西伊豆の海で育ち、22歳で独立して開業へ。吉祥寺の魚がうまい酒場『爛漫東京』小宮伸介さん【上京店主のふるさと噺】
地方から上京し、東京で店を構える店主たちに聞く「上京店主のふるさと噺」シリーズ。第6回は、吉祥寺のヨドバシ裏に店を構える居酒屋『爛漫東京』だ。静岡県西伊豆町出身の店主・小宮伸介さんが営む、海辺の街のようなあたたかな空気が魅力の店にお邪魔した。
ヨドバシ裏、吉祥寺の“ストリート”の一角
吉祥寺の「ヨドバシカメラ」の東側、いわゆるヨドバシ裏。ひと昔前の呼び名でいえば、近鉄ビルがあった頃の“近鉄ウラ”である。かつてのような怪しさこそないけれど、ディープな空気は健在でレベルの高い飲食店が軒を連ね、食いしん坊にも飲んべえにもたまらないエリアだ。
その一角に、『爛漫東京』というネオンが光る店がある。店内から漏れる飴色の光に誘われて足を踏み入れると、あたたかみもある洗練された内装にアーティストの作品が所狭しと飾られ、ストリートカルチャーの香りもただよう。スタッフはみんなテキパキとしていながらもフレンドリー。活気に満ちているのに、空気はどこかゆったりとしていてあたたかい不思議な空間だ。
「内装はほぼDIYです」と話すのは、店主の小宮伸介さん。「壁に飾ってるのは、知り合った人や好きな人の作品。DJをやっているので、アングラのカルチャーの人とつながりがあるんです。店をギャラリーとして使ってもらって、その人たちが有名になったらいいなと思って。売上も100%キックバックしてます」。
飲食店の店主でいて、16歳からDJとしても活動している。店内のBGMも小宮さんが随時選んで流していて、それが店の雰囲気にも一役買っているのだろう。
高校3年生の夏に家出、西伊豆から上京
小宮さんは、静岡県西伊豆町で生まれ育った根っからの伊豆っ子。実家ではペンションを経営し、さらに漁業と農業も営んでいるという。
そんな環境で育った小宮さんが、幼い頃から釣りをしたり、海に潜ってサザエやタコを獲っていたりしたというのも自然なことかもしれない。しかし、4歳の誕生日には祖母から出刃包丁をプレゼントされ、魚を捌(さば)いていたというから驚きだ。
旅行先として首都圏から向かう伊豆は、伊豆急行が走る半島東側の方がどうしてもメジャーになりがちではないかと思う。現に筆者も訪れたことがあるのは伊東、稲取、下田までで、西伊豆は未踏。しかし、小宮さんの話を聞いていると、伊豆半島は西伊豆にこそ行ってみなければと思わせられるほど魅力的だ。
「西伊豆はとにかく静かで、東側とは全然違いますよ。何も考えずに過ごせる場所」と小宮さんは言う。
そんな小宮さんが上京したのは18歳のとき。高校3年生の夏休みに家出して、知り合いの伝手で東京を訪れ、立川で飲食店の面接を受けて働き始めることに。その家出のきっかけも、赤点補講に行くと偽って新島でサーフィンの大会に出場、チームが優勝して新聞に載ったことで親に嘘がバレて怒られたから……という、なんともやんちゃな流れである。
そんな怖いもの知らずの若者にも、やはり上京時のカルチャーショックはあった。「それまでも親父について東京に来る機会はあったけど、花園神社の出店が見たことないほどの数並んでいるのとかはやっぱり衝撃」と小宮さん。「東京の人はみんな下を向いて歩いてるし。最初は道ですれ違う人に、こんにちは!どうも! とか言ってシカトされました」と笑う。
目利きと技が生きる、鮮魚の盛り合わせ
立川の飲食店に数年勤めた後は、22歳で独立。海外で生活することも考えていたそうだが、「吉祥寺で飲食店をやってた先輩が、いい物件あるよと教えてくれて。その日に行ってその日に契約しました」。その店も5年後に売却し、再び吉祥寺で現在の『爛漫東京』をオープンしたのが2022年のことだ。
『爛漫東京』という店名は、春にオープンしたことや、innocentという言葉も使いたくて「天真爛漫」から取ってきた。この名前がきっかけでつながった縁もある。「秋田県の蔵元が美酒爛漫っていう日本酒をつくっていて、この店の名前を知って飲みにきてくれたんです。今年は、コラボしてオリジナルの日本酒をつくるんですよ」。
小宮さんの料理人としての腕前は、立川での修業時代はもちろん、子供のころに西伊豆で培った経験がものを言う。味わっておきたいのはやっぱり海鮮だ。この日は、驚くほどやわらかなクジラに、カツオ、アジ、イワシ、サンマ。さらに生カキも並び、どれも文句なしの鮮度で盛り付けも美しい。それぞれの旨味に唸りながら味わっていると、「これも人気だから、ぜひ食べて!」と勧めてくれたのはゴロンと大きな唐揚げ。大きく口をあけてかぶりつけば、カリカリの衣の奥から肉汁が滴り、思わず夢中になって食べすすめてしまう一品だ。
店のメニューは地元の食材だけにこだわっているわけではなく、むしろ全国各地で出会った人とのつながりで知ったものも多い。「ストーリーを重視しています。どこの誰の何なのか、全部説明できるようにしたいなって」。
海辺のゆるやかに流れる時間が、吉祥寺にも
『爛漫東京』のほかにも数件の飲食店のプロデュースを手がけ、さらに今度は「吉祥寺の映画をつくりたいんですよね」と楽しそうに話す小宮さん。出会う人とすぐに打ち解け、縁を生かし、次から次へとアイデアが浮かんで実行に移していく。そのフットワークの軽さと行動力には、話を聞いているだけでも目がまわりそうなほどだ。
地元に戻る予定はなく、「西伊豆は遊びに行く場所かな。なにもないけど、それってなんでもあるっていうことだから。なんでも生み出してくれるところです」と言う。
この店があたたかくおおらかで生き生きとしているのは、西伊豆の海辺の空気を小宮さんがまとっているからかもしれない。「東京のなかでも、吉祥寺の人ってどこか‟いなたい”んですよね」と小宮さんは言うが、そんな吉祥寺の色と西伊豆の空気がぴったりと合い、うまく混ざり合った結果、『爛漫東京』の居心地よさができあがっているのだろう。
爛漫東京(らんまんとうきょう)
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-30-16 加藤ビル1F/営業時間:17:00~翌1:00/定休日:無/アクセス:JR中央線・京王電鉄井の頭線吉祥寺駅から徒歩4分
取材・文・撮影=中村こより
中村こより
もの書き・もの描き
1993年東京生まれ、北海道育ち。中央線沿線に憧れて三鷹で暮らした後、坂のある街に憧れて現在は谷中在住。好きなものは凸凹地形、地図、路上観察、夕立。挑戦したいことは測量と東海道踏破。