小さく始める、歩きたくなる街「上野・湯島ガイトウスタンド&テラス」の事例│シリーズ「センシュアス・シティのつくりかた」第7回
センシュアス・シティとは
「センシュアス・シティ(官能都市)」とは、安全性や利便性といった客観的なスペックではなく、人々の体験や街との関わり合いといった“動詞”で都市を評価する概念だ。センシュアス度の高い都市は、経済合理性の下でそうしたスペックばかりを追求し、均質化されてしまった街では得られない「生きがい」や「自分らしさ」といったウェルビーイングをもたらすとともに、街に「場所の意味(ナラティブ)」を育むとして注目されている。
本連載は、2025年9月にLIFULL HOME'S総研が発表した調査研究レポート『Sensuous City[官能都市] 2025 身体で経験する都市あるいは都市のナラティブ』より、LIFULL HOME'S PRESS編集部の渋谷雄大が執筆した「センシュアス・シティのつくりかた」を、一部加筆・修正のうえ全10回にわたり再掲するものだ。効率や機能性を超えて、豊かな都市の体験を生み出す全国10の事例をピックアップする。第7回は、「上野・湯島ガイトウスタンド&テラス」(東京都台東区・文京区)を紹介する。
上野・湯島ガイトウスタンド&テラスでの取り組み
2020年10月、東京・上野~湯島の歓楽街・仲町通りで「上野・湯島ガイトウスタンド&テラス」が始まった。11月末までの金・土曜日に定期開催され、17時になると仲町通りの街灯42本のうち21本に小さな着脱式テーブルが取り付けられる。来場者は通り沿いの飲食店からテイクアウトした飲食物をそこで自由に楽しむ。ネオンに照らされた通りには、来訪者、運営スタッフ、店員がまざり合い、コロナ禍を忘れるようなにぎわいが生まれていた。
なぜこの取り組みが仲町通りで始まったのか。池之端仲町界隈は、寛永寺や湯島天神の門前町として発展し、江戸時代は商店街として、明治以降は花街として、学者や職人らが集う文化的な場所であった。しかし戦後、売春禁止法や風営法改正により花街は衰退、歓楽街へと変貌。近年ではバーやスナックの閉店が相次ぎ、空き店舗が増えていた。
こうした状況を受け、地域文化を再び育て空き店舗を減らそうと、2019年初頭より地元ビルオーナーとともに勉強会が始まった。その成果として同年9月に「第1回アーツ&スナック運動」が開催。空きスナック店舗を活用し、現代アートや伝統文化を紹介したこのイベントは258人を集め、空きテナントへの入居決定などの効果をもたらした。翌年の第2回はコロナ禍により中止となったが、代替案として生まれたのが「ガイトウスタンド&テラス」である。
三密回避を前提に、「街を支えるイベント」を模索するなかで、街灯にテーブルを付けるというアイデアが出たのは2020年5月初旬。従来、オープンカフェのために道路占用許可を得るのは困難で、目抜き通りが対象だったが、商店会が占用許可を持つ街灯に小さなテーブルを加える手法は実現性が高かった。同年6月に国交省から「国道の路上利用における道路占用許可基準の緩和」が発表されたことも追い風となり、準備が進行。テイクアウト対応を始めていた飲食店、積極的な不動産オーナーらの協力も得られ、21店舗が参加に至った。
今後も継続予定で、訪問者アンケートでは「食べ歩きが楽しい」「好きな場所を使える」「次回は他店を利用したい」「落語家さんが加わってくれた」など、好意的な意見が多く寄せられている。
この取り組みの背後には制度的な変化もある。コロナ禍対応で始まった道路占用許可基準の緩和は、2020年11月に歩行者利便増進道路制度「ほこみち」として制度化された。従来、道路は車のための空間だったが、通行に支障がない範囲で活用することで、にぎわいある公共空間の創出を目指す。「ほこみち」制度開始から4年余、すでに全国64市区町・171路線(※)で活用されており、道路が地域の交流や活性化に資する空間として再評価されつつある。
※ 2025年3月31日時点
文は、編集者 介川亜紀『「上野・湯島ガイトウスタンド&テラス」開催。withコロナ時代のニューノーマルを探る』(LIFULL HOME'S PRESS 2020年11月16日公開)を基にLIFULL HOME'S PRESS編集部 渋谷雄大が要約・責了。内容は取材当時のもので、現在と異なる可能性があります。
センシュアス・シティのつくりかた:小さく始める、歩きたくなる街
かつての道路空間は、屋台が立ち並び、家の前では打ち水が行われ、子どもたちの遊び場にもなるなど、生活の延長線上にあるあいまいで包摂的な空間であった。しかし、高度経済成長期を迎えると、モータリゼーションの進展により、道路は自動車中心のインフラへと転換されていった。市街地再開発や土地区画整理事業では、都市の不燃化と同時に幅員の広い道路整備が推進され、歩行者と車両の分離も進められてきた。今日においても、日本では戦後間もない頃の成長を前提とした構想に基づき、約80年前の都市計画道路がいまだに建設され続けている。
一方、世界では現在、車中心の都市空間から人中心の都市空間への転換が加速している。ニューヨークではタイムズスクエアの歩行者空間化が実現し、パリでは「15分都市」の概念のもと、徒歩15分圏内で生活が完結する都市構造と、それに即した交通政策が導入されている。日本国内においても、2019年に国交省が「居心地が良く歩きたくなるまちなか」の形成を目指し、「ウォーカブル推進都市」の公募を開始した。これは、2014年の都市再生法の改正により導入された立地適正化計画制度を含む「コンパクト・プラス・ネットワーク」の取り組みをさらに発展させ、官民が連携して公共空間を人中心のウォーカブルな空間へと転換することを目指すものである。こうした方針は、世界的な都市政策の潮流に呼応するものである。さらに、2020年にはコロナ禍がウォーカブルの取り組みを後押しする契機となった。緊急事態宣言下で来客が激減した飲食店を支援する目的で、同年、国交省は道路占用許可基準を緩和し、加えて「歩行者利便増進道路制度(通称:ほこみち)」を創設。これにより、道路空間を活用した新たな公共空間づくりが制度的に可能となった。同年9月の改正都市再生法は「ウォーカブル推進法」とも称される。
上野・湯島の仲町通りで展開されている「ガイトウスタンド&テラス」の取り組みも、当初はコロナ禍の特例措置から始まり、現在は「ほこみち制度」へと移行して活動が継続している。
全国的には、パークレットの設置や車線の削減による交通制限などの大規模な社会実験を通して、歩道の拡幅やトランジットモールの整備といった都市空間の再編が、時間をかけて進められるケースも多い。一方で、上野・湯島の事例のように、街頭にテーブルを置くという小さなアクションから始めることも可能である。本事例は、センシュアス・シティの因子である「ウォーカブル」の実現に向けた第一歩を踏み出すヒントを示してくれている。
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第8回は、都市にある自然資源を活用した「ミズベリング信濃川やすらぎ堤」(新潟市)の事例を紹介する。
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