atelier fika(アトリエフィーカ)~ 向島の彫金教室で日常に「コーヒーブレイク」を
スウェーデンには、1日に数回「甘いものとコーヒーで休憩を取る」習慣があり、「fika(フィーカ)」と呼ぶそうです。
知人から「毎月1回、教室で彫金をする時間が癒やしなの」と聞いた筆者は興味津々。「なにそれ、やってみたい!」と友人を誘い、体験に行ってきました。
尾道市向東町にある彫金教室「atelier fika(アトリエフィーカ)」は、日常でホッと一息つける、まさにfikaな場所でした。
指輪づくりに挑戦したようすをお伝えします。
デザインを決めて材料を切り出す
アトリエがあるのは住宅街の一角です。チャイムを鳴らすと、講師の前田和子(まえだ かずこ)さんがにこやかに出迎えてくれました。
中に足を踏み入れた私たちの目に飛び込んだのは、ワクワクする道具と作品の数々でした。
「こんな作品が作れるんですね」
「いろいろできますよ。ここにあるのはほとんど生徒さんの作品。今日はどんなものを作りたいですか?」
筆者が作りたいと思っていたのは、フリーサイズの指輪です。前日に調べておいたデザインを先生に見せると、「うん、いいですね。ステキなのができますよ」と言われました。
友人も指輪を作りたいと思っていました。アトリエに並ぶ作品を見て「こういう感じの指輪にしたいです」と伝え、「刻印は入れますか?」「入れます」と話しながら大まかなデザインを決めていきます。
次にするのは、材料を切り出すことです。
指のサイズを確認し、必要な材料の長さを計算しました。
筆者の作りたいデザインに必要な長さを割り出すため、まず細い針金で大まかな形を作りました。そして、その針金に合わせて材料を切り出します。
材料に使うのは、針金状やテープ状の銀です。
糸ノコを使って材料を切っていきます。最初にノコを入れるときには緊張しましたが、入れてみるとおもしろいようにスイスイ切れました。
表面を加工する
次は、材料の表面に加工を施していきます。
「鎚目(つちめ)はつけますか?キラキラして手作りっぽい感じが出ますよ」
「わぁ!こういうの大好きです!」
全体をハンマーで叩き、鎚目を入れていきます。
友人は、ザラザラした感じが出るハンマーを使って全体を叩きます。
筆者はキラキラ感が出るハンマーを使うことにしました。ハンマーを使い分けることで、いろいろな表情が出せるのです。
続いて、友人は刻印に挑戦。入れたい場所にスタンプを押し当て、ハンマーで叩くとくっきりと文字が入りました。
金属を曲げて指輪の形にする
ここから指輪の形を作っていきます。
金属を曲げやすくするために、バーナーで加熱した後、水に入れて急冷する工程が「焼きなまし」です。
ここからぐいっと大きく曲げ、形を作りました。きれいなカーブが出るように、型に当てて叩き、調整していきます。
続いて、地金よりも低温で溶ける金属を使って接合する「ロウ付け」で端を閉じて環にします。接着剤になるのは「銀ロウ」と呼ばれる金属です。
接着後は接着部分を磨いて凸凹を滑らかにし、再び全体の形を整えます。
友人は切断面にヤスリをかけ、滑らかにしていきました。
さあ、ここからいよいよ指輪の形に仕上げます。
型に当てながら、トントンと叩くと徐々に丸みがついていきます。
号数に合わせて大きさを調整しながら、叩いていくにつれ、指輪の形ができてきました。先生が微調整をしてくれるので、安心してトントン叩きます。
指輪になりました!
さらにヤスリをかけたり、全体を磨いたりして指輪らしくしていきます。
「刻印のところだけ、黒くするのもいいですよ」
先生の提案で、もうひと工程。
「いぶし液」をつけて黒くしたあと、さらに磨いていくと一段とカッコよさが増しました。
日常を離れて夢中で作業した約3時間。毎月通っていると言った知人の気持ちがわかった気がしました。
講師の前田さんは、どのようにして彫金に巡り合ったのでしょうか。話を聞きました。
アトリエフィーカ講師 前田和子さんにインタビュー
「休憩しましょうか」
講師の前田和子さんがお茶を入れてくれたのは約3時間の作業中、2回。アトリエ名の「fika」らしく「甘いものとコーヒーで休憩を」取りながらの体験教室となりました。
「ちょうど庭のブルーベリーが採れたから、スムージーもできますよ」
友人をもてなすように気さくに飲み物を用意してくれる前田さんに、彫金との出会いや教室のことを聞きました。
──彫金歴は?
