実はトルコ人?サンタクロースの歴史を美術作品解説。クリスマスの起源やプレゼントの由来も
1年で最もわくわくする、クリスマスの季節。この時期を楽しみにしている方も多いのではないでしょうか。 そんなクリスマスに欠かせないのが、赤い服を着て子どもたちにプレゼントを配るサンタクロースです。世界中の子どもたちに愛されるサンタクロースの伝承が、どのように誕生したかご存じですか。 この記事では、サンタクロースの起源や伝説、そして現代にいたるまでの変化を、歴史を物語る絵画やイコン(聖画)とともに紹介します。 サンタクロースの誕生の秘密とその変貌を、一緒に探っていきましょう。
バルナバ・ダ・モデナ『バーリの聖ニコラス』
サンタクロースの起源は?“庶民の味方”聖ニコラス
バルナバ・ダ・モデナ『バーリの聖ニコラス』
サンタクロースの起源は、聖ニコラスという「聖人」です。聖人とは、存命中にキリスト教の教えを完全に実行し、神と人々のために生きた人々のことです。聖ニコラスも、生前に行った多くの善行から、死後聖人のひとりとなりました。
ニコラスは、271年から343年頃に生きたとされる人物で、現在のトルコにあったパタラという町で生まれました。
当時、パタラは大帝国ローマの一部でしたが、不安定な政治情勢などの困難に脅かされていました。特に、それまでのローマの神々を信仰する宗教と、新しい信仰であったキリスト教との間に緊張が高まっていたのです。
そのような時代の中で、若いキリスト教徒の夫婦の間に生まれたのが、ニコラスでした。
ニコラスという名前には「庶民の勝利者」の意味が込められており、彼の両親は、彼が大人になった時に庶民の味方になれるような高潔な人物になってほしいと願ったのです。
やがて、早くに両親と死別してしまったニコラスは、生まれ育ったパタラから出て、旅を続けました。そしてミラ(ミュラとも)という町で司教となり、その名の通り、多くの市民たちを助けました。
サンタクロースはなぜプレゼントを配るの?
ピエトロ・デ・ピエトリ『バーリの聖ニコラスが3人の子どもを目覚めさせる』
貧しい人や困難に見舞われている人々、そして子どもたちに常に心を寄せていたニコラスは、「子どもの守護の聖人」として知られています。
ニコラスが聖人となってから、ヨーロッパでは12月6日の「聖ニコラス祭」(ニコラスの命日)に、子どもたちへのプレゼントを贈る習わしが始まりました。
さらに18世紀には、聖ニコラスの伝説が北米に移住したオランダ人に伝えられるようになりました。この伝説は次第にアメリカ全土に広がっていき、「クリスマスにサンタクロースがプレゼントを贈る」という習慣へと変化を遂げました。
ところで、どうして聖ニコラスが「サンタクロース」と呼ばれるようになったのでしょうか。有力な説としては、オランダ語の「ジンタークラース(聖ニコラス)」が転じて「サンタクロース」になったと考えられています。
クリスマスに「世界中の子どもたちにプレゼントを配る」というサンタクロースのイメージは、ニコラスの善行から生まれたのです。
ニコラスの善行が生んだクリスマスの伝説
アンブロージオ・ロレンツェッティ『聖ニコラスの生涯の風景』
聖ニコラスにはさまざまな伝説が残されており、中には現在のサンタクロースにも通じる出来事も存在しています。
これは、ニコラスがまだ生きていた頃の話です。
あるところに、ひとりの男がいました。彼には結婚適齢期の娘が3人いましたが、当時の慣習では、花嫁となる女性は多額の持参金を用意しなければなりませんでした。
しかし、男の家は貧困に苦しんでいたため、娘たちに持参金を準備できなかったのです。結婚できない娘たちには、奴隷として働くか、身を売るかという悲しい未来が待ち受けていました。
その話を聞いたニコラスは、夜中にこっそりとその男の家へとやってきました。そして金の入った袋を靴下に入れ、そのまま静かに去って行ったのです。ニコラスのおかげで、3人の娘たちは無事に結婚したのでした。
1319年から1348年にかけて制作された4つのパネル『聖ニコラスの生涯の風景』(アンブロージオ・ロレンツェッティ)の1枚目には、ニコラスが3人の娘たちのために金貨を投げ入れる姿が描かれています。
この伝説から、クリスマスには枕元に靴下をかけておく風習が生まれました。
サンタクロースが北欧に住むことになった理由
ローズ・セシル・オニール『When We All Believe』
サンタクロースの住む場所と言えば、北欧にあるフィンランドが知られています。しかし、トルコの司教であったはずの聖ニコラスが、なぜ現在フィンランドに住んでいるのでしょうか。
1920年頃、アメリカにサンタクロースの伝説が広まった時には、その故郷は北極であるとされていました。これが転じて、サンタクロースの故郷は北極圏にあるフィンランドのラップランドだと考えられるようになったのです。
1927年にはフィンランド公営放送局が、ラップランド東部の「コルヴァトゥントゥリア」という山をサンタクロースの正式な住居としました。
北欧には数々の妖精が住むと言われており、たくさんの昔話に登場する存在でした。このような妖精たちは、おもちゃや飾り物を作る才能に優れています。そこで、サンタクロースは彼らに仕事の手伝いを頼みたいと考え、フィンランドのラップランドを選んだという説があります。
サンタクロースはどうして赤い服を着ているの?
