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89歳の「カラフルな魔女」。児童文学作家・角野栄子さんの魅力

NHK出版デジタルマガジン

89歳の「カラフルな魔女」。児童文学作家・角野栄子さんの魅力

映画「カラフルな魔女」監督・宮川麻里奈さんに、89歳の今なお輝き続ける角野さんの魅力を伺う

2024年1月26日(金)より全国ロードショーとなる映画「カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれる暮らし~」。

「魔女の宅急便」の作者として知られる児童文学作家・角野栄子さんの日常に、4年にわたって密着したドキュメンタリーです。

角野さんは今年89歳。昨年11月には自らの名前を冠した「魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)」がオープン、また自身初のイラストエッセイ『おいしいふ~せん』(NHK出版)を刊行するなど、活躍を続けています。

今回は、「カラフルな魔女」の監督であり、長年角野さんを追い続けてきた宮川麻里奈さんに、今なお輝き続ける角野さんの魅力を伺いました。

映画「カラフルな魔女」より

なんてぶっ飛んだ人なんだろう!

――映画「カラフルな魔女」はNHK Eテレの番組が元になっていますが、角野さんに着目したきっかけを教えてください。

 10年ほど前に、たまたま角野さんのインタビュー記事を読んで、『魔女の宅急便』の作者が、これほどにおしゃれですてきな方であることに驚きました。そのうえ1950年代にブラジルに移住しちゃうとは、なんてぶっ飛んだ人なんだろうと(笑)。それ以来、いつか角野さんの番組をつくりたいと、ずっと思い続けていたんです。2018年に角野さんが国際アンデルセン賞を受賞して時の人になったこともあり、やっと念願かないました。

――番組では、角野さんの日常に密着していますね。

 私自身が、これまで「あさイチ」などのテンポの速い情報番組を多く手がけ、仕事と家事育児の両立に追われるめまぐるしい日々を送っていました。50歳を目前にして、子育ても終わりに近づき、一度立ち止まって、暮らしを見つめる番組に取り組んでみたいという気持ちがあったんです。角野さんの「地に足のついた暮らし」に寄り添ってみたいと思いました。

――初めて角野さんにお会いしたときの印象はいかがでしたか?

 今まであまり表舞台に出られていないのが不思議だったので、実は気難しい方なんじゃないか、何か取材しにくい理由があるんじゃないか……と心配していたのですが、お会いしてみたら、想像した以上にとてもすてきな方でした。とにかくユーモアがあって、お茶目で、愉快な方で。角野さんに会って、これはいい番組になると確信しましたし、この時点から、いつか映画にできたらという夢を抱いていました。ですから、ハイビジョンではなく4Kで、カメラもNHKの通常のものではなく、あえてニュアンスの出るカメラを選び、色調などにもこだわって撮影を始めました。

映画「カラフルな魔女」より

「好奇心」と「食欲」

――番組では「食」や「ファッション」など毎回テーマがありましたが、どのように決めていたのでしょうか?

 撮影しながら考え、角野さんとも相談しつつ決めていった感じです。「得意料理を教えてください」と持ち掛けたり、角野さんのほうから「久しぶりに群馬のブラジルタウンに行ってみたいな」という話が出てきたり。角野さんはとにかく自由で好奇心旺盛なので、やってみたいことが次々出てくるんです。「キャンピングカーで旅に出てみたい」とか、若い女性たちに人気と聞けば「新大久保をのぞいてみたい」とか、「タピオカミルクティーを飲んでみたい」とか……。とても88歳※とは思えませんよね(笑)。

※取材時。2024年1月に89歳を迎えられました。

――角野さんは、ご自身のエッセイでも食べものをテーマに書かれていますが、「食」についてはいかがでしたか?

 実は「食」まわりの撮影をするのは、最初はだいぶ嫌がられました(笑)。料理している場面も、「うわー緊張しちゃうなー」「雑なのがバレちゃう」と気が重そうでしたし、食べるところを撮影しようとすると「そんな正面から撮らないでよ~」と、ぶうぶう言われました(笑)。お気持ちはよく分かるんですけどね。でも撮影を続けているうちに、いつしか角野さんも慣れてくださって。映画のエンドロールでは、これまで撮りためてきた角野さんの旺盛な食べっぷりがご覧いただけますので、ぜひ観ていただきたいです!

――エンドロールの角野さんの食べっぷりは見事でした!

 やっぱり元気な方はよく召し上がるんだなと再認識しました。特に大好きなのはおそばで、おそば屋さんに行ったら、必ず「もう1枚!」。エンドロールに、トンカツにソースをじゃぶじゃぶかけて「ヒレよりロースが好き!」と笑うシーンがありますが、実はあの撮影をしたのは恐ろしく暑い日で。私は揚げ物を食べる気になれずハヤシライスを頼んだんですが、角野さんは「どうしてハヤシライスなの? そんなにハヤシライスが好きなの?」と不思議そうなんです。とても「暑くて揚げ物なんて喉を通りません」とは言えなかったです(笑)。でも角野さんはトンカツをペロリとたいらげ、その後もお気に入りだという下町のお弁当屋さんでお弁当を買い込んで、ルンルンで帰っていかれました(笑)。気持ちのいい食べっぷりに、いつも圧倒されています。

映画「カラフルな魔女」より

笑顔を生み出してくれる人

――撮影は4年間にわたったそうですが、振り返ってみていかがですか。

 世界広しといえど、こんなに撮りがいがあって、撮っていて楽しい方はそうそういないと思うんです。映像の撮影はどうしても時間がかかるし、ご負担は大きかったと思いますが、角野さんは常にユーモアを忘れない方で。「ねえねえ、そんなにいっぱい撮って、本当に使うの?」と目をくりくりさせながら聞かれて、平謝りしたりして。いつも豊かな、楽しい気持ちで帰路についていた記憶があります。撮影は幸せな時間だったなと思います。

――番組を映画にするうえで、軸になっていることは何でしょうか?

