作業療法はハッピーに過ごせることがゴール!保護者と作業療法士の連携のコツは?【日本作業療法士協会 酒井常務理事取材】
監修:酒井康年
一般社団法人 日本作業療法士協会 常務理事
この10年で発達支援を受けることが身近になった
医療機関や、児童発達支援、放課後等デイサービスなどで、作業療法士(OT)による支援を受けたことがあるお子さん、保護者の方も多いのではないでしょうか。
今回は、日本作業療法士協会で常務理事を務める酒井康年さんにインタビュー。酒井さんは、特別支援学校(当時は養護学校)の教員時代に重度障害のある子どもたちと関わる中で、ご自身の力不足を自覚するとともに、作業療法士が持つ専門性の高さを知り、資格を取得して現場で力を発揮したいと考えたそうです。
インタビューでは、協会の活動や発達支援の現場で感じる変化、作業療法のゴール、保護者の方が作業療法を受ける際に意識するといいことなどをお聞きしました。
――2012年に改正児童福祉法が施行されてから10年以上が経ちます。どのような変化を感じているでしょうか。
酒井常務理事(以下、酒井):大きな変化として、「支援の量」が満たされるようになってきたのではないでしょうか。つまり、都市部を中心に通所事業所が増え、お子さんが発達支援を受けることがとても身近にとらえられるようになったと思います。ここ数年、保護者の方とお話しをすると、「わが子に必要なことは、なんでもやりたい」というスタンスの人が増えたように感じています。以前は特別な支援を受けることに抵抗が強い人が多くいらっしゃったことと比較すると、ある意味、合理的な考え方になってきているのではないかと感じています。
一方で、「訓練」が注目されがちでもあります。不器用さがあるから作業療法士の訓練を受ける。歩行が困難だから作業療法士や理学療法士の訓練を受ける。それは大切なことですが、「どの訓練を受けさせるか」ではなく、「子どもをどう育てるか」が重要だと考えています。
――ここ数年、国でも障害児通所支援の基本的な考え方について議論が重ねられてきました。どのように受け止めていますか。
酒井:2021年に「障害児通所支援の在り方に関する検討会」、2022~2023年に「障害児通所支援に関する検討会」という大きな検討会が開かれました。広範囲に渡り深く議論いただき、最終的に「障害児通所支援に関する検討会」で児童発達支援・放課後等デイサービスにおいて、総合的な支援を行う重要性が改めて確認されたことに安堵しています。
厚生労働省|障害児通所支援に関する検討会 報告書(概要)
・総合的な支援を行い、その上でこどもの状態に合わせた特定の領域への専門的な支援(理学療法等)を重点的に行う支援が考えられる。 その際には、アセスメントを踏まえ、必要性を丁寧に判断し、障害児支援利用計画等に位置づける等、計画的に実施されることが必要。https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001078894.pdf
――総合的な支援を行うことは、「子どもをどう育てるか」という視点とつながりますね。保護者の方も、支援者の皆さんと一緒に考えていく必要がありそうです。
酒井:そうですね。繰り返しになりますが、訓練を受けさせることだけが、子どもを育てることではありません。もちろん、保護者の方にとって専門家に相談し、お子さんの困りごとにストレートに答えてもらえるのは分かりやすく、安心感もあるでしょう。そのお気持ちは否定されるものではありません。どちらかというと、私たち支援者が、「総合的な支援」の大切さを意識し、自分たちが行う訓練は「その一部である」と忘れないことが必要です。
目指すのは「人々の健康と幸福」であり、「障害の克服」ではない
――酒井さんは、日本作業療法士協会が主催する「児童福祉領域の作業療法意見交換会」での講演をはじめ、作業療法士のあるべき姿について啓発活動をされていますね。
酒井:まさに今、力を入れている活動です。日本作業療法士協会では、「作業療法は、人々の健康と幸福を促進するために、医療、保健、福祉、教育、職業などの領域で行われる、作業に焦点を当てた治療、指導、援助である。作業とは、対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為を指す。」という作業療法の定義を定めています。特に注目したいのが、「人々の健康と幸福を促進するために」という部分です。
――大目的は「人々の健康と幸福を促進する」ことだと。
酒井:そうですね。私たちが目指すのは、「障害の克服」ではないということです。これは、国の「令和6年度障害福祉サービス等報酬改定における主な改定内容」において、「ウェルビーイング」という言葉で表現されていますが、とても近いと感じています。
私自身も、「子どもと家族がハッピーでなければいけない」といつも言っています。例えば「運動ができるようになる」ことはプロセスの一つとしてもちろん大事だけれど、ゴールではない。「ハッピーに過ごせる」ことがゴール。そのために、作業療法士として何ができるかという視点を持つ重要性を、伝えるようにしています。
――作業療法士の皆さんは、そのような視点を持ち、どのような活動に落とし込まれていくのでしょうか。
酒井:ICFと呼ばれる国際生活機能分類(WHO)の概念では「活動・参加」と示されていますが、作業療法士は「活動・参加」を支援する専門職です。医学的な知識、活動分析・作業分析というスキル、人・環境・作業の3要素によって情報をとりまとめるPEOモデルなどを駆使して、子どもの「活動・参加」において何ができて何が課題になっているのか、どこにどういうアプローチをすればいいかを考えて、「ハッピー」につなげていこうと話しています。
――「活動・参加」は、具体的にイメージするのが難しいケースもありそうです。
