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「非認知能力がない子」はいない 「体験格差」は能力主義が煽る危険な思い込み

コクリコ

「非認知能力がない子」はいない 「体験格差」は能力主義が煽る危険な思い込み

行き過ぎた能力主義や学歴社会が子どもを苦しめている現状について、組織開発コンサルタントの勅使川原真衣さんが解説する本連載。第4回は子どもが生まれながらに有する「持ち味」の見つけ方、能力主義的な価値観に惑わされず、親子が幸せに生きるための考え方をうかがいます。

【▶画像】矢部太郎が繰り返し伝えてきた「他者の評価が全てじゃない」

一つのものさしで、「できる/できない」を競わせ、序列化する能力主義、そして学歴社会。前回は、学歴社会の構造や企業の採用との関係について、勅使川原真衣(てしがわら まい)さんに解説してもらいました。その中で、「学歴一辺倒」だった流れが変化し始めていることもわかりました。

勅使川原さんは「仕事の現場では、学歴よりも『機能』や『持ち味』のほうが役に立つ」と話します。

「持ち味」は能力や学歴とは違い、優劣のない個人の特性のこと。ここに脱・能力主義的なヒントがありそうです。「持ち味」の見つけ方、保護者が子どもを追い詰めないための姿勢などについて、お話を聞きました。

子どもの「持ち味」の見つけ方

──勅使川原さんは、チームで仕事をするには学歴より各自が持つ「機能」や「持ち味」を把握し、生かし合うことが重要だとおっしゃっていました(前回)。そうなると、自分の「持ち味」を知っていたほうがいいと思いますが、子どもの「持ち味」を見つけるために保護者にできることはありますか。

勅使川原真衣氏(以下勅使川原):「持ち味」がない人は一人もいません。誰もが生まれたときから100%持っているものです。子どもだけではなく保護者も、それぞれ持ち味があると考えてください。

持ち味は、「刺激や状況に対する反応」。たとえば、5分待たされるとものすごくイライラしてしまう人もいれば、全然平気な人もいますよね。この違いが持ち味であり、生まれ持った特性です。

子どもの持ち味を見つけようと思ったら、子どもをよく観察することが重要です。こういうときは無性に怒るなとか、逆にめちゃくちゃ喜んでいるな、とか。

でも、観察する保護者の側に、「こんなことは思っちゃいけない」「こうあるべき」といった規範意識があると、子どもをありのままに見ることができません。

反応のあり方にいいも悪いもない、が大前提です。良し悪しをつけると能力主義と同じになってしまいますから、単純な「言動パターン」として認識してください。

ちなみに、人の持ち味(機能)は16歳くらいまでに固まるといわれています。子どもの場合はまだ確立している途中だと思いながら、観察するのがよいでしょう。

そうやって認識した持ち味を、折を見て丁寧にお子さんにも伝えてあげれば、将来自分に合わない場所を避けたり、持ち味を生かせそうな場所を選んだりしやすくなると思います。ものすごくのんびりしている子で急かされると焦りがちな場合は、救命医療のような1秒を争う現場は難しいかもしれません。自分の持ち味を知っていることは、生きていく上での武器になります。

非認知能力は「すでにある」

──一方で、「持ち味」が際立ちすぎると、その後の社会で馴染めなくなってしまうのでは、と心配する保護者も出てきそうです。

勅使川原:「持ち味」って、際立たせるとか尖らせるとはちょっと違っていて……。「根っからの性質」というか、変えようと思っても変えられないものなんですよ。

人間は、私たちが思っているほど「コントロール可能な存在」ではありません。保護者や大人は子どもの「持ち味」をよく観察して認識することはできますが、それ自体を変えたり、なくしてしまったりすることはできません。できるのは、否定しないことくらいです。

一人ひとりそれぞれの「持ち味」を持って生きている。だからこそ、全員が同じことをできる必要はないですし、それを求める能力主義や学歴社会的な考えには、改めてストップをかけたいと思います。

──油断すると、すぐに能力主義的な価値観に引っぱられてしまいます……。

勅使川原:能力主義は根深く社会に浸透していますからね。

能力主義や学歴社会的な考えから距離を置くためには、子どもの「前提」を確認することが大切です。能力主義は、出発点が「ない」状態、つまり欠乏です。その場合、「子どもに何かを与えなければいけない」となります。でも、脱・能力主義的な立場では、子どもはすでに多くを持っている、ととらえます。持っているから「持ち味」なんです。