 番組は毎回テーマを決めて30分にまとめるけれど、一本の映画にするからには角野さんの一代記というか、人間像が分かるものじゃないと、と思いました。番組のために撮影してきた素材はたくさんあるけれど、それをいったんバラしてゼロから考えましたね。私たちが見てきた「角野栄子」ってこういう人だと、彼女の魅力を詰め込んだのが、この映画です。

――映画の見どころは、どこでしょうか?

 ブラジルで角野さんと同じアパートに住んでいたという、当時11歳の少年・ルイジンニョさんとの再会のシーンですね。角野さんにとってルイジンニョさんは、作家デビュー作のモデルであり、「ルイジンニョに会わなかったら、私は作家にはならなかった」と述懐するくらい、大切な存在です。その彼も今では75歳と高齢で、直前に体調をくずして大きな手術をされて。ぎりぎりまで来日できるかどうかが危ぶまれていました。再会が実現したときには本当に奇跡だと思いました。角野さんが魔法で呼び寄せたんじゃないかと思っています。

――ルイジンニョさんにお会いする前後の角野さんはどんな様子だったのでしょうか。

 会いたい気持ち半分、会うのが怖い気持ち半分、だったのではないでしょうか。なにしろ60年以上経っていますから、角野さんの頭の中にあるかわいかった少年のイメージ、美しい思い出が台無しになってしまわないとも限りません。こちらから送ったメールへの返事もごく短いものでしたし、当時11歳だったルイジンニョさんが、たった2年ほど隣に住んでいた日本人のことをどこまで記憶しているだろうかと、私たちもちょっと心配でした。でもいざ会ってみたら、彼も角野さんのことをよく覚えていて。詩を書いているそうで、言葉の表現も豊かなんです。やっぱり出会うべくして出会った、通じ合うところのある2人だったんだなと思いました。

――魔法の文学館でルイジンニョさんとハグした後に、角野さんが涙されていたのが印象的でした。

 インタビューが終わって、何の気なしに「じゃあ最後に握手でもされますか」と伝えたら、ルイジンニョさんが「ハグしていいかい?」と。終始楽しそうだった角野さんが、そこで涙されるとは思いませんでした。その後撮った夕空が、なんとも言えず美しくて。私たちも改めて、再会の感動に浸りました。

――宮川さんのシナリオ通りではなかったわけですね。

 まさか!! 「泣いてください」ってお願いなんかしたって、人は泣きませんから。それに角野さんはあまのじゃくなところもありますから、「感動的な場面を撮ろうとしている」と察そうものなら、逆に「絶対泣かないわ」ってへそを曲げちゃったかもしれません(笑)。実は角野さんから翌朝、「あの場面は使わないでね」ってLINEが来たんです。さすがにそんなバカな!と思って、初めて既読スルーしました(笑)。

映画「カラフルな魔女」より

世界にたった1人の魔女の、人を幸せにする魔法

――映画を観終わって、角野さんはどんな反応をされていたのでしょうか。

 照れくさそうに、「……ちょっと泣いちゃった」と言ってくださいました。ああよかった、満足してくださったかなと思ったら、「宮川さん、あの場面は使わないで、って言ったのにー!」って(笑)。ご自分のことだから恥ずかしくて客観的に見られないわ、と言いつつ、ご家族やご友人の感想を聞いて「みんながあんなに喜んでくださってよかったわね」と。娘のりお さんからは開口一番、「ロメオ(りおさんの愛犬)が背中しか映ってなかったー!」と言われてずっこけたのですが(笑)、後で「すばらしい作品をありがとうございました」と言っていただき、ホッとしました。

――最後に、これから映画を観ようと思っている方へのメッセージをお願いします。

 角野ファンの方に観てほしいのはもちろんですが、角野さんのことを知らない人でも、幸せな気持ちを受け取っていただける映画だと思います。試写会に来られた方の中には、映画を観て「自分ももっときれいな色を着よう!」と思い立ち、家に帰るなり黒っぽい服の断捨離を始めた、という方もいらっしゃいました。角野さんのポジティブなパワー、あふれるエネルギーをスクリーンからいっぱいに浴びてもらえたら、きっと誰もが、何でもない日常が愛おしくなり、年を重ねることが楽しみになると思います。どうぞ世界一魅力的な“魔女”の、人を幸せにする魔法にかけられに来てください。

映画「カラフルな魔女」より

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角野栄子

東京・深川生まれ。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経て24歳からブラジルに2年滞在。その体験をもとに描いた『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』(ポプラ社)で、1970年作家デビュー。代表作の『魔女の宅急便』(福音館書店)はスタジオジブリのアニメ作品として映画化。野間児童文芸賞、小学館文学賞等、受賞多数。紫綬褒章、旭日小綬章を受章。2018年に児童文学の「小さなノーベル賞」といわれる国際アンデルセン賞作家賞を、日本人3人目として受賞。2023年11月に「魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)」が開館。同11月に自身初のイラストエッセイ『おいしいふ~せん』(NHK出版)を刊行。

宮川麻里奈

1970年徳島市生まれ。東京大学教養学部卒。1993年NHK番組制作局に入局。金沢局勤務、「爆笑問題のニッポンの教養」「探検バクモン」などを経て、2013年「SWITCHインタビュー達人達」を立ち上げる。「あさイチ」などを担当した後、現在はNHKエンタープライズで「所さん!事件ですよ」「カールさんとティーナさんの古民家村だより」などのプロデューサーを務める。一男一女の母。

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