前田(敬称略)──
30年ほどですね。
1996年か1997年だったと思います。札幌の放送局に勤めていた頃に取材で札幌から500kmくらい離れた釧路市阿寒町へ、木工作家の人を訪ねたことがあったんです。
個展をしているという森の中のかわいい喫茶店へ行ったら、お目当ての木工作家さんは留守。代わりに妖精のように座って個展を開いていたのが、彫金作家の鴨下蓉子(かもした ようこ)さんでした。
こんな世界が世の中にあったのかと、一瞬で心を奪われました。
いろいろお話を聞いてみると、工房は札幌にあるというんです。「えっ、私も札幌です、行きます!」。
それから3年くらい、暇さえあれば鴨下さんのところに通って彫金を学びました。
──札幌から500kmも離れて、その日、そのとき、その場所で出会ったというのは不思議な縁ですね。
前田──
そうですね。放送局の仕事は忙しくて頭が休まるときがなかったのですが、彫金の時間が本当に楽しくて。
そのうち、私のようになんとなく人生に疲れた人とかちょっと気持ちを落ち着けたいと思っている人に、彫金に向き合う時間を提供する場所を作りたいと思うようになりました。
それで、放送局を辞めて専門学校に入ったんです。29歳のときでした。
──大きな転機ですね。
前田──
ええ。自分が作家活動をするというよりも、彫金を楽しむ時間をいろいろな人に提供できる教室をしたかったので、技術と教えかたを学ぶ必要があったんです。
本当はジュエリーの本場であるイギリスに留学したかったのですが、いろいろな事情があって東京の専門学校を選びました。
その後、尾道に移住し、息子が幼稚園に通い始めたのをきっかけに家を建てて工房を作りました。漆喰の材料となる海藻を北海道から取り寄せ、自分で壁を塗ったんですよ。
──今は、ご自身の作品も作るのですか。
前田──
そうですね。企画展をするときには、作品を作って販売することもあります。
2025年9月には、教室の生徒さんたちの展示会を尾道市のBank(まちなか文化交流館)で開き、私もわらべうたの世界をシルバーで表現した作品を出展しました。
ステンドグラスの作家さんや、陶芸作家さんと、コラボレーション作品を作ることもあります。相談しながら作品を作り上げる過程が、楽しいんです。
──今、教室の生徒さんは何人くらい?
前田──
定期的に通ってくださっているのは、25人くらいですね。
子どもさんの絵を作品にする人、集めた宝石を引き立たせる作品を作る人など、皆さん、個性的な作品を作っていますよ。
生徒さんたちは、「先生!一緒にランチしましょう!」って私を連れ出してくれます。教室だけではないつながりが、楽しいですね。
体験でもいろいろな人が来られますよ。海外の人が刻印を失敗したときに、やり直しますかって聞いたら「いや、僕は完璧な人間じゃないので、こういう失敗が愛おしいんだ。このままでいいよ」と言われたんです。そういう考え方もあるのか!と印象に残りました。
とにかく楽しい!無心になれる場所
彫金体験の感想は、とにかく楽しい!
日々の忙しい仕事や山のような家事のことはひとまず頭の片隅に押しやって、ただひたすらに彫金に向き合う時間を過ごすことで、気持ちがスッキリしました。
そして、できた作品を身につけると、またニマニマしてしまいます。
アトリエフィーカは、前田さんが目指した通りの、人生に疲れた人や、少し気持ちを落ち着けたいと思っている人が、違う時間を過ごせる場所でした。
さあ、Ska vi fika?(スカ ヴィ フィーカ?)
フィーカしませんか?