ブルース・リー「イズム」継承!アジア格闘アクションへの「愛」を詰め込んだ『モンキーマン』の“志”を徹底解説【前編】
容赦なきアクション道に踏み込んだデヴ・パテル
映画『モンキーマン』は、『マッドマックス:フュリオサ』(2024年)に匹敵する、主人公の長きにわたる壮絶な復讐を描いた作品である。そして、今季公開される映画の中で最も残酷かつ野蛮な格闘アクションと、力強いメッセージが搭載された作品でもある。
監督・脚本・主演を務めたのはデヴ・パテル。彼といえば『スラムドッグ$ミリオネア』(2008年)の貧しいクイズ少年、『チャッピー』(2015年)の天才ロボット開発者、『LION/ライオン ~25年目のただいま~』(2016年)の生き別れた家族を探す青年など、アクションとは無縁のイメージが強い俳優だ。
そんな彼が『モンキーマン』では、闘争本能を剝き出しにした荒々しいファイトシーンでキレッキレの格闘アクションを披露している。本作の予告編を初めて観た時、あまりに従来のイメージから遠いところに行ってしまったパテルの姿を目の当たりにして、「この映像、フェイクじゃないの……?」とまで思ってしまった。
正味な話、30年くらい懲役生活を送っていた方が出所したら、アイドルとしてデビューした岡田准一が、いつの間にか日本を代表するアクションスターになっていた以上の衝撃的な事態である。まあ岡田准一の場合、『フライ ダディ フライ』(2005年)あたりから段階を踏んでアクション映画に近づいてきていたので、懲役経験のない我々も「次の作品では、もっとアクションを見せてくださいよ!」と現在の姿を期待し続けていた部分はある。しかし、デヴ・パテルのアクションスターへの変貌はいきなりすぎる!
しかも、クリーンかつ優雅なファイトを描いた作品ではない。一見『ジョン・ウィック』シリーズ風なアクションをやるのかな? と思わせておいて、観たらびっくり! 韓国バイオレンス映画の情け容赦のない残酷性をスパークさせたようなファイトシーン、いや、壮絶な殺し合いを展開し続ける……。何故、君がそこまでやるの?
そもそも、いったい何故、デヴ・パテルは格闘アクション映画に主演したの? しかも、主演だけでなく初監督と初脚本も務めたの? ……というわけで今回の原稿では、デヴ・パテルが格闘アクション映画のスターになるまでの壮絶な道のりを紹介したいと思います!
ちなみに『モンキーマン』は当初はNetflixで配信する予定だったが、作品の出来とパテルの心気に惚れたジョーダン・ピールがプロデューサーを買って出て、劇場公開作にした……等の熱い逸話がたくさんある作品です。が、今回は<デヴ・パテルのアクション映画道>にスポットを当てますので、その辺の事情には触れません!
気になる方は、BANGER!!!に掲載されている<「僕たちは、みんな負け犬」ジョーダン・ピールが“全力で推す”デヴ・パテル初監督作『モンキーマン』激レアインタビュー>を読んでください! 感動的な記事ですので。では本題に入りましょう!
格闘アクション大好き「テコンドー黒帯」のパテル少年
これまで演じてきた役柄のソフトなイメージからアクション映画とは無縁そうなパテルだが、実はロンドンで過ごした幼少時代に『燃えよドラゴン』(1973年)を観てブルース・リーにハートを奪われて以来、今日までゴリゴリの格闘アクション映画ファンとして順調に育っていたのである。
僕が映画を好きになったのは、子どもの頃に『燃えよドラゴン』を観たことがきっかけだよ。肌の色、髪、すべてに共感できるアジア人のブルース・リーを見て、“ああ、僕もブルース・リーのようになりたい!”と思い、部屋の壁一面がブルース・リーになった。それからはジェット・リー、サモ・ハン・キンポー、ドニー・イェン、ジャッキー・チェンなど香港のあらゆるアクション映画を浴びるように観たよ。
そして彼は9歳になるとテコンドーを学び、14歳の時に世界選手権で銅メダルを獲得。16歳で初段の黒帯となった。この頃、彼は母親のすすめでテレビドラマ『Skins – スキンズ』(2007~2008年)にレギュラー役のオーディションを受ける。結果は合格。その演技がイギリス国内で注目を集めたことから、映画監督ダニー・ボイルの目にとまり、彼の監督作『スラムドッグ$ミリオネア』で主演デビューを飾る。その後、テレビアニメ『アバター 伝説の少年アン』(2005~2008年)を実写映画化したファンタジー・アクション『エアベンダー』(2010年)にズーコ王子役で出演し、ジェット・リーの武侠映画に影響を受けたようなファンタジックな格闘アクションを披露している。
パテルは『エアベンダー』の後も、身につけたテコンドーのスキルをカメラの前で活かしたいと願っていた。そして彼のアクション映画に対する想いも、さらに深いものになっていた。
「香港のアクション映画に夢中になった後、僕は他の国のアクション映画も観るようになりました」と語るパテルは、後に『モンキーマン』に影響を与えることになる、タイの『マッハ!!!!!!!!』(2003年)やインドネシアの『ザ・レイド』(2011年)などアジアのアクション映画にハマった。特に感動したのは『ザ・レイド』だという。
『ザ・レイド』は、情け容赦がない残酷なアクションを徹底的に追求したという点で、僕にとってジャンルを変えた作品だと言えます。この映画を作った主演のイコ・ウワイスと監督のギャレス・エヴァンスのチームは、ただただ尊敬します!
さらに『モンキーマン』へも多大な影響を及ぼすジャンルと出会う。韓国のバイオレンス映画だ。
韓国は最高の復讐映画を作る国です! 視覚的にも感情的にも復讐をうまく描いた映画を作ります。それは息を呑むほど素晴らしく、私を映画作りのまったく新しいレベルへと導きました。韓国の素晴らしい復讐映画は『オールド・ボーイ』(2003年)から『甘い人生』(2005年)、『アジョシ』(2010年)、『悪魔を見た』(2010年)などなど、本当にたくさんありすぎます(笑)。
アクション映画では望む役のオファーはない、ならば……
アクション映画への愛を語り、アクション映画への出演を熱望し続けていたパテルのもとに、やがて何本かのアクション映画出演の依頼が来るようになる。しかし、それは……。
アクション映画の話が来ても僕にオファーされる役は、コメディリリーフ的な脇役か、マッチョなヒーローのためにコンピューターをハッキングする天才役ばかりでした。
失礼を承知で書くが、たしかにパテルが演じたらハマりそうな役ばかり。だが当然、パテルはそれらのオファーを断った。そして、日頃から思い続けていたアクション映画に対する、ある不満が大きくなっていた。
ハリウッド映画、香港映画、ボリウッド映画に至るまで、アクション映画には自分が共感できる主人公が出てこない……。つまり、“真に弱い主人公”がアクション映画には欠けているんです。僕は、何が起きても動じずに完璧なジョークを飛ばすようなことはしない、そして筋肉隆々にも見えないヒーローを望んでいました。挑戦しては失敗し、また挑戦しては失敗する、弱い男の主人公です。
自分が望むようなアクション映画の役のオファーは来ない。それならば役が来るのを待つのではなく、自らが主演するアクション映画にハマる役を考えよう。かくして今から10年前、『モンキーマン』が動き出しはじめた。
パテルは大好きな韓国バイオレンス映画のように、常軌を逸した復讐を描いた映画にしたいと思った。しかし、手垢にまみれた物語の復讐アクション映画にするつもりは微塵もなかった。
アクション映画というジャンルは業界によって悪用されやすく、手っ取り早い利益のために中身のないコンテンツが大量に生み出される可能性があります。しかし、このジャンルの本当のファンとして、僕はアクション映画がもっと濃い内容を扱えることを知っている。観客も、もっと多くを望んでいる。僕はカルチャーの要素をたっぷり加えて融合させているんです。
そうしてパテルは『モンキーマン』を、大好きなアクション映画や韓国映画、ボリウッド映画に対する愛だけでなく、自分が育ったインドの文化や宗教、社会に対する考え、さらに幼少期に祖父に教えてもらったインド神話の猿神ハヌマーンの伝説も盛り込んだ、これまでにない新たな視点を持つ復讐アクション映画にしようと誓った。
このパテルのアクション映画に対する斬新かつ柔軟な発想がなければ、『モンキーマン』が映画化されることはなく、彼がアクションスターになることもなかったはずだ。
非道な事件への「怒り」、ブルース・リー“イズム”の継承
『モンキーマン』を従来の格闘アクション映画とは違う作品にしたい、と考えていたパテルの“動機”は、「アクション映画に主演したい」という想いだけではない。2012年12月16日、インドの首都ニューデリーのバスの車内で起きた、23歳の女子大学生が男性6人に強姦され死亡した事件も大きな動機となっている。
この事件に対する怒りから『モンキーマン』の脚本は生まれました。
パテルは『モンキーマン』の脚本を書く際、韓国のバイオレンス映画の雰囲気を取り入れたいと考え、ロサンゼルスのコリアタウンに籠って執筆した。
主人公は、インドの架空都市ヤタナのスラム街で暮らす天涯孤独の青年キッド。彼はスラム街にある非合法ファイトクラブに、猿のマスクを装着して出場する負け役専門ファイターをしながら細々と暮らしている……が、この屈辱的な生活を送っているのは、長年計画していた“ある行動”を実行するためだった。
彼は幼い頃に暮らしていた集落の住民と母親を、腐敗した権力者たちに虐殺されている。その復讐だけを胸に刻みつけながら、今日まで生きてきたのだ。そして、権力者たちが巣食う、高級売春宿などがあるペントハウス<キングスクラブ>に従業員として潜入する方法を見つけた彼は、復讐を開始するのだ。
本作の舞台はインドの架空の都市だが、パテルは現実の社会情勢を盛り込もうと務めた。車が路上で寝ている子供や家族とすれ違う様子、キッドが何十人もの労働者と一つの部屋で寝る貧しい生活ぶり、買春や人身売買が横行している街の様子、政治的・宗教的な不安や腐敗――。さらにパテルは劇中、警察などの権力サイドから疎外されている、性別にとらわれない「ヒジュラ」と呼ばれるトランスジェンダーのコミュニティを登場させて、主人公と重要な関係性を育む大きな役割を与えている。
ペントハウスに潜入した当初は己の復讐のためだけに生きていたキッドだが、権力者たちによって苦しめられている貧しい人々やヒジュラと出会い、彼らとの生活や、70年代カンフー映画を思わせつつもかなりクレイジーかつ俺ジナルきわまりない格闘スキルの修業を通して、自分の使命がさらに大きな目的を持つことを知るようになる。
僕は、弱者が手に負えない現状に挑む物語を作りたかった。アクション映画というジャンルには、ブルース・リーが塔の各階にいる敵を倒しながら最上階を目指す『死亡遊戯』(1978年)のように、カースト制度がすでに存在していました。
『モンキーマン』ではそのカーストを、権力者たちが待ち受けるペントハウスを使って表現したら面白いことになる! と思ったんです。
『死亡遊戯』に限らず、ブルース・リー主演作はすべて、アジア人を虐げる悪い外国人を小柄なアジア人のブルース・リーが倒すという“抵抗”を描いたり、腐敗した権力者や理不尽なカーストに立ち向かうスピリッツが込められた作品ばかり。その姿が世界中のマイノリティに勇気を与えた。
そんなブルース・リーの『死亡遊戯』にインスパイアされながら、さらにカースト制度に対する怒りも込めようとするパテルの姿勢は、完全にブルース・リー・イズムを継承しているじゃないですか!
さらに本作が『死亡遊戯』からインスパイアされたシーンを挙げると、同作ではブルース・リーが身長218センチの元NBA選手カリーム・アブドゥル=ジャバーと死闘を繰り広げるが、『モンキーマン』にも2メートル超えの巨体ファイターとパテルが戦うシーンがある!
▶【記事後編】<構想8年の執念が生んだ復讐アクション!「完璧じゃない」リアルな闘いを求めた『モンキーマン』の波瀾万丈すぎる誕生秘話>は明日公開!
文:ギンティ小林
『モンキーマン』は2024年8月23日(金)より大ヒット公開中!