安野希世乃さんが踏み込んだ未踏域――『嘆きの亡霊は引退したい』第2クールOP主題歌「アルゴリズム」に刻んだクライの“強さの仮面”と自身の歌の進化【インタビュー】
2025年10月より放送中のTVアニメ『嘆きの亡霊は引退したい』第2クールのオープニング主題歌は、安野希世乃さんが歌う「アルゴリズム」。この楽曲と、昨年3月にリリースしたレーベル移籍後初のデジタルシングル「Re:fresh」を収録した5thシングル「アルゴリズム」がリリースされた。
彼女がこれまで歌ってきた楽曲の中で、とりわけ激しいギターロックと言える表題曲をどのように歌っていったのか。そして12月6日からスタートする『安野希世乃 5th LIVEツアー2025 ~僕らの、雨が、やむまで。~』への意気込みを語ってもらった。
【写真】安野希世乃、5thシングル「アルゴリズム」を語る【インタビュー】
主人公・クライの見え方を美化したソングが「アルゴリズム」
──今回はタイアップ楽曲なので、制作はかなり早かったのではないですか?
安野希世乃さん(以下、安野):そうですね。TVアニメ『嘆きの亡霊は引退したい』って、オープニングが毎回変則的なんです。
──途中で、キャラクターのセリフが入ってきたりしますよね。
安野:そうなんです。その話数のやり取りが途中に入ってきて、そこからまた戻ったり……。かなり変則的なので、それもあって楽曲の制作は早めに行われていました。そのくらいアニメと密接に関わっているオープニング主題歌というのも初めてだったので、それがすごく楽しかったです。
──安野さんが、4thミニアルバム『雨が、やむまで。』をリリースをしたときには、次にこの曲が待っていることがわかっていたんですね(笑)。
安野:そうですね。『雨が、やむまで。』もロックな曲が多かったので、流れ的にはすごくいい感じだなと思っていました。
──ミニアルバムは、堂島孝平さんプロデュースになるので、またちょっと違う種類のロックでしたね。
安野:全然毛色は違いますね。キレのいいカッコ良さ、疾走感、パワフルさがあるロックという意味で「アルゴリズム」は、全安野曲の中で、暫定1位になるような楽曲だと思っています。
──しかもライブで育てられそうな曲ですよね。
安野:そうなんです! お客さんの声も聞けそうですよね。
──「アルゴリズム」は、バンドYOURNESSの古閑翔平さんの作曲・編曲で、作詞は西直紀さんになります。最初に聴いたとき、どんな印象を受けましたか?
安野:こんなカッコいい楽曲を私が歌っていいんですか?というのが第一印象でした。デモ音源を聴かせていただいたとき、楽器が生音でないだけで、だいぶ仕上がっている状態だったんですね。正直なところ、アニソンシンガーで、ロックな楽曲を歌う方もいますので、本当に安野で適任なのだろうかと思ってしまったんです。でも、音楽プロデューサーの福田正夫さんが「YOURNESSの古閑翔平さんに作ってもらいました」と言って託してくれた楽曲だったので、これはしっかりと返さなければいけないなという気持ちになりました。
──福田さんから、他に何か言われませんでしたか?
安野:きっと、これまでの安野希世乃の歌い方ではないのだろうなというのは感じていたんですけど、1クール目のOPテーマ「葛藤Tomorrow」(Lezel)がすごくカッコいい曲だったので、ここで失速するわけにはいかないぞ! 頑張れ!ってプレッシャーは掛けられていたと思います(笑)
──今回の演奏は、YOURNESSのメンバーがメインになっているんですよね。
安野:バンドのレコーディングも見学しに行ったのですが、そのときに思ったのは、皆さん最後まで残って、お互いの演奏についてコメントをし合ったり、高め合ったりしているんですよね。バンドのレコーディングというのは参加したことがなかったので、その収録風景がすごく刺激的でした。
──確かに、スタジオミュージシャンではなくバンドとなると、みんな最後まで一緒になってやっている印象はありますね。
安野:バンドさんって、こうやってレコーディングをしていくんだな!と思いました。今回はYOURNESSのボーカル黒川侑司さんがコーラスで参加してくださっているんですけど、その歌録りも見学できたのは楽しかったです。基本は女性キーなので大変な箇所があったりしたのですが、そこは頑張れー!って、応援しながら見ていました。
──やはりオケ録りを見ると、歌録りに影響しますか?
安野:楽曲の温度感を受け取れたことが一番良かったですね。楽器が生音に変わっていくごとに、密度が増していくので、「まだ上がるの!」と思うくらいカッコ良くなっていくんですよ。その過程を見られたので、これをどうやったら越えられるのか、どうやったらこのサウンドの一部になれるんだろうって、心の準備をすることはできた気がします。
──実際、一部になれましたか?
