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連載|こといづ103 「ぽんわり」 高木正勝

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 朝ドラ『おかえりモネ』の音楽制作がようやく一度目の一段落を迎えて、半年ぶりにゆっくり気分転換できるかなと思ったのに、曲名を考えたり、サントラCDに入れる選曲やパッケージのデザインに悩んだり、終わらない作業が延々と続いた。なぜこんなに時間が掛かるのだと思ったら、いつの間にか200曲も作っていたようで、仕上げを確認しているだけでも、あっという間に時が過ぎていく。これで終わりならともかく、まだまだ脚本の3分の1しか読んでいないのだ。ドラマが終わるまでに、あと何曲作るのだろう。いや、何曲作れるのだろう。出し切って、出し切って、すっからかんになったその先で出逢える何かがあるのだろうか。わからない未来を楽しみにしながら、一歩一歩、前を向いて歩いてみる。

 仕事場から戻ると、息子がすやすやと昼寝している。愛おしい寝顔の向こうには、窓一面に新緑が揺らいでいて、幸せで満たされる。横にこっそり転がって、寝息に耳を澄ませる。息子の何もかも心地いい。触れ合っているだけで、愛おしさがあふれてしまう。目が合うとニカッと笑ってくれるようになった。そんな無垢な表情をされると、こちらも顔が緩んで笑うしかない。このまま息子に合わせて、僕も変わってみたいなあ。

 子どもがお父さんを見る目とお母さんを見る目は少し違うように感じる。お母さんには愛を求めるような目。おっぱいはもちろん、たっぷり甘えたい。僕を見る目は、好奇心。「何か、知らないことをやってみせて」と新しいものを求められている気がしてしまう。僕のすることをよくよく観察して同じことをやってみようとする。一緒にお風呂に浸かりながら、毎日鼻歌を歌っているからか、息子も小さな小さな声で知らないメロディを歌い出すことがある(これはお母さんも聴いたことがない二人だけの秘密だ)。ピアノの前に連れていくと、手を伸ばして鍵盤を押さえるようになった。なぜだかどうして、やはり無垢な音を響かせる。真似して弾いてみても同じようには弾けないな。

 そうこうしてる間に、朝ドラの曲作りが、いよいよ第2章に突入した。スムーズに作曲が進んだ第1章と打って変わって、これまでに作ったことのない音楽を求められていて、七転八倒の1か月だった。今まで作ろうとしたこともない曲を作るのは本当に大変で、新しいやり方でないと辿り着けない気がした。それで散々あの手この手を試した結果、どんどん自信がなくなってしまった。どの手も自分にとっては新しいけれど、すでに誰かが試し尽くした手だった。生まれてくる音楽がどこかで聴いたことのある感じになって、どうにもおもしろくない。締め切りが迫ってきたのに困ったぞと思いながらも、もう一回、素直に脚本を読み返してみた。すると、新しい音楽が聞こえてきたので、そのままピアノを弾いてみたら、なんだ、何を難しく考えていたのか、これまでの自分のまま、これまでの続きをやってみればいいだけのことだった。鉛筆と紙があれば絵を描ける人は他に手を出さなくてもそれでいいのだ。僕もピアノがあれば、きっといいのだ。

 息子を見て「変わりたい」と思ったのは、新しい自分になりたいのではなくて、ただただ無垢な自分に戻りたかっただけか。思ったとおりにシンプルにやってみたらいいやね。ぐるんぐるん、息子を抱きしめて寝返りぐるぐる。お腹の上で、はあはあと嬉しそうに笑ってる。彼の呼吸に合わせるように大きくお腹を膨らませて深呼吸していると、お腹とお腹が温かくなって、ひとつになった。ぽんわり、二人の境界がなくなって、幸せで眠る。

文・高木正勝
絵・たかぎみかを

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