酒井:障害が重度になればなるほど、参加を想定するのが難しく、その手前である機能面へのアプローチにとどまってしまうように思います。
先日も難病のお子さんを訪問看護している作業療法士や理学療法士に、「社会参加をどう考えていますか?」と聞いてみました。難病があると感染リスクがあって学校に行ってはいけないと言われていると。もちろん、命を守ることが第一です。では、「放課後に行くというトライはできないのか」「日曜日の校舎を借りてトライができないのか」。
では、買い物は?小学生が買い物に行く機会がない、これは一般的にはそうそう起こりにくい事態ですよね。そういった事態であると認識し、医学的な知識を役立て、支援者同士でアイデアを出し合うのです。そうすれば、社会参加に向けて違ったさまざまなアプローチが出てくるでしょう。難しいことは重々承知ですが、制限があると社会参加しなくてよいわけではなく、制限がある中でどのように前に進めるのか、なのです。
――以前からそのような意識で取り組まれてきたのでしょうか。
酒井:2022年9月の「障害者権利条約」における政府報告に関する国連総括所見で、「人権モデル」という言葉に出合ったことが大きいです。人権モデルは、一言でいうと「なによりも人権を尊重することを最優先にする」というもの。どんな理由があっても、人権が損なわれてはいけないというスタンスで物事を考えることです。先ほどのケースでは、難病がある=外に出られなくても仕方がない、ではいけない。ほかにも、強度行動障害がある=身体拘束をしても仕方ない、ではだめなのです。現状はそうせざるをえないのかもしれませんが、極めて懸念される事態であり、なんとかしなくてはいけないという認識を持つことが大事ということです。この学びによって、自分の中でより「活動・参加」に沿って考えられるようになりました。
――「仕方がない」「諦めて当然」ではないのだと。
酒井:私たち支援者が諦めたら誰がやるのか。この子たちを知っている支援に携わる人間が、今の限界にしっかり気づき、仕方ないではなく子どもが権利侵害を受けている認識がないと前に進むことができません。
少し難しい話になってしまいましたが、分かりやすく言うと「子どもの可能性を形にする」です。目の前にいる子どもの可能性を、小さいことでも形にできるか。保護者の方が「無理じゃないか」「そんなことできると思わなかった」を、「うちの子、できるんですか!」につなげていく。それは、重度心身障害のお子さんが指を一本動かせることかもしれない、重度知的障害のお子さんが名前を呼ばれた時に立ち止まれることかもしれない。保護者の方にお子さんの可能性を見せていくことを大事にしていきたいですね。
「意見が合わない」は多職種連携の一歩
――「活動・参加」を目指すために、より多職種連携が大切になりそうです。
酒井:そうですね。お互いに平等であるという考え方のもと、連携を強化していく必要があります。私は、通所事業所で時々聞く、「保育士と専門職」という言い方もおかしいと思っています。保育士の方も、専門職ですよね。あくまで、専門性が違うだけですから。
また、多職種連携では意見が合わなくて当たり前なのです。意見が合わないことが分かりましたというのは、残念なことではなく多職種連携の一歩を踏み出せたということ。意見を合わせることが大事なのであれば一職種でいいということです。子どもと家族のハッピーに向けて、同じ方向を見ることができればうまくいくはずなのです。
作業療法士には「お子さんの全部」を話してほしい
――保護者の方が作業療法を受ける際に意識するといいことはありますか。
酒井:まずお伝えしたいのが、「焦らなくて大丈夫」ということです。お子さんの成長は、一人ひとり違うものです。準備が整うのを待つ、ほかのところから頑張ってみる、そんな意識で一緒に取り組んでいきましょう。
そして、お子さんの「生活の全部」を教えてほしいと思います。保護者の方が心配していること、保育園・幼稚園の先生に言われたことだけではなく、ですね。思いがけないところに解決のヒントがあったりするので、最初から狭めることなく広く投げかけてほしいと思います。
私が担当したあるお子さんについて、保護者の方からは「不器用さがあり、勉強が嫌い」とお聞きしていました。数ヶ月後に「最近すごくよくなったんですよ」とおっしゃるので、「何がよくなりましたか?」とお聞きすると、「夜泣きがなくなりました」「行き渋りがなくなました」と。「え、夜泣きや不登校のお困りがあったの!?」と、反省したことがあります。
――保護者の方は、お悩みと作業療法が結びつかない場合、伝える情報を選んでしまいそうですよね。それでは、最後にこれからの活動について教えてください。
酒井:日本作業療法士協会で特別支援教育の分野も担当しているので、特別支援教育において作業療法士がどのような役割を担えるのかを考え、発信していきたいと思います。
――ありがとうございました。
まとめ
酒井さんは最後に、「僕は作業療法士の仕事が大好きで、今でも勉強を続けています」と笑顔で話されていました。
「子どもと家族がハッピーでなければいけない」という酒井さんの言葉は、とても力強く、発達支援に携わる皆さんと一緒に目指したい、あるべき姿なのだと感じました。
これから医療機関や児童発達支援、放課後等デイサービスで作業療法を受ける際は、ぜひ酒井さんのアドバイスのように、「お子さんの全部」をお話ししてみてはいかがでしょうか。
酒井康年さん
大学を卒業後、都内の特別支援学校の教員として5年間勤務。その後作業療法士の資格を取得し、うめだ・あけぼの学園に就職。地域の幼稚園・保育園・小学校・特別支援学校の巡回相談や、保育所等訪問支援などを担当し、2024年4月より学園長。子どもの持つ可能性を形にすることを目指して活動中。