安野:なれていたでしょうか? リスナーの皆さんにも、感想をいただきたいところです(笑)。
──なっていたと思いますよ。
安野:それならば良かったです。全力は尽くしたし、安野の手癖ではやれないところと言えばいいのでしょうか。これまでの自分にはない、自分を越えた歌い方にも挑戦したので。
──これまでにないものを出すにあたって、ディレクションなどはあったのでしょうか?
安野:出していく部分に関しては、これくらいはやったほうがいいと思っています!という私のアプローチをそのまま受け取ってくださった感触はあるのですが、逆に「ここは引き算をしてください」というディレクションもありました。
──それはニュアンスとかを入れずに、ということなんですかね?
安野:というよりは、1番の歌い出しとかなんですけど、「そんなに張り切らないで、頑張らないでください」ということだったんです。「もっと脱力感というか、虚ろな目で空を見上げてください」みたいな。
ロックと言っても、頭からおしりまで力が入っているわけではないじゃないですか。そのあたりのメリハリを、私がわかっていなかった部分があったんですよね。だってイントロから、すごくカッコいいじゃないですか(笑)。ド頭からフルブーストしているようなオケだったので、それに繋げて強く入らなければいけない、抜くところなんてあってはならないと、力んで臨んでしまい、それを指摘されたんです。
しかも、作品を背負っている主題歌ということで、主人公の心情もそこに乗っかってくるので、そんなに頑張らないで、すかしたような雰囲気を出した上で、メリハリを付けていくような感じだったんです。
──確かに、主人公のクライ・アンドリヒは、かなり脱力系の主人公で、決して熱血ではないですからね(笑)。幼なじみで結成したパーティのリーダーだけど、幼馴染がすごく強いだけっていう。
安野:熱血から一番遠いところにいる、やる気ない系の主人公ですからね(笑)。
──それを聞いて、すごくしっくり来ました。そう考えると、歌詞は意外とカッコいいですよね。
安野:作品に絡めた話をすると長くなるんですけど、なるべく簡潔に話すと、主人公クライさんは、虚勢を張っているとか、弱く見られたくないからやっているわけではないんです。「自分なんてホントたいしたことないですよ、何もやってないですから」と言っているのに、周りが「またまた〜、有能なんだから!」と言って御輿を担がれてしまう。でも、本当に何もやっていないんですよね(笑)。
それで「また(誤解して)大きな見られ方をしているなぁ、でもめんどくさいからそのままにしておこう、やれやれ……」みたいなのが主人公目線だったりするんです。でも、リーダーとしてビシッとパーティを締めるところはあるんですよね。そして、その部分だけしか見せていないのが「アルゴリズム」だと思っているんです。
裏表ある中の、表の看板、周りからの見え方みたいな部分を徹頭徹尾出しているのが、この曲なんです。だから歌詞の世界感も、ひとつひとつはきれいな言葉が並んでいるけど、「実はこれってこういう意味なんだよね」という副音声=裏の意味があるのではないかと……。
──主人公の、普段周りから見えている感じを歌にしているんですね。
安野:そうなんです。外面を曲にしているんです。今、自分で話していてしっくり来ました(笑)。クライさんの見え方を美化したソングですね。だから私としては、クライさんのリーダーとしての圧倒的な見え方、というのを演じて歌う必要性があるんだろうなと思っていました。
──そう考えて改めて歌詞を見ると、すごくカッコつけている歌詞ですね(笑)。
安野:今話した目線で見てみると、「なるほど、確かにそれっぽいことを言っているな」と思うし、私もそれに納得して歌うことができました。
ちなみにこの解釈に関しては、歌録りのときに福田さんが話してくれた主人公像と、この歌詞を表しているものを、安野なりに解釈した結果なので、作詞家の西直紀さんが何を思ってこの歌詞を書いたのかは、聞いていないので、わかりません(笑)。
みんなが楽しんでくれていることで私も元気がもらえている
──ちなみに「アルゴリズム」はアニメを離れて、ライブなどで歌っていくわけですよね。そのとき、安野さんなりの共感ポイントはあったりするのですか?
安野:この歌詞に共感するところですか……それを言ってしまうと、一切ないかもしれません(笑)。でも、逆にそれでいいと思っているんです。普段の安野希世乃を重ねて歌うところはなくていいというか。
主題歌は作品のためにあるものだから、この楽曲のために歌うというのが私がやるべきことで、だからライブなどでは、今この瞬間だけ、クライさんを宿します!という気持ちで、作品に思いを馳せていると思います。
クライさんって仮面を付けるときがあるんですよ。だから私も、これはこれとして、仮面を付けて歌うようなイメージで、しっかり演じ切りたいと思っています!