昨今重要だといわれ始めた「非認知能力」も、私は要注意だと考えます。非認知能力は誰もが持っているもの。にもかかわらず、お金をかけた「体験」がないと伸びない、というような印象操作がされています。

「体験格差」という言葉も登場していますが、「夏休みに海外へ行ってボランティアをしなければ非認知能力を伸ばせない」などということは決してないのです。家庭内での遊びや手伝い、地域行事への参加といった日常生活の中の経験だって、十分に伸びていく。「良い経験」と「悪い経験」を分けているのは誰なのか、能力主義と同様にそこに課金させて競争を煽っている人はいないか。厳しく見ていく必要があると思います。

「いてくれてありがとう」を基本に

──能力主義がデフォルトの社会では、「子どものために」という気持ちが逆に子どもを追い詰めてしまうことがあります。そんな中で子も親も心身ともに健康に生きていくために、どんな姿勢、考え方が必要でしょうか。

勅使川原:保護者のみなさんは、今まで厳しい環境の中を頑張ってきました。素晴らしいことだと思います。だけど、お子さんも頑張っていますよね。まずはここまでやってきた自分も、子どもも認めてあげてほしいと思います。

子どもに対して、「私は合っているけど、きみは間違っている」「問題があるのはきみだよ」という前提で接するのが能力主義です。そうではなく、「お互いにOKだよね」と存在を認め合い、子どもを否定することをやめる。そうすると、ご自身もラクになると思うんです。

否定はブーメランになって返ってきます。自分に似たんじゃないか、育て方が悪かったんじゃないか……と苦しくなった経験はありませんか。そもそも、否定して子どもの行動がよくなるかといえば、そんなことは稀でしょう。むしろ、認めてもらえないから、わざと良くないことをしている面が大きいのではないでしょうか。

子どもを否定しないことは、自分を守ることにもつながります。  写真:アフロ

勅使川原:子どもを「よくやっている」と承認しても、保護者のみなさんの頑張りや成果は否定されません。誰かを認めると自分の価値が下がると思い込んでいる人がとても多いですが、これも隠れた「能力主義」。能力主義はゼロサム(zero-sum、ある人の取り分が増えると他の人のそれが減る)が基本なので、それを内面化していると他人を褒めるのも難しくなってしまうのです。

認める・褒めるといったケア的な行為は、すればするほど増えていくものです。お互いが幸せになりますから、出し惜しみする必要はありません。「いてくれてありがとう」「一緒にいられてうれしいよ」の気持ちを、子どもに存分に伝えてあげてください。

もちろん保護者のみなさんも、自分自身を大切にすることを忘れないでほしいです。

─・─・─・─・

勅使川原さんは、次のようにも話します。「高い専門性が必要な仕事など、能力主義が必要な世界もあると思います。でも、能力主義がすべてで、社会にはそれしかない、とは思わないでほしいんです」。

能力主義が前提の社会を生きてきた保護者は、ある意味で「それしか知らない」世代。無意識に子どもに能力主義を押しつけているのかもしれません。

すぐに考えを変えるのは難しい面もあります。それでも、今回勅使川原さんが示してくれた脱・能力主義的な考え方、優劣ではなく「持ち味」を大切にする視点を心に留め、子どもへの「こうすべき」「これくらいできないと」を少しずつ手放していきたいものです。

取材・文 川崎ちづる

©稲垣純也

【勅使川原 真衣 プロフィール】
1982年、横浜市生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て組織開発コンサルタントとして独立。2児の母。2020年から進行乳がん闘病中。著書『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社、2022年)は紀伊國屋じんぶん大賞2024で第8位入賞。続く『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社、2024年)は新書大賞2025にて第5位入賞。その他著書多数。最新刊は『学歴社会は誰のため』(PHP、2025年)。日経ビジネス電子版と論壇誌Voice、読売新聞「本よみうり堂」にて連載中。

勅使川原さんが教育・福祉の専門家・実践家と対談。学校をめぐる「一元的な能力主義」をほぐしていくための糸口を考えた一冊。『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』勅使川原 真衣 編著、野口 晃菜・竹端 寛・武田 緑・川上 康則著(東洋館出版社)

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