宮さんの個性が活きる。パセリで苔を生やし、キノコを添え、香草を使って森をイメージ。

Alliance 「アリアンス」

大宮敏孝
Toshitaka Omiya
1979年 大 阪 府 生 ま れ。 2001年渡仏。「アルページュ」、「ル・サンク」、「アガペ・シュプスタンス」スーシェフ、「アガペ」シェフなどを経て15年「アリアンス」開店。

Archeste 「アルケスト」


Yoshiaki Ito 伊藤良明さん

開業から1年を待たずに星を獲得した伊藤さん。写真の料理は「キベロン産平目のロースト シャルドネビネガーのムースリーヌとリベッシュの香油」。クラシックな技が光る。

Archeste 「アルケスト」

伊藤良明
Yoshiaki Ito
1976年千葉県生まれ。「ひらまつ」グループ数店を経て、「レストラン・ひらまつ」パリ店へ。04~14年、同店のシェフ。16年「ラルケスト」開店。

Racine 「ラシーヌ」


Kazuyuki Tanaka 田中一行さん

「おいしくて美しい皿が大前提」という田中さん。厳選素材を使ったひと皿。コースメニューはほぼ3週間ごとに変える。

Racine 「ラシーヌ」

田中一行さん
Kazuyuki Tanaka
1985年福岡県生まれ。21歳で渡仏後、「レストラン・ジル」、「レジス・マルコン」、「レ・クレイエール」など地方の名店で修業後、2015年ランスに「ラシーヌ」をオープン。

加納雪乃=取材、文
Yukino Kano
会社の駐在で過ごしたパリでレストラン文化の魅力に触れ、レストランの楽しさを伝えたい、と、ライターに転身。2000年から、パリはもとよりフランス全国を旅し、フランス美食文化の担い手たちを日本の雑誌に紹介している。

本記事は雑誌料理王国第277号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第277号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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