聖ニコラスカトリック教会(オハイオ州ゼーンズビル)のステンドグラス
サンタクロースと言えば、白いひげをたくわえて、赤い服を着た陽気なおじいさんを思い浮かべる方がほとんどでしょう。聖ニコラスから始まったサンタクロースが、なぜこのようなビジュアルへと変化したのでしょうか?
1930年代に、アメリカのコカ・コーラ社が、クリスマス・キャンペーンにコーラを飲むサンタクロースのイメージを打ち出しました。この絵を描いたのはハッドン・サンドブロム(1899 - 1976)という人物です。
サンドブロムのイラストがきっかけで「サンタクロース=赤い服」というイメージが一般的になったというのが有力な説です。赤はコカ・コーラ社のイメージカラーであり、それに合わせたカラーリングとして「赤い服」を着たサンタを描いたと思われています。
厳密には、サンドブロムのイラスト以前にもサンタクロースは赤い服で描かれることがあったといわれています。しかし、サンドブロムによるイラストは、現在も続くサンタクロースのイメージ形成に大きな貢献をしたのでした。
聖ニコラスを描いた「イコン(聖画)」
アンドレアス・リッツォス『イコン:神の御座を伴うキリスト昇天』
聖ニコラスは、聖人の中でも「イコン(聖画)」に描かれることが多い人物です。
イコンとは、イエス・キリスト、聖母マリア、聖人、聖書の重要な出来事、教会史上の出来事などが描かれた平面像のことです。原則として作者の署名はなく、祈りに使用されています。イコンは神聖な領域への窓口や、入口とも考えられているのです。
イコンのサイズは多岐にわたり、家庭用の小さなものから、大聖堂用の巨大なものまで、さまざまな大きさが存在しています。東京・上野にある国立西洋美術館では、「神の御座を伴うキリスト昇天」というイコンを鑑賞できます。左右に描かれた6人の聖人の中に、聖ニコラスが描かれています。
イコンにまつわる聖ニコラスの伝説
作者不明『聖ニコラスのイコン』
イコンと聖ニコラスについては、興味深い伝説が残されています。
ある時、テオファヌスという男が、夢の中でお告げを聞きました。それは偉大な聖人の姿を描いたイコンを3枚描かせ、地区の大司教に差し上げなさいという内容でした。
そこでテオファヌスは、イエス・キリスト、聖母マリア、そして聖ニコラスの3枚のイコンを画家に制作させ、大司教へ献上しました。しかし大司教は、キリストと聖母マリアの絵だけを受け取り、ニコラスの絵は受け取りませんでした。大司教は聖ニコラスを偉大な存在ではないと考えていたのです。
その後、大司教は船旅の際、遭難しそうになります。そこへ聖ニコラスが現れ、嵐の中から大司教を助け出してくれました。
大司教は考えを改め、聖ニコラスのために教会を建てました。以来、聖ニコラスは優れた聖人のひとりとして知られるようになったのです。
まとめ
困っている人々を助けた聖ニコラスは、1700年という長い時間を経てもなお、世界中で愛され続けています。
中世の荘厳なイコンに描かれた聖ニコラスと、現代の親しみやすいサンタクロースは一見別人のようです。しかし「誰かを幸せにしたい」という根本的な願いは、変わることなく受け継がれていることがわかりますね。
サンタクロースの起源や変化の歴史、そして聖ニコラスをモチーフにした美しい絵画やイコンを知ることで、今まで以上に神聖な気持ちでクリスマスを迎えられるかもしれません。
参考文献:
『サンタクロース物語 歴史と伝説』著:ジョゼフ・A・マカラー、訳:伊藤はるみ(原書房)