──ライブで、がっつり煽ってくれるのを楽しみにしています(笑)。
安野:そういう意味で、この曲を歌うときは、しっかりシーンを作る必要があるかもしれないですね。どういうシチュエーションで、どのタイミングでこの曲を歌うのかは課題ですね。
──新しい安野さんが見られる曲になっていることは間違いなさそうです。
安野:そうですね。これまでとは一味違うものにしないといけないし、カッコ付けてお届けしたいと思っています!
──カップリングの「Re:fresh」は、ライブに来た人が共感できるような歌詞になっています。
安野:ありがとうございます。(2024年3月に開催された)4thライブツアーのタイミングで作らせていただいた1曲で、デジタルシングルとして、去年の春にリリースしたんです。
作曲が、「生きる」や「世紀の祝祭」を書いてくださった川崎智哉さんなんですけど、本当におしゃれな曲を作られる方で、楽曲を聴くとストーリーが浮かんでくるんです。そのくらいインスピレーションが湧いてくる、展開が素敵な楽曲でした。
──そこで安野さんは、どんな風に歌詞を書いていったのですか?
安野:曲を聴いたとき、お祭りとか、羽目を外す祝祭といったイメージが浮かんだので、日常のイヤなことは全部忘れて、今この瞬間を全力で楽しもう!みたいな歌詞を書いていきました。それと、ライブとか、趣味に没頭して楽しむ大人たちの歌にしたいと思ったので、この曲の対象年齢は、私の中で30歳以上なんです(笑)。
──そうだったんですね!
安野:若いときって、遊ぶのが本分だったりするじゃないですか。学生時代は、青春するのも思い出を作ることも大事なことだから、そこに時間を使えるけど、大人になると、当たり前に人生があって、自分の生活があって、もしかしたら家族がいて、働いて暮らしを支えなければいけなかったりする。
みんな大人になっていくんだけど、そんな日常の中で、「これだけは手離したくない」と思う、子供みたいに楽しく過ごせる場所というのを題材に歌詞を書いていきました。
──必ずしも、それがライブハウスじゃなくてもいいんですね。
安野:そうなんです。趣味活とか、何でもいいんです。非日常の中で、羽を伸ばすことを、後押ししたり肯定してくれる曲にしたかったんです。
──リリックビデオも、そんなメッセージが込められていましたね。
安野:はい! 作っていただいたリリックビデオも、歌詞をもとにして、いろんなイラストを描いてくださったので、すごく楽曲を表しているんですよね。
たとえばスーツ姿のままゲームをしている大人や、仕事終わりにスタジオに入ってバンド練習している大人も出てくる。本当に素敵な映像になったと思います。
こうやって映像になると、受け取ってもらえるイメージの情報も増えるので、私だったらこれだなと、自分を投影してくれたら嬉しいし、新たなエールソングとして聴いていただきたいです。
──安野さんは、自身のライブでリフレッシュしてもらいたいと思いながらやっているのですか?
安野:「今だけはイヤなことは全部忘れて、リフレッシュしてってよ!」という気持ちは、ずーっと持って歌手活動をしてきたと思います。だから、歌手としてみんなに歌を聴いてもらったり、ライブに来てもらったりしているときに思っていることも、この歌詞にメッセージとして入れています。
──ライブを楽しんでいる人を見ると、本当に幸せな気持ちになりますよね。
安野:わかります! こちら側が、何かしらのミッションを持ってその場にいたとしても、オフの時間を使って楽しんでくれているみなさんを見ると、こっちも元気をもらえるんですよね。みんなが会いに来てくれる、楽しんでくれていることで、私も元気をもらえています!
──そして、12月6日より、4thミニアルバム『雨が、やむまで。』と5thシングル「アルゴリズム」を引っさげた『安野希世乃 5th LIVEツアー2025 ~僕らの、雨が、やむまで。~』が開催されます。楽しみにしていることはありますか?
安野:2公演で終わるツアーもある中で、今回はいろんな地域に行かせていただくんです。しかも福岡でライブをするのは初めてなので、きっと初めて来てくださる皆さんに会えるし、音楽を届けられると思うので、すごく楽しみにしています。
それに、安野史上最多の6公演あるので、どんどん良くなることは間違いないんです。今回参加してくださるミュージシャンの方々は、『雨が、やむまで。』を一緒に制作したメンバーがほとんどなので、どんどんコミュニケーションを取って、仲良くなり、チームワークを育てていきたいと思っています。もちろん、来てくれるみなさまとも。
バンドマスターは堂島孝平さんで、ご一緒できることが嬉しいし、きっと堂島さんの面白いトークが聞けると思うので、もしかしたら私はマイクを置いているかもしれません(笑)。
──初日とファイナルは全然違うものになりそうですが、その変化を楽しむというのも面白いんですよね。
安野:そうですね。このライブツアーを通して、いろんな変化は見られると思います。会場の雰囲気によって、ライブも全然変わってくると思うので、そうやって新しいライブハウスに出会っていけるのも楽しみです!
[文・塚